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【11-005】人力資源の国の成長は日本と違う

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2011年 3月28日

 前回はこの日中論壇で十二・五計画と体制構造の問題について考えました。今回は体制構造問題の続きとして中国経済の裏話をとりあげたいと思います。

 日本の知識人には中国の経済成長率はごまかしでGDPは過大評価と述べる人がいます。エネルギーや電力消費が伸びていないので成長率は怪しいとも語られます。その問題については既にこの日中論壇で述べました。

 日本の感覚で中国をとらえれば、10%を超える成長が続けば工場の消費電力が増え、照明や冷暖房の電力消費も増えますが、これまでの中国はそういう国ではありません。

 中国は人力資源の国です。外資企業や中国企業にはこの20年、省力化、機械化よりいかに設備投資を抑えて、人手をかけて生産するかを優先した企業がたくさんあります。機械で生産するより人で生産することが中国ではコストダウンでした。私は90年代、建設中の上海の浦東空港に何度か足を運びましたが、その工事の主力はまだ鶴嘴とスコップでした。前にご紹介した時速394㎞の武広高速の車輌の洗浄をしているのは女性のモップ部隊です。

 100家庭あたりの耐久消費財の普及を見ても、2000年には都市でもクーラーはまだ30.8台、06年になっても1家庭1台に達していません。まして農村ではやっと07年頃からクーラーの購入が進みだしたにすぎません。

農村住民家庭100戸当りの耐久消費財保有台数
バイク 洗濯機 冷蔵庫 クーラー カラーテレビ パソコン 携帯電話
1985 0.7 1.9 0.1   0.8    
1990 0.9 9.1 1.2   4.7    
1995 4.9 16.9 5.2 0.2 16.9    
2000 21.9 28.6 12.3 1.3 48.7 0.5 4.3
2007 48.5 45.9 26.1 8.5 94.4 3.7 77.8
2008 52.5 49.1 30.2 9.8 99.2 5.4 96.1
2009 56.6 53.1 37.1 12.2 108.9 7.5 115.2
中国統計年鑑
都市住民家庭100戸当りの耐久消費財保有台数
バイク 洗濯機 冷蔵庫 クーラー カラーテレビ パソコン 携帯電話
1985 1.04     0.08 18.43    
1990 1.94 78.41 42.33 0.34 59.04    
1995 6.29 88.97 66.22 8.09 89.79    
2000 18.80 90.50 80.10 30.80 116.60 9.70 19.50
2007 24.81 96.77 95.03 95.08 137.79 53.77 165.18
2008 21.39 94.65 93.63 100.28 132.89 59.26 172.02
2009 22.40 96.01 95.35 106.84 135.65 65.74 181.04
中国統計年鑑

 前にも述べたように中国の経済成長をとらえるのは難しい経済分析の問題でなく算数の問題です。

 中国の成長率は、毎日お茶漬けを食べていた家族に、ステーキを食べる息子が現われたようなものです。成長率の計算の分母の国内生産額はお茶漬で、世界の発展から取り残された貧しい中国の数字です。

 分子の生産額の増加はステーキの世界で、世界の資本が殺到する世界の中国の数字です。市場経済、国際化、外資参入、輸出の増大でもたらされたGDPの増加額を貧しい中国のGDPで割るので成長率は自ずと高くなるのがこれまでの中国でした。だから算数の問題です。

 しかし十二・五計画にも見られるように、これからの中国はステーキ同士の割り算の世界にも入ります。私は2020年~2025年に中国のGDPは米国を超えると考えていますが。ステーキ同士の割り算になっても10%近い成長率を維持する中国。これが真の中国驚異だとも思います。

十二・五計画の経済成長率

 3月5日に開幕した全人代での温家宝首相の「政府活動報告」では、十二・五計画での5カ年経済成長目標が7%と設定されています。

 しかしこれをまともに受け取ることはできません。なぜなら既に中国は内陸の時代に向かい大きく舵をきり、内陸での農民工賃金すら収入分配改革で大幅に上がり、これからの数年は内陸経済が成長を支えるからです。一部の企業では内陸での募集難すら現れています。

 四川省成都のイトーヨーカ堂2号店は日本を含む全ヨーカ堂売上のトップを占め、成都や杭州に進出した建機の中国コベルコは今や神戸製鋼グループの優良児です。また十二・五計画では国家環境投資が大きく動き出し、これをめぐり新たな外資投資も進みます。

