【11-010】中国リスクを考える
和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2011年11月 7日
前にこの欄で2020年に中国のGDPが米国を超えると述べました。
一方では世界の経済大国へと進む中国にリスクはないのかとの意見もあります。
しかし私は首相が1年ごとに交替し、所信表明をして日本再生案を数カ月かけて策定し、さあこれからと思えばもう次の首相の所信表明が始まる。まるでお正月の初夢を見て今年はがんばろうと思い気がつけばもう大晦日。話題のTPP交渉参加にしても40年前の総合農政時代と全く同じ農業議論が今も続いている。そんな日本のリスクの方がいまや中国よりはるかに大きいとも思います。中国高速鉄道事故への南方都市報の記事の「くそったれ」は日本でもさらに声高く叫ばれるべきなのではとも思います。
グローバル社会は言い換えれば競争社会、順番のない世界です。整然と列をつくらないと何事も進まない日本。そんな日本こそ大きなリスクを抱えて闇の波間を漂っているのではと思います。
しかしとは言うものの日増しに世界での政治、経済のウエートが増す中国のリスクも考えないわけにはいきません。
日本の書店の中国書のコーナーには次のような題名の中国批判本が並んでいます。
「中国 彼らに心を許してはならない」「中国 危うい超大国」「それでも中国は崩壊する」「中国経済 隠された危機」「中国の崩壊が始まった」「中国経済がダメになる理由」「「中国 この腹立たしい隣人」「チャイナリスク 爆発寸前」「2012年 中国崩壊」「中国は日本を併合する」「新たな日中戦争」「2013年 中国で軍事クーデターが起こる」
この20年、これでもかと言わんばかりの反中国本が出版され、やがて崩壊すると言われ続けてきた中国ですがいまだに元気です。「やがて」という言葉に気がひけたのか「それでも崩壊する」になり、5年後には本の題名は「いつか崩壊する」になるのでしょうか。
これらの本を見ると中国の崩壊を願う強い意思は政治や経済の世界を超えた信仰の感さえし、その我慢強い信心には敬意すら覚えます。
危機、爆発、崩壊の本の題名と逆に2020年にはそのGDPが米国をも超える中国。私たちはそんな中国をどうとらえればいいのでしょうか。
どうして中国リスク論が外れるのか
◆その1 反共産から語られるリスク
反中国本や日本の一部のメディアで語られる中国情報と中国の現実が違います。
その問題の一つは反共産の立場からリスクが語られ、問題が大きくなることです。
どこの国にもある体制内の派閥や主導権争いは、中国では闘争になり、混乱から崩壊へと飛躍して語られます。数百人の抗議デモが日本に伝わると数千から数万人に膨れ上がりました。携帯電話のカメラで撮られた映像が香港メデイアを通じて配信され、暴動を冷めた目で見る多くの見物者も1万人の中に数えられました。
さらに反共産から語られる言葉は一般の人々の中国イメージに結びつき数万人の暴動も「きっとそうだろう」の中国観が形成されました。
だから純金のネックレスを処分するため買い取り店を訪れた女性が、金の行き先を聞いて、中国ですと店員が答えるとそれでは売るのをやめます。そんなヒステリックな世論が定期的に日本で創り出されることになります。
安直なテレビのバラエテイー番組で語られる中国観が一人歩きし、中国企業が日本の企業を買収し、不動産を購入をすれば、日本が買い占められるとの飛躍した意見がマスコミで流れました。今、中国の対外投資上位20国に日本はありません。
中国企業直接対外投資分析報告 中国経済出版社 | ||
順位 | 国名 | 直接投資額(億USドル) |
1 | 香港 | 1158.45 |
2 | ケイマン諸島 | 203.27 |
3 | バージン諸島 | 104.77 |
4 | オーストラリア | 33.55 |
5 | シンガポール | 33.35 |
6 | 南アフリカ | 30.48 |
7 | 米国 | 23.9 |
8 | ロシア連邦 | 18.38 |
9 | マカオ | 15.61 |
10 | カザフスタン | 14.02 |
11 | パキスタン | 13.28 |
12 | カナダ | 12.68 |
13 | モンゴル | 8.96 |
14 | 韓国 | 8.5 |
15 | ドイツ | 8.45 |
16 | 英国 | 8.38 |
17 | ナイジェリア | 7.96 |
