【11-003】国民経済・社会発展第十二・五カ年計画-その2その問題編
和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2011年 2月 8日
経済発展方式の転換
2010年10月18日、中国共産党第十七期中央委員会第五回全体会議で国民経済・社会発展第十二・五期計画の制定に関する提案が可決されました。
いわゆる十二・五計画です。その内容については前項で紹介しました。
十二・五期は小康社会の全面建設、改革開放の深化と経済発展方式の転換を加速する肝心な時期と位置づけられています。
経済発展方式の転換は以下のような内容を指しています。
- 内需拡大と消費、投資、輸出のバランスと都市と農村の調和の取れた成長
- 投資構造の調整、改善、産業構造改革への政策発揮
- 科学技術の創造更新、生態環境保護、エネルギー節約領域への投資促進、資源の節約、環境友好型社会の建設
- 製造業の改革、M&Aで産業集中度の向上、国際ブランドと競争力のある大中製造業の発展
などです。その中でも都市と農村の調和の取れた発展、科学技術の創造更新と産業構造の改革、そして環境友好社会の建設とエネルギー節約領域への投資促進、資源の節約は十二・五計画の大きな課題です。
このような経済発展方式への転換を図りながら収入分配バランスを改善し、格差社会を脱して小康社会を築くというのが十二・五計画の主な狙いです。
指導思想に掲げられた収入分配バランスの改善
十二・五計画が進めば、これからの10年は低生産性、労働集約産業の淘汰が進み、中国の世界の工場は終わります。これまでの低賃金を武器にした輸出加工主体の世界の工場から科学技術立国に向かう中国の姿がそこに見えて、希望に満ちた十二・五計画に見受けられます。
内需の拡大、科学技術の創造、エネルギー節約領域への投資促進、さらに十二・五計画の環境国家投資は十一・五計画の倍を超える3兆元が投入されるように、環境友好型社会の建設も私たちがとらえているよりはるかに早い速度で進むことは間違いありません。だから希望に満ちた計画とも読み取れます。
しかし十二・五計画で一番問題を持つのは収入分配バランスの改善です。これは十二・五計画の中の指導思想として強く掲げられています。
しかしそれは計画の中の陰でもあり、中国リスクにつながる問題を孕んでいます。この項では、十二・五計画の問題について考えたいと思います。
強くなる政府圧力と指導
2010年に中国各地で労働争議、労働問題が多発しました。広東省でもホンダの労働争議や台湾企業の富士康で工員自殺が多発しました。富士康では10人を超える農民工の飛び降り自殺者が出ました。自殺のニュースが頻繁に伝わり連鎖反応を防ぐため政府は報道を止めたので実情は伝わりませんが、深圳の他企業も含めると自殺者はその倍近くになると思われます。
私が親しくする職業学校出身者からも一人の自殺者が出ました。
今、広州、深圳、杭州、上海など、珠江デルタや長江デルタで農民工平均賃金がそのエリアの都市住民平均賃金の40%を超えない地域がたくさんあります。
物価も高く暮らしにくい沿海部で働くことを敬遠する人も増え、農民工不足「民工荒」が顕著で、社会の安定のためにも政府は収入分配の労働報酬割合を高める政策を取り始めました。それが十二・五計画の収入分配バランスの改善です。その政策のもと、企業民主管理条例草案が出され、広東省では10年7月に人民代表大会常務委員会から草案が出されました。草案では従業員が賃金で会社と集団協議を行う権利や従業員の利益に関わる事項の情報公開義務がうたわれ、三分の一以上の職工の要求があれば企業は集団協議に応じなければならないとされています。また昨年は各地の最低賃金も大幅に改定され、1年に二度改定された地域もありました。2011年も大幅な上昇は続きます。さらに昨年12月には深圳で新しい住宅積立金管理規則が試行され、市に戸籍を持たない農民工にも住宅積立金加入が義務付けられようとしています。
これは従業員に寮や食事を提供する深圳の企業では二重負担ともなり大きな負担を強いられます。
収入分配改革を受け、台湾の富士康は深圳の40万人の雇用を10万人に削減して武漢、成都、鄭州などへの内陸移転を進めています。そこでの普通工募集賃金は2千元とも言われています。
一方、十二・五計画は農村の発展が強く打ち出されています。そのためには農村都市の開発が必須の条件です。新農村建設で農業人口を減らし、農業の大型化を目指すには離農農民を受け入れる近郊の街の開発が前提となります。そのため中国政府は、中西部の31カ所を加工貿易重点移転地域に定めて外資、内資の移転、誘致に取り組んでいます。