中国国家環境投資推移

中国国家環境投資推移

 だからそこには7%の成長目標と強引な収入分配改革など、掲げることと行うことの矛盾も見えます。また中国独特の面子も影響しているかもわかりません。7%の目標を掲げて9%を超える成長を達成すれば面子も充たされるのでしょうか。

 2011年の成長目標は内モンゴル、貴州省では13%、重慶は13.5%です。中国は「次に豊かになる人」の時代を迎え、これをセーブして7%の成長に抑えることは、次に豊かになる人の夢を奪い、新たな社会不安が生まれます。

 政府はどうしても食品や不動産など目先の社会不安への対応を考え、無理のない小康社会をめざしますが、地方の政策と大きなギャップが生まれています。

 十二・五計画にあるように中国は環境、エネルギーが重要な政策テーマですが、地方幹部のキャリア評価にはまだその取り組みへの評価が入っていないこともギャップが生まれる一因です。そのため地方幹部はどうしても伝統的な経済成長率に目が行き量を追うことになります。

 中国の役人のキャリア評価がProducts から Welfareに切り替わるにはまだまだ年月が必要です。まだディナーのテーブルについたばかりの中国もそこにはあるわけですから。

習慣が法律を駆逐する中国

 中国のGDPは過大どころか過少評価です。その大きな理由は裏経済による都市統計の問題です。中国経済での民営経済の比重は年々拡大して固定資産投資や輸出など、多くの経済指標で国有経済を凌いでいますが、裏経済によりその経済活動は十分とらえきれていません。

 中国のインフレが話題となっています。中国政府はマネーサプライ、過剰流動性に神経を尖らせ窓口規制を強化しています。中国のマネーサプライはGDPに対して約2倍、米国のそれは約1.2倍。日本は1.5倍程度で中国の経済効率の低さも指摘されますが、裏経済により真のGDPが把握できない中国では一概に非効率というわけにはいきません。

 長年中国でビジネスに関わっていると、いかにこの国では、表にあらわれない経済活動が多いのかを実感させられます。

 一つの想像を働かせてください。改革開放前の中国は、税金も大学には法学部も医学部すらなかった国です。税金がないということは、裏を返せば税金を管理するしくみがないこと。国民に税金を払う意識も習慣もないことを意味します。その国が急激な市場経済社会になり経済成長を果たしたわけです。

 自ずと80年代、90年代そして現在も。中国社会がどんな状況に陥るか想像をしてください。

 私が関わる中国の企業では毎年賞与の支給時期にはきまって、「賞与を現金でもらえませんか」という声が誰からともなく出されます。

 この言葉の裏は、賞与を他の経費名目で支給してもらい税金の支払いを逃れたいということです。私がそんなことをすれば会計処理ができないので財務部がこまると言えば、財務部の社員からすらレストランや買い物で、いろんな領収証を皆が集めてきますので大丈夫という答えが返ります。いつも賞与の季節には中国の税金問題の深刻さを肌で感じます。

 90年代初めまで多くの中国人は「中国には税金を支払う習慣はありません」と考えていました。法律ができても習慣がなく、習慣が法律より強いのが中国です。

民営経済の拡大とともに増える裏経済

 90年代中国では国をあげて市場経済に取り組みました。当時、"停薪留職"という制度がありました。読んで字のごとく、職を留めたままで、薪すなわち俸給を停止するという制度です。政府役人が役所に籍をおいたまま、公職を離れて自分で稼ぎなさいという、役人が私営企業をつくることを奨励する制度です。そして国有企業、学校、軍隊がその傘下に新たな企業をつくりビジネスを進めました。私自身も90年代初期、大学と合弁会社をつくり、軍の南京軍区上海管理局と不動産の合作事業を進めた経験があります。

 日本では誤解がありますが、国や軍、大学が関わる企業の全てが私営企業ではありません。権力を持つ共産党員が私営企業をつくり国の財産を収奪したとの論も展開されますが、その多くは国有民営企業、つまり国有企業が民営企業の経営手法を取り入れた企業形態で、私有私営の私営企業とは区別され、多くの私営企業が国の財産を自由にできるわけでもありません。尤も国有私営企業という国有財産を私企業に経営委託する企業形態もあり、その境目が不明確で不正も生まれますが。