18 | ザンビア | 6.51 |
19 | サウジアラビア | 6.21 |
20 | インドネシア | 5.43 |
◆その2 一部の日本のメデイアやマスコミ、知識人の問題
彼らは「批判精神」という両刃の剣を抱え、物事を否定することが知識人のアイデンティティーを充たす側面もあります。中国に対してはその批判精神が際立つという傾向もあります。
上海万博の時には成長した中国を認めながらも、同時に「だがしかし」の言葉が加わり華やかな万博と共に下水油が取り上げられ、中国の光と影がセットで紹介されました。
キャスターの結びの言葉は「注意して中国を見なければなりませんね」となります。
2010年3月3日の毎日新聞ではある大学教授が「中国には6億人の極貧がいる」と述べています。6億人が極貧なら、私が毎日、中国で行き会う人の二人に一人が極貧です。その極貧の人が農村で55インチの液晶テレビを購入していることにもなります。
また私営企業家の3分の1が共産党員で日々国有財産の収奪が行われていると述べる人もいます。それが真実なら中国の国有財産はとっくになくなっています。
いまだに文化大革命時代の出処不明の論文まで持ち出し批判する人もいます。いつまでも中国を影に閉じ込めようとする知識人の心理が中国情報を混乱させてきました。
そのヴエールの中の中国を見続けていた間に、いつの間にか人や企業だけでなく、人民元も世界でオフショア市場が開設されて国際化の時代に突入しようとしています。
権力闘争と混乱に強引に結びつけて中国をとらえれば、中国政治の変化も見えず、リスクの読み方が間違ってしまいます。
◆その3 成熟した日本の目で中国リスクを捉えるため読み誤る
三つには日本の中国情報は日本の視点で中国をとらえすぎ、真実をとらえきれていないことです。都市と農村の格差の指摘が端的にそれを現します。所得が都市対農村の対比で語られ、農村所得の成長を見る目が欠落した結果、格差だけが強調されました。
後退している国の格差と前進している国の格差を同列でとらえてはリスクを読み誤ります。
中国は共産主義の閉塞社会から市場経済社会に移行し、闇から陽の開放感と私も豊かになれる希望が矛盾も飲みこむ国です。影があろうが、自分の進む方向だけを見て歩む13億人のパワーが影さえ消して進むのが中国です。
私の会社の上海事務所に劉鷹さんという女性がいます。彼女は15年間日本で暮らし、小学生の子どもの教育のために上海の実家に戻り、今は上海で暮らしています。
希望の中国への理解がなければありえないことです。
中国の政治は三つの圧力と対峙しています。一つは7億農民の圧力。一つは軍の圧力。一つは共産主義保守の圧力です。多民族で13億の人口を抱え、その圧力の下で明日から民主主義というわけにいかないのが中国です。
そこには理想的にイエスかノーでわり切れない問題を抱えます。それを一番わかっているのが中国人自身です。中国人がよく言う「中国だからしかたない」の言葉にはその意味もあるのではないでしょうか。
日本や西欧の価値観はイエスかノー、白か黒かの答を中国に迫り、答えが出ない中国は問題だ。いつか国民の不満が爆発して民主化闘争が起こると考えますが、どっこい中国人は灰色世界の中を「馬馬虎虎」気にせずに生きています。
だから日本で語られる中国リスクがその実態と噛み合いません。
中国リスク、その可能性を考える
日本では中国の政治リスクも経済リスクも個別企業のリスクも整理されずにひと盛りで語られます。一つ一つの問題を正確にとらえればリスクもあれば、全く論外のものもありますが、感情先行で「やっぱり中国は怖いですね」が多くの日本人の中国リスクです。
感情的な問題指摘は対立を煽るための論ともなり、低迷する日本が自己をなぐさめ、溜飲を下げる論ともなります。
中国の経済的発展を素直に認め、日本がその成長とどう向き合うかは、今後の日本を考える上で大切です。いかに問題があろうが世界も日本も中国の影響を避けられないなら、積極的に中国とどう向き合い、共に生きるかを考えるべきです。
そのために中国リスクの可能性を分類、整理をしてみました。
その対象としてとらえているのは次の10点です。
- その1.政治体制のリスク
- その2.軍が関わるリスク
- その3.西側諸国との衝突のリスク
- その4.日中対立のリスク
- その5.格差社会による混乱のリスク
- その6.急速な収入分配改革からくるリスク
- その7.中国社会の活力が低下するリスク