だから富士康の内陸移転は、収入分配バランスの改善と加工業の内陸移転のための政府圧力による強制移転のようにも見えます。
急上昇を続ける労働コスト
今、中国ではこれらの影響で農民工賃金や採用コストが大幅に上昇しています。すでに1年以上も前から内陸各地の職業学校では生徒の争奪戦が繰り広げられています。ことに女子農民工の不足が激しく、深圳の人材募集会では普通工の女性の姿はほとんど見られません。面接に来る女子農民工には「私を採用するなら、ボーイフレンドも一緒に採用してくれますか」と真顔で話す人さえいます。企業も男性を3人採用するので、女子を1名一緒に連れてくるようにと条件をつけるところも出ています。
既に内陸の職業学校では企業に送り出す学生一人につき400元から800元の学校への手数料支払相場が出来つつあります。江西省では省長工程と呼ばれる農民工が内陸に留まる場合の政府の奨励金支給があり、また内陸の職業学校には一定率の学生を内陸で就職させる政府圧力もあり、内陸での農民工賃金の上昇に拍車がかかっています。一方、既に内陸移転を進める富士康も内陸での募集難にも突き当たっています。
格差問題の本質
このように今、中国政府は社会の安定のための所得格差是正と加工業の内陸移転に向けて急カーブで舵をきりだしました。
しかし、農民工の収入分配問題は格差の本質の問題ではありません。それは13億の人口、その半数以上が農村人口の中国が抱える構造の問題です。
90年代初め、上海浦東開発区の農民工賃金は200元以下でした。それが今、およそ1500元程度で7.5倍です。都市住民賃金と農民工賃金の差が大きいとしても、それは市場経済の結果で、13億の人口、1億4千万人もの農民工を抱える経済の姿です。
計画経済から市場経済に移行し、自由な経済活動がこれまで中国の成長を支えたエネルギーです。だから自由な経済活動から生まれる格差は逆に、閉塞した社会を抜け出した中国のエネルギーともなります。
格差の本質の問題はその自由な経済活動から乖離したところに起因します。
それは、政府が市場原理を無視し、それが及ばないところで公務員、国有企業管理者の賃金を大幅に引き上げたこと。さらに銀行、証券、環境、電力などやはり市場原理が及ばない、規制に守られた特権事業での賃金が途方も無く増加したことから生じています。殊に参入規制に守られた独占利益から得られる異常に高い所得は格差の大きな原因を占めています。
2010年11月、53人の犠牲者を出した上海静安区の火事がありました。
工事の火からの出火でしたが、その工事は区政府関係の元請から下請け、さらに孫受けへと丸投げされていました。元請業者は年間数億元の売上がありながらその利益は30万元で税務申告をしていたことが露見しました。
何もしない業者が権益で工事を請け、そこで出る利益を給料や手当の名目で分配する。政府と繋がった権益企業や政府関係機関の闇手当は膨大で、おもての賃金をはるかに凌ぐようになっています。
中国では昔から冗談で言われるように「あなたのお金で私の権力を買い、一緒に儲けましょう」という「権銭交易」と呼ぶ権力とお金の取引、さらに権力を活用し事業を有利に導く「以権謀私」さらに国が守る独占業の高額所得など、いろんなところに灰色収入が見え隠れしています。直接の賄賂だけが灰色収入のもとでなく、むしろこのような闇の給料の方が大きな社会問題です。
08年の灰色収入は推計5兆4千億元との中国の調査機関の分析報告もあり、05年から僅か3年でそれは倍になったとも報告されています。
証券業の平均給料は一般企業の平均給料の6倍、最近の統計では都市住民でも所得の高い業種と低い業種の差は10倍を超えますが、中国経済改革基金会の試算では統計外の灰色収入を考慮すれば、家庭収入の上位10%と下位10%では65倍の差があるとも報告されました。
中国の収入分配問題を突き詰めれば政治体制の問題に突き当たります。
だから企業民主管理条例草案などの収入分配是正の圧力は、国が保護する特権層の高い所得を隠し、それを正当化するための強硬措置のようにも見えます。
言わば、社会主義中国が市場経済を利用して儲け、その利益を、社会主義を利用して特権層で分け合っている。十二・五計画の収入分配改革にはそんな構図が隠れています。
強引な収入分配改革の裏の中国リスク
収入分配改革を進めるなら、中国は体制構造改革を同時に進めなければなりません。しかしその点に関しては十二・五計画での歯切れは悪く、お茶をにごした取り上げ方しかされていません。