 今や私営企業は800万社を超え、個体工商戸と呼ばれる小規模事業を含めるとその数は4千万を超えます。

私営企業と個体工商戸の推移
私営企業数 個体工商戸数
2002年 264 2378
2005年 472 2464
2008年 657 2917
2009年 740 3197
2010年 840 3400
中国統計年鑑

 その私営企業や小規模事業の税管理制度、納税申告制度が遅れ、納税意識の希薄な国民性がそれに拍車をかけて中国の大きな裏経済の原因になっています。

 多くの私営企業や個体工商戸では、税金対策からその多くの売上が裏に隠れ、会社の規模が小さくなれば、裏経済のウエートが大きくなります。

 だから中国では民営経済の拡大とともに裏経済も拡大します。

"発票はいらんかえ"と街角で売られるニセ領収書

レストランの領収書の写真

レストランの領収書の写真

 中国では増値税や営業税と呼ばれる間接税が発達しています。増値税は17%で主に製造業や販売業に課税され、売上増値税から仕入増値税を控除するしくみです。営業税は5%程度でレストランなどのサービス業に課税される税金です。直接税である所得税の制度が遅れているため、増値税、営業税の管理が厳しくなります。そのため税金の領収書は国が管理し、企業が国に申告して用紙をもらい、顧客に渡します。

 あなたが中国に行き、料理店に行く時のことを思い浮かべてください。

 食事を終えてお金を支払う時、殆どの日本人は領収書を気にしません。日本ではレジシートかお店の私製領収書でも通用します。

 しかし中国では国発行の領収書を受け取らなければ、お店に税金を払っても、ほとんどそれは納税対象にはなりません。それはあなたの飲食代金がお店の統計上の売上、すなわちGDPに反映されないことを意味します。

 もちろん政府もそれを理解し、国の領収書にくじの懸賞金を取り入れ、一人でも多くの人が国の領収書を受け取るように奨励していますが、個人飲食で領収書を要求する人も限られ、領収書は不要で、その分値引きして欲しいという人も多く、また領収書を求めても、お店の方から領収書がいらないならビールをサービスしますよ、など言われるので完全な解決策になりません。

 中国では国の管理が厳しくなれば、必ずそれを逃れる対策が出るので、常にイタチゴッコになります。

 そのため国が領収書を管理することは、領収書を発行しない売上は裏に隠れることを意味します。

 レストランだけでなくお店で買い物をする時も同じです。不動産の賃貸取引や物を買う時すら、その相手から領収書は要りますか、要りませんかと聞かれることも日常的です。領収書を発行するならいくら、発行しないならいくらと値段も分かれます。

 だから、会社でコストを下げるために正規の領収書のない小さなお店で買い物をする時、常に領収書をどうするかが問題になります。国の領収書でしか費用処理ができないため、値段の安さを選んで買い物をした結果がいつまでも仮払金として財務の帳簿に残ります。だから中国の会社では財務部との間で領収書のトラブルがよく起こります。

ニセ札(下)と本物(上)の写真

ニセ札(下)と本物(上)の写真

 中古不動産の売買契約では、納税額を抑えるために交易所に届ける売買額をお互いに相談して低い金額で届けることもよく行われます。

 中国では街の中でニセ領収書も売られ、お店がそれを買って顧客に渡すため知らないうちにニセ領収書をもらうことがあります。

 ニセ札と同じでちょっと見ただけでは本物か、ニセ物か区別がつかないためこれも財務部門や税務局との間で揉めるもとになります。

 中国の会社では財務部門がよほどしっかりしていないといつの間にか税務で通用しない領収書を受け取ることになります。

 中国の駅前や繁華街では農村から出てきた人が小声で "発票(領収書)""発票はいらんかえ"とニセ領収書を売る声が鳥のさえずりのように聞こえます。

 問題の深刻さはお店がニセ領収書を渡すだけでなく、時に受け取る会社の社員と組んでそれを仕掛けることもあり、中国社会の闇がそこに覗きます。

 私が協力する会社では最近、航空チケットの偽物まで出てきました。財務監査をしている私の事務所の社員がこのチケットはおかしいので、一度空港で確認しますと言って確認したところ全くの偽物でした。私も発行会社に行き真相を追究しましたが怒りを通り越して、そこまでするかとあきれるより他ありません。