- その8.バブル崩壊による経済混乱のリスク
- その9.個別企業の中国事業リスク
- その10.複合リスク
次に一つ一つのリスクを考えていきたいと思います。
◆その1 政治体制のリスク
端的に言えば中国で民主革命や政治闘争が激化して内乱が起きるかということです。
これはほぼ皆無と考えねばなりません。もちろん中国には民主化への不満、政治体制への不満もあります。しかし抗議行動やデモ、暴動があってもそれが全土を覆う大きな動きにはならないと思います。共産党、軍がそれを封じるというより国民の大半が急速な民主化に関心を持っていないことが理由です。
私は中華民族の血には政治より経済の血の方がはるかに多く流れているのではと思います。端的に言えば民主化より"私が豊かになること"を国民の大半が望んでいます。
また多くの中国人はこれまでの経済成長に対して自信を持ってもいます。共産党に不満も持ちながらもその成果も認めています。
政治闘争も過去の中国と今の中国を同列に捉えては見誤ります。既に延安の洞窟で共に戦った革命戦士は体制内に誰もいないことを考えることが重要です。鄧小平以後、中国にはカリスマ性のある政治家は存在しません。体制内の意思決定方式は力、闘争からバランス、安定に変化しています。
また政治よりも国民が変化したことにも着目しなければなりません。党の政治スローガンが街中から姿を消したように中国人が強烈な一人の個性に引っ張られる時代ではありません。偶像崇拝を嫌う現政権の姿勢が端的にそれを物語っています。選挙制度はありませんが、民意の空気は中央政治局の空間をながれ、その臭いを嗅ぎながらの政治が続いています。
◆その2 軍が関わるリスク
中国のリスクを考える上でやはり軍は重要なポイントです。次に軍の暴走の可能性について考えてみます。
これまで党と軍は共存関係でした。その共存バランスが崩れつつあります。その原因は国防費の増加で軍備が拡大し、軍の圧力パワーが増大したことです。力が増大するとそれを鼓舞して存在感を示したい願望が高まります。そこにまた"面子主義"というやっかいなものが加わります。
一方で中国はグローバル化、国際化の中を進んでいます。人民元すら国際化です。そのため政治は国際協調を考え、大きな圧力を避けて摩擦回避にも向かいます。
そこで政治と軍の微妙な関係のズレが生じてきます。
また革命戦士が姿を消して文官時代になり、国民や軍からも長く共感を得られる政治家不在も関係のズレに影響します。
今政治は、文官がどこまで軍の圧力を抑えられるかという課題に直面しています。
バランスの崩れの一面だけをとらえれば軍の暴走という中国リスクが見えます。
しかし軍はそれほど単純ではありません。経済の成功過程で軍も大きく変化していま
す。中国は産官学社会とともに軍も加わった"産官学軍社会"です。
今年8月14日に空母「瓦良格」が完成し海上試験が行われています。「瓦良格」の建
造をもたらしたのは経済の力です。軍装備の充実は経済の力。それを誰よりも認識しているのは軍そのものです。中国は軍が経済社会にも深く入り込んでいるからです。
軍がロケットから電子、不動産やサービスまで経済社会と密接に繋がっています。
私自身も過去に上海で軍と直接ビジネスを進めた経験があります。当時の南京軍区管理局長に「あなたは軍人ですか」と聞いた事があります。
軍事支出の増大の一方、「瓦良格」に象徴されるように装備の近代化、技術力では米国に劣ります。それを認識しているのも軍です。だから軍には存在感を鼓舞する反面、それをセーブするバランスも働きます。南沙諸島の他国の干渉は主権侵害と主張して艦船が示威航行する反面、ベトナムなど東南アジアの国々との軍交流が進みます。
米国に対抗できる力があるともとらえられていないので、黄海での米韓牽制の実戦演習の反面、米国とでさえ軍交流が進みます。
今、軍の外交策は積極的です。今年に入り人民解放軍総参謀長、副参謀長、中央軍事委員副主席や国防部長がネパール、インドネシア、ベトナム、カザフスタン、米国など各国を友好訪問して相互尊重や軍事交流、合作を確認する動きを見せています。
中国は既に150を超える国家と軍事交流を展開し、22の国と防衛安全交渉対話を進め、112の国に武官処を設立しています。最近数年間は年平均100以上の軍事代表相互訪問が行われています。面子の国の恣意行動の反面、どこかに落としどころを考えてもいます。