その改革は社会主義中国が抱える政治の大きな課題です。それは中国の歴史の中で社会に根を張る問題でもあり、一朝一夕に改革できる課題でもありません。構造改革が進まず、その一方で政府圧力により農民工賃金がどんどん跳ね上がる。これは重大な中国リスクの火種になる可能性を持ちます。
強引な収入分配改革は社会主義への逆戻りで、中国経済の自由なエネルギーを衰退させるとともに大きな問題を抱えます。
中国は7億を超える農民を減らして農村人口が3億から4億の社会をめざしています。十二・五計画の農村所得の向上、機械化と大型化による農業の生産性向上と離農農民を受け入れる近郊の街の開発は表裏のテーマです。街づくりを支えるのは加工業の内陸移転ですが、中国政府はそれを社会主義的手段で強引に進めようとしているように見えます。そこに大きな落とし穴があります。
成長の自信が過信になり真の姿が見えていない中国
昨年、中国のGDPが日本を超え、これから米国を視野に進んで行きます。
私は、中国はあまりにも急激な成長で自信を持ち、それが過信になり、慢心ともなって、国の真の姿が見えていないような気がしています。
いかに中国が世界の注目を浴びても、中国の13億人の大半は、科学技術や先端産業とかけ離れた労働集約の世界で暮らし、そこでの生産性は先進諸国と比べて、まだ非常に低いという認識ができていないのではと思います。
4億人もの農民を街に移して所得を高めるには、まだまだ労働集約企業を大切にし、長い時間を掛けて内陸への移転を進めていかねばなりません。いかに科学技術立国をめざそうが、4億人もの人が先端産業に関わることは不可能です。これまでの成長と科学技術国への自信が過信になり、誤解に繋がっているのではと思います。だから市場原理を無視した強引な収入分配改革を進めているようにも見えます。
若い農民工には父母を助けるため自らを厭わず仕事に打ち込む人もたくさんいます。しかし90后世代の波はその農民工にも押し寄せています。両親が家を離れ、祖父母の手で育てられた人には甘えも目立ち社会的、人間的成長を欠く若者も増えています。そんな若者から私を採用したいならボーイフレンドも一緒に採用しますかとの要求を聞いた時、内外企業を問わずに中国での事業に嫌気をさす企業も出てきます。
力のある企業は省力化を進め、安価な労働に頼った生産方式を転換して中国でも人件費削減の動きが急速に高まります。さらに海外移転、ベトナムなどアセアンへの移転が拡大します。カンボジア、ミャンマーのインフラ整備が進めばその環境も整います。中国企業にとっては北朝鮮経済特区も移転の選択肢になります。空洞化した日本への回帰が早く進む可能性もあります。ボーイフレンドも一緒に採用しますかの小姐より、年はとっているもののまじめなおばさんを選ぶ企業も出てきます。
私は今年、「2020年までの中国戦略」という本を書きましたが、その本の中でこれから日本の成熟社会を中国が見直し、日本に大きなチャンスが来ると述べていますが、加工企業だけでなく、研究開発を含めた事業分野の日本シフトが進む可能性も高くなってきました。
中国進出企業の多くは従業員の不満問題に直面し、人事部の仕事の多くはそれとの対応です。待遇が人と違うことから不満は生まれ、同じにすれば数カ月の入社時期の違いから、どうしてあの人と同じですかの不満も生まれます。
また中国での事業は、社会主義社会の構造、体制面から、物事を進める時間コストが格段に高くなります。加えて仕事の協力や自発的に物事を考える習慣が希薄な社会なので、それが大きく労働生産性に跳ね返ります。
収入分配をめぐる政府圧力は、権利を主張する人々の不満を増幅して中国事業の労務管理をさらに難しくさせます。
私は、2020年までの中国驚異は先端技術と低賃金の共存だと考えています。
前にこの欄でご紹介した、時速350㌔の高速鉄道列車を洗浄するのはモップを持つ農民工です。しかし十二・五計画の収入分配是正が強く進み、さらに日本と中国の労働生産性を考えれば賃金差が逆転する時代もそう遠くないかも知れません。付加価値の高い先端産業でも農民工賃金の上昇曲線と機械化、海外移転の決断線が交わる時期が以外に早く訪れます。そこに大きな中国リスクが浮上します。
“次に豊かに”への疑問が中国リスクにつながる