本物の航空券/偽者の航空券

本物の航空券/偽者の航空券

黄色産業の裏経済は東莞だけでも年間5000億円か

 一方、この日中論壇でお話した1億5千万の農民工には、サービス業で労働契約を結ばず雇用されている人もかなりの数になります。

 カラオケなど夜の街で働く女性の多くは、雇用契約どころか、所得そのものが客から受け取るチップで、言わば小規模自営業です。

 売春、違法クラブを中国では「黄色産業」「色情産業」と呼び、そこで働く女性を「紅粉軍団」と呼んでいます。日系企業も多い広東省の東莞では10万人の紅粉軍団がいるといわれ、東莞の黄色産業の収益は年間400億元、5000億円を超えると言われます。紅粉軍団も農民工です。その農民工が故郷の両親に送金して年間10兆円を勇に超えるお金が都市から農村に移り、そこにも統計に表れない多額の移転所得が生まれます。

 今、中国進出企業は厳しい中国企業との競争に直面しています。

 その競争で頭を悩ませるのが中国企業のアンダーバリュー通関です。

 中国税関も毎年、業種の狙いを絞り摘発していますが、これもイタチゴッコです。企業の規模にもよりますが、まともに通関する方が少ないと思えます。

 だから日本企業は中国の玄関で価格競争のハンデを背負うことになります。

 もっとも日本人にも中国での裏経済はあります。日本人の中国での事業には個人ビジネスもたくさんあります。サービス業、飲食業では中国人名義を借りての個人ビジネスも多く、そこに裏経済が動きます。

 中国事業で利益が出れば、日本に送金できますかと質問されることがよくありますが、現実は届けのない資金の出入りがかなりの金額になります。

 中国の空港ではよくそんなお金が摘発されます。ある時、空港の出国検査場でどうも歩き方が不自然な日本人を呼び止めたら、ズボンの下から4千万円もの大金が出てきたと空港検査官が私に話してくれたことがありました。

 中国では、ニュースでながれる政府幹部の賄賂だけでなく、官民問わずに小額のお礼や裏手数料、さらに盆暮れの付け届けは日常的な商習慣?です。

 春節、国慶節などで関係者に配られる交通カードなどのお礼が賄賂に慣れる、自動車教習所の練習コースのような役割を果たしています。

 南方の都市では街の中を平然と白タクが走り、一般のタクシーより重宝で市民の足となっています。

 都会では学校の先生の塾アルバイトが花盛りで、人気の高い先生は正規の給料よりはるかに高い給料を税金のかからないアルバイトで稼いでいます。

GDPの20%?を超える裏経済も中国の活力か

 中国でどこにも現れることなくやりとりされるそのお金は、いったい何十兆円、あるいは何百兆円になるのでしょうか。

 前回の日中論壇で述べた政府幹部や独占企業の闇手当ても多くが裏経済へと流れて行きます。最近香港政府高官の財産が公表されました。行政長官の月給は351880港㌦、財政司司長は302205港㌦、各局局長クラスが282080港㌦でそれに官邸や車などの福利がともないます。闇手当てを含めれば多くの中国本土の地方政府の高官もそれに類することになるとも思われます。

 課税を逃れた裏所得でコピー商品も買い、さらに貯めたお金でマンションを買い、届ける価格を低く抑える。日常の買い物は街の中の小さな市場で済ませる。レストランに行っても、お店で高級品を買っても領収証はいらないので、値段を下げてもらう。また高額の闇手当てをもらっている人々の黄色産業消費は中国全土で半端な額ではないでしょう。このようにして中国では、闇から闇に莫大なお金が動きます。

 しかしそれも中国熱、中国パワーの一翼を担うものです。裏の世界、闇の世界が中国経済のエネルギーとなり、大きな裏GDPが動きます。

 私は、それは低く見積もってもGDPの20%に達するのではないかと思います。ただそれはこの20年、中国の経済を見続けた結果の推測以外の何ものでもありません。中国では2008年の裏収入、灰色収入は5兆4千億元にのぼるとの中国経済改革基金会国民経済研究所の試算もあります。

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)