だから政治と軍はこれからも、主導権を争いながらも車輪の軸のように、十字に組んで進むのではと思います。だから軍も真の中国リスクにはなりにくいと考えています。
◆その3 西側諸国との衝突のリスク
国際社会がその価値観を主張し、中国の許容を超えれば面子と衝突します。
中国は日本と違い、西欧の価値観を単純に受け入れません。中国の原則があり、アジアの中国を主張します。西欧には人はパンのみに生きるなとの教えもありますが、中国の多くの人は食卓のテーブルにさえついていません。ディナーを食べてコーヒーを飲んでいる国の意見を押し付けるなとの考えもあります。
衝突の危険は常に存在します。それは国際社会の中国理解の誤り、無知、誤報からもたらされます。
中国は先進国と異なる異質な社会です。中国で西欧が考える民主主義が定着するにはまだ年月が必要です。その時がくるまで1と2の間、イエスでもなくノーでもない中国を認めることが大人の中国対応と私は思います。イエスでもなくノーでもない、一つ半の中国を、時間軸を持ちとらえることです。
だから中国の民主化は「中国式民主化、チャイナデモクラシー」でなければならないと思います。胡錦濤主席、温家宝首相がチャイナデモクラシーを、手数を踏み進めていることを理解すべきです。軍の圧力の中で彼らが送る民主化シグナルを読み取ることが重要です。
しかし米国や日本のメデイア、それが創り出す大衆世論はイエスでもノーでもない中国を認めません。昨年のノーベル平和賞がそれを物語っています。だからその対応には大人の政治が必要です。軍や党保守が仕掛ける示威行動の裏を読み、冷静に対話を続ける手練の政治と相互の情報パイプが重要です。
中国は前を見て進む時は強い力がでます。GDPが米国さえ超えれば民主化の問題もその勢いの中に隠れます。国際社会も問題を指摘しながら、その成長も認めざるを得ません。しかし勢いに陰りが出れば、問題指摘の声が強くなります。中国は外からの圧力に強い力が働き、面子の問題もあります。
また中国は協調が不得意です。国際社会との均衡が崩れ中国批判が高まれば、協調の選択肢を飛び越えて面子が走り出す可能性もあります。10年後には中国空母軍は大編成されます。中国の面子と衝突する時、軍の尊厳を保つため空母軍が日本の近海を航行するのが目立つ可能性があります。
その時、反中の流れは経済に影響し、脱中国に切り替える企業が増大する可能性もあります。そこにYESかNOを求める国際社会の声が強くなれば摩擦が急激に高まり緊張拡大のリスクが生じます。
◆その4 日中対立のリスク
政治リスクの一つに日中対立リスクがあります。日中対立は米国依存の中で日本が存在する限り避けられない宿命です。日中対立には、背後霊のように米国の意思も働き、米中対立の代理戦争ともなります。対立の矢面に立つのは日本で、言葉は悪いですがやくざ世界の鉄砲玉です。米中関係は相互の利害を優先して大人の関係が演出されるだけ対立の矛先は日本に向かいます。
2011年7月末の中国保有の米国債は11735億米ドル、日本の6月末の9110億米ドル、英国の6月末の3525億米ドルを上回りトップです。経済面の米中関係の重要さからも大人の関係を保つ理由がうかがえます。決定的破局に至らない心地よい緊張は、お互いに力と威厳を誇る強大な軍とそれに連なる軍産業を持つだけに必然とも言えます。
日本は歴史問題のように対立材料に事欠かず、地理的距離も近いだけに鉄砲玉になりやすいとも言えます。
米国の中国への民主化要求も火種の一つです。しかし本音の世界では米国は中国が急カーブで民主国家になるとは考えていないし、要求に屈して民主化するとも考えていません。双方が大人の関係なので、それが対立の演出に使われこそすれ致命的な対立に発展することにはなりません。
しかし日本は違います。首相が8月15日に靖国神社に参拝するだけで緊張を生みだすことができます。役者が役どころを間違い、日中友愛、東アジア共同体を唱えれば米国の磁場に引き戻されて、本来の役どころを演じ続けることが求められます。
これは台湾も同じです。馬英九総統が両岸三通、中台経済交流を活発化して黄金の十年、政治交流、政治互動を唱えても、それをひき戻す米国の磁力が働き、常に「九二共識」の一つの中国解釈の振り出しに戻されて前に進むことはできません。
日中対立は米国にもう一つの利益をもたらします。中国市場からの日本の排除です。日中が対立すれば政令経熱は政令経冷にも進み、日本企業の腰が砕けて米国企業の中国対応が優位に進みます。