これまで都市と農村の格差がリスクたりえなかったのは農村に“次に豊かに”の希望があったからです。今、中国の都市所得に対する農村所得の比率は30%です。日本ではこの30%にばかり目が行き、格差が強くクローズアップされて来ましたが、1978年の所得を100とすれば、2009年には都市所得は5001、農村所得は3857で、農村所得もかなり伸びています。前に日中論壇で述べたように農民工の故郷への送金は全国で年間10兆円を優に超え、これが農民の意識改革、生活改善に大きく貢献しました。だから昨年の家電を農村にという「家電下郷」の補助制度では、創維などの中国企業は55インチの液晶テレビを農村市場での販売の目玉にしました。
これまで農民が“次に豊かに”の実感を持ち、都市所得に対する30%は格差の問題とはなりませんでした。
しかし企業が強硬な収入分配改革への対抗策を強めれば、多くの企業で内陸移転の選択を飛び越えて、海外移転と省力化が急速に進みます。その時、4億農民の多くが行き場を失い、“次に豊かに”の希望を失います。これが十二・五計画に潜む陰です。
企業の内陸移転が進まない時、政府がとる政策はより強い社会主義です。農村への移転支出を高め、社会保障を強めて不満を和らげる方向に向かいます。
中国には最低生活保障など、救済が必要な人はまだ約13千万人います。
既に中国は医療保険制度改革、養老保険改革、小学校の授業料無料化、農業税改革、農業の作付け補助、最低生活保障、低価格住宅の建設など、多方面で社会保障の充実を進めています。だから現在、財政の社会文教支出が建設支出を上回りました。農民に不満が出て、社会主義の建前を維持しようとすれば、今後さらに社会文教支出の比重が増すことが予測されます。しかし社会主義中国で社会保障を高めることは、社会の活力を下げることに繋がり、新たなリスクが生まれます。
十二・五計画の成功には社会構造改革への本気度が問われる
中国で社会保障を増やすことと日本でそれを増やすことは次元が違います。
中国の会社では昼食代はもちろん、一部の地域では自宅通勤社員にさえ夕と朝の食事を支給しないことからも不満が生まれます。個人が得する分、会社が損をし、会社の損が国にまわる社会をいまだに引きずりながら成長している国です。だから、社会保障を高めることは、努力して建設的に向上をめざすより、権利だけを主張する人を増やして社会の活力を削ぐことにもなりかねません。
今中国の多くの低所得者用の低価格分譲住宅、低家賃住宅の駐車場にベンツやBMWが並んでいます。中国は社会福祉を高めれば、それが際限なく拡大するリスクもあわせ持っています。
中国は社会主義での国家建設に失敗した国です。13億の国が社会主義で皆が共に貧しくは成り得ても、豊かになることは不可能だということは歴史が証明しました。
13億の国の市場経済は世界の歴史がいまだ経験しないことです。皆が豊かになり格差の少ない社会になるまでどれだけの時間がかかるのかわからない、言わば羅針盤のない航海をしているのが中国です。その意味で中国の政治家も国民も時間の試練に耐えることが求められます。
市場経済社会に突き進んだ以上、時間がかかろうともそれを貫き、その中から矛盾を解決していくべきです。社会主義市場経済は社会主義が市場経済を利用することであってはなりません。十二・五計画が成功し、小康社会に向かうには、強引な社会主義的手法でなく、時間がかかろうとも市場経済の流れに任せるべきです。無理な圧力がなければ、市場経済の自然な流れの中で沿海加工業は内陸に向かい進み、4億農民の受け皿が生まれます。そして収入分配改革が中国社会の構造改革と表裏の問題だと気付くべきです。
十二・五計画の成功は中国が社会の構造改革に本気で取り組むかどうかにかかっているのではないでしょうか。
和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。
主な著書・監修
- 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
- 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻) 制作・著作:PHP研究所
- ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
- 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
- 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
- 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
- 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
- 中国が日本を救う(長崎出版)