だから靖国や尖閣の日中対立は諏訪大社の御柱、伊勢神宮の式年遷宮のように、何年かに一度の恒例神事となり日本は神事で舞う巫女の役割を演じることになります。
しかし日中対立は米中対立のように節度ある大人の関係が続くという保障はありません。双方の保守派が衝突し偶発衝突に拡大する危険を持ち合わせています。
日本でも中国でも保守派の思考は相対化、単純化しやすく、主張は過激になります。
"よい悪い"がいつか"クソッ"になって感情衝突から義憤にかられた衝突になる危険を持っています。
その度に日本企業の中国対応は希望とリスクの狭間を揺れ動き、"三歩進んでまた戻る"を繰り返すことにもなり、欧米企業が深く中国市場に入り込むことになります。
日中対立リスクは政治の世界だけでなく日本企業に大きく影響するリスクでありやっかいな問題です。
◆その5 格差社会による混乱のリスク
今、米国で格差デモが拡がっています。日本でも中国社会の格差問題が盛んに取り上げられました。格差からの暴動、国内の混乱。そんな中国リスクも叫ばれました。しかし都市と農村の格差の指摘の一方で農村所得の成長は顧みられませんでした。今、農村青年たちが一番目を輝かせて語るのは小さい頃と比べて大きく変わった故郷を語る時です。農村の家電下郷では50インチを超える液晶テレビが販売されているとこの欄でも述べました。
家電下郷の背景には"物"を求める中国人の"業"や面子も存在します。中国の経済成長を読むにはこの定性要素を知ることが重要です。農村所得が都市所得に比べて30%という格差にのみ目を向ければ格差から生まれる中国のパワーが見えてきません。
私が関係する中国の工場では社員からよく「どうしてあの人と同じですか」の不満が寄せられます。ちょっとした福利厚生を平等に扱えば、3カ月の入社時期の違いでもどうして同じですかという不満が出ます。
努力してもしなくても同じ社会から個人の努力を認める社会に中国は変わりました。
自由な競争社会になった中国では格差すらパワーの源です。
格差があるから次は私もという競争心が芽生え、それが中国を支えています。
閉塞感に覆われた社会が開放社会になった時、そこからどんなエネルギーが生まれるのか、欧米や日本、その社会に身を置く中国人すら予測できません。
私はこの20年、中国人の豊かさへの激しい思い、"業"と向き合いました。
右派闘争など過酷な歴史と極貧の中を歩んだ中国人の思い、"業"から生まれるパワーには物凄いものがあります。"業"と"面子"と、"自己主張"が中国経済を前に押し出すパワーとも思います。
他人を意識し、控えめな心も働く日本人の経済行動とは全く異なります。
だから格差も中国ではリスクになりません。
農民の子どもたちが通う農村学校で生徒が私に語った「私たちはもともと貧しいので貧しさは問題ではありません」の言葉が端的に中国の格差と日本の格差が違うことを物語っています。
◆その6 急速な収入分配改革からくるリスク
十二・五計画にも強く表明された収入分配改革。それに伴う問題、リスクについては既にこの欄で述べました。今年の中国の中小企業の高利子問題や倒産問題に見るように、これからの10年は低生産性、労働集約産業の淘汰が進みます。3年前、日本で中国の3000万人の失業問題が盛んにニュースで流れていた時、私はニュースと現実は逆と考え協力する工場の農民工募集を進めました。
その時の危惧が現実になり、生徒数の減少や高校、大学への進学率の上昇などにより、今や農村の職業学校の卒業生どころか3カ月程度の企業実習生すら奪い合いの状況です。13億人の国の人材採用難。夢にも思わなかったことが現実になっています。これから中国は、10年後の世界の工場の終焉に向かい進みます。急速な収入分配バランス改革による賃金上昇がそれに拍車をかけます。
農民工不足「民工荒」はますます顕著になり中小企業は金融、賃金と募集難、材料高の三重苦時代です。
農民工の労働報酬の低さは格差の本質の問題ではなく、それは13億の人口、その半数が農村人口である中国の構造の問題だとこの欄で述べました。
7億人の農民がいる中国では、収入分配改革はこれからもずっと続く課題です。改革を進めるなら中国は体制構造改革を同時に進めなければなりません。
しかしそれは非常に難しい課題です。今、中国の主要都市で政府の"三公費用"(政府機関が使う接待飲食、公務車などの行政費)の開示が行われています。中国では1978年から2006年までの財政支出で行政管理費が143倍、年平均19.4%の割合で増加しています。その間のGDPの年平均増加率10%に対して異常な伸びです。報道されている中でも広東省汕尾市煙草局では月招待費が200万元を超え、2010年度には1万元以上の接待が400回以上、1回の消費の最高額が8万元を超えています。煙草局や政府幹部の香港遊興などで使われた費用です。江蘇省海門市審計局では1年の接待費用が1000万元を超えるなど異常出費が表に現れています。2010年度の中央部門の86機関の三公費の総決算額は639285万元でした。しかし開示されている三公費は中央や主要都市で中国の一部です。
内陸など政府の末端に行けば問題はより深刻になります。中国は言わば"境目の無い国"です。国、企業、個人の境界が希薄なため汚職、不正も増加します。中国では一般の人々が道路や公共場所に平気でゴミを捨て、つばを吐くことが問題になります。これもマナーより"私と社会"の境界認識が希薄なためと私は思います。共産主義体制そのものがそれを育てたわけですから境界が希薄になるのももっともですが。
体制構造改革はある意味でそんな社会風土との戦いです。しかし非常に困難な課題です。
今年、中国では金融引締による中小企業の倒産が続き、その一方でノンバンク、影子銀行の高利融資が社会問題となっています。経済日報の報道では金融引締の裏で多くの国有企業が金融公司を設立し、64社の上場非金融企業の今年8月までの貸し金総額は169億㌦で、昨年より38.2%増加しています。その最高利率は年24.5%で、それらの企業の90%が国有企業です。影子金融市場への年資金流入は2万億元、国内総生産の5%前後に達していると見られ、今年上期に全国で設立された小額貸付会社は1934社になりました。
これらの中国の風土を考えると体制改革が進まず、収入分配改革だけが進む可能性が高くなります。そして企業淘汰や海外移転が急速に進み、7億農民の受け皿が縮小します。縮小すれば社会の安定のため社会保障費が増大し、強い社会主義政策が出番を迎えます。
豊かな沿海から内陸への移転支出が拡大し、沿海部の不満が増加して政治、経済の混乱に波及するというリスクも見えます。
今、中国からの投資移民が世界で増加しています。中国本土からの移民が多くを占める香港の移民申請数は2004年度には465件でしたが2010年には2999件に達しました。
これも経済成長の反面、強い社会主義の足音への中国人の対策なのでしょうか。
◆その7 中国社会の活力が低下するリスク
中国の成長要因は市場経済の自由競争とそれによる活力です。
しかし強引な収入分配改革や企業への労働保障の義務付けは社会主義への逆戻りです。しかし7億農民がいる限りそれは避けられません。強い社会主義政策は社会の安定よりも社会の活力を削ぐリスクにつながります。
中国は低所得者の保障住宅の建設を急ピッチで進めていますが、その住宅の駐車場にベンツやBMWが並びます。会社で特定の人に福利をすれば、必ずそれに漏れた人から、私はどうなるのですかという要求が出ます。社会福祉を高めれば、際限なく拡大するリスクもあわせ持つのが中国です。
それと同時に起こるのが豊かな沿海部の問題です。中国は前を向き進む時は強いパワーが出ます。今がまさにその時代です。中国は攻めに強い社会です。
人間厚かましく、腹黒くあっても強く生きよと個人が強く生きることを中国人は過酷な歴史から学びました。
しかし、行け行けどんどんの時代を過ぎて社会が落ち着いた時、横を見、後ろを振り返る時が来ます。久しぶりに会う友達との会話もお金の話ばかり、人を押しのけてもお金、物を求めるだけの、そんな人生のむなしさを中国人が思う時代も訪れます。だから中国人が歩みを緩めて自我と向き合う時、社会の活力、成長を支えた沿海部の活力が低下するというリスクが訪れます。
社会に疑問を持ち、人生に疑問を持つ人が増えれば自殺者が増えます。若者が未来に疑問を持ち、社会に疑問を持てば国の活力は失われます。
中国人には、どんなにつらくても生きることを選べという考え方もあります。
だから中国人には日本人の自殺が理解できません。しかしそれは貧しい中国でのことです。豊かさも手に入れ、多様化した社会を経験すれば考え方も変わります。そこに教育と一人っ子の問題が重なってきます。
中国では大学生の就職難が社会問題となっています。卒業してアルバイトで過ごす「蟻族」が社会問題となっていますが、それは経済の問題というより中国社会の人間教育の問題です。成長をもとめ、豊かさを求める教育は人間教育が不足しています。人にはいろんな生き方があり、その中から生きる術を見出して自立して生きていくことを教えていません。人を育てるより、国に貢献し世界を追い越す人材を標準モデルで育てようとしています。
だから学生は、そのモデルから外れた時、自分の居場所がなくなります。それが大学生の就職難にある本質の問題だと私は思っています。
枠の中の自分に合わないことを拒否するため人生の選択肢がせばまります。
大学を卒業すればデスクに座り、他人を指示する人という固定した考えを持つため人生の選択範囲が狭まります。そのこだわりを社会経験が伴うまで封印すれば職場は見つかる人がたくさんいます。石を投げれば大学生にあたる時代であればなおさらです。
大学生の就職難は一人っ子の甘えにも起因します。わがままで覇気がなく、企業が敬遠する人も増え、両親の収入をあてに生活する卒業生が急増しています。90后世代が増え、物質主義と甘えの中で育った新中国人が多数になった時、そこに成長の翳りが重なった時、中国リスクもあらわれます。
だから私は貧しい中国より豊かになった中国にこそリスクがあると常々話しています。
◆その8 バブル崩壊による経済混乱のリスク
夜に上海の浦東新区の高層アパート群を見てもほとんど明かりが点いていない。だから中国バブルは弾ける。多くの人が中国バブルについて語る言葉です。
私は中国のバブルと日本のバブルは本質的に違い、中国バブルは崩壊しないと常々語ってきましたが、それに対して異論も寄せられています。
私はバブルという言葉も言葉の魔術と思っています。一つの言葉が流行すればその言葉で世の中の全ての現象が相対化されてしまいます。
市場経済であるかぎり加熱もあります。どこまでが加熱か、バブルかの境界もなく、私達は気安くその言葉を使い、その一言で全てを理解しようとします。
ことに中国経済に対してはその思いが強くなります。日本国内の空洞化、格差社会など、日本経済の衰退が、中国を起点ともすることも多いだけに、成長へのやっかみもあるのか、なおさらです。
人々の生活、環境、意識も日本と違います。将来への潜在力、経済の勢いが違えば投機なのか実需なのか、その境目もおぼろげです。
バブルの言葉は同じでも、経済の背景はバブル当時の日本と全く異なります。
一つは、既にこの欄で述べた中国の裏経済です。
過剰と見られるマネーサプライにはそこでの流通量があります。中国政府は金融引締政策を今も続けていますが、裏経済を含む実質の経済活動が計れなければ、過剰と正常の境目は怪しくなります。
二つは、中国の土地は国有土地です。土地の取得や開発は、原則としてその上の開発と一体化しています。例外もありますが、土地だけ転々とする日本のバブルと異なります。
三つは、地上げの背景の相違があります。中国にも"地上げ"がありますが、
日本との違いは、地上げ後のお金の行方です。日本の場合、そのお金がさらなる地上げを生み、海外不動産にも流れました。
しかし中国は多くの場合、地上げ補償金は自己の住宅取得にまわります。数年前、上海中心部での補償金は家族一人に40~50万元でした。今では農村の立ち退き補償金も話題となっています。
四つは、公共事業です。日本では北京オリンピックや上海万博が終われば中国経済はどうなるとかで中国バブルをとらえますが、それらは中国経済にとっての一部です。それよりも、揚子江の水を北の地域に引き込む南水北調工程の利水、汚染国土を回復する環境投資、東西南北5千㎞の国土の鉄道や道路、これらの方が大きな国家課題です。
中国で初めて高速列車が走ったのは07年、最初の高速道路が開通したのは、1988年の上海から近郊の嘉定までの高速道路です。それだけ短期間にインフラ整備を進め、経済が加熱しない方がむしろ不思議です。
五つは投機と実需の認識の相違です。
2008年の海南島での不動産の省内購買は25%、約60%が省外投資でした。そこに実際に住む人は30%しかいません。
しかし省外投資の全てが投機とは言えません。中国のリゾートはまだ成長途上で場所も数も限定されます。老年になり静かな、暖かいところで余生を過ごしたいとの思いで購入した人もたくさんいます。ロシア国境の厳しい自然環境の黒竜江省にはそんな人が多くいます。だから常春の地、雲南省の昆明は別荘開発が盛んです。また現代的なアパートを購入して、自らは家賃の無い、あるいは安い住宅に住み家賃でローンを支払う人もいます。投機なのか実需なのかなんとも言えません。
六つは驚くべき住宅需要の存在です。
中国の商品住宅の在庫面積は2010年6月には全国で19182万㎡です。上海浦東新区の夜に明かりの灯らない住宅もその一部です。
しかし日本と異なるのはその在庫の背後に何億人もの住宅取得予備軍が控えていることです。日本のバブルと比較して決定的に相違する点です。
中国では1999年から2008年の10年間で計411501万㎡の新築住宅が販売されました。都市住宅の平均建築面積で計算すれば、ざっと5000万戸です。中国はまだ都市化が進み10年後に都市人口は8.4億人に増加します。増加する人口で新たに必要となる都市住宅は6千万戸程度です。また長く都市に住んでいる人も取得可能な収入に達しながらもまだ住宅が取得できていない人も多く存在します。私の試算では都市所帯のざっと30百万所帯程度がその取得予備軍です。
さらにこれから所得が増加しその仲間入りをする人がかなり出現します。
それらを考えれば2020年までに年間およそ8億~10億㎡が都市部の住宅販売面積になると考えています。このように膨大な実需がある以上、夜に明かりが点いていないことだけをとらえてバブルの崩壊というわけにはいきません。
七つは、中国が社会主義国だということです。一人っ子政策に象徴されるように社会主義国の規制の強さや管理はとても日本の比ではありません。
結婚さえも男子は22歳、女子は20歳で許可される国です。金融政策、窓口規制、ローン規制も強力に進めることができます。
今や北京、上海のみでなくその周辺の2、3級都市でも2戸目の住宅購入制限が始まろうとしています。中国は銀行取引を通じて企業の預金使途まで綿密に管理することができる国です。日本のバブルを反面教師に中国はバブル管理を進めています。
バブルは経済の泡ですが、経済成長には加熱も必要です。加熱もあるから私もという意欲がわき、それが成長につながります。
また加熱とバブルは相即相入、紙一重かもしれません。それをコントロールするのが政治の力です。中国は泡のまわりを莫大な実需が取り囲み、泡をつぶして成長しています。貧しい中国そのものが将来の実需です。
これから住宅市場に参入する数億人の実需が、いつ、どんな行動をするのかそれがわからない人ほど、中国バブルという言葉を安易に使うのではないでしょうか。だから中国バブルもリスクにはなりにくいと考えています。
◆その9 個別企業の中国事業リスク
中国は世界の工場の終焉に向かい進んでいます。これから中国の産業も急ピッチで労働集約から資本集約、付加価値の高い産業に移行します。
個別企業から中国リスクを見ればコスト高、競争激化が大きなリスク要因となってきます。すでにその状況は数年も前から現れ進出企業の淘汰が進みました。単純に人件費の安さだけを考えて事業の採算を考えていた企業はもはや事業継続ができない状況となっています。
一方でその人件費コストも実際は複雑です。単純に賃金だけでは判断ができません。労働生産性が半分なら同じ人件費でもコストは倍になります。
社会主義国なので生産性を低下させる状況がいたるところに存在します。
規制とそれに付随する費用も企業の生産性を低くします。多大な三公費用、増大する行政費の多くを企業が負担するわけです。規制が多ければ何を進めるにも時間コストが増えます。広大な国土では管理コストも増加します。
中国が成長を続ける魅力的な市場であることには異論はありませんが、それは裏返せば厳しい競争市場ということです。世界中から市場を求めて企業が集まり、さらに中国企業が力をつけたことでさらに競争が激しくなっています。
中国事業の管理ノウハウが弱ければコストが先行して採算がとれないという状況が個別企業のリスクです。しかしこのリスクは企業の対応で回避可能なリスクです。
一方これから企業にとり大きなリスクになる可能性を秘めるのが中国のエネルギー問題です。前にもこの欄で今年の中国の電力不足について述べました。
国家能源局が公布した今年1月から8月の全社会用電量は31240億KW時で、昨年比11.9%の増加です。産業別の増加率は表にあるように第三次産業で大きく増加しました。
太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの開発に力を入れているものの、私はこれから恒常的なエネルギー不足が顕著になっていくのではと懸念しています。今年は華東地区や華南地区で深刻な電力不足、停電が発生しました。深圳の私が関係する工場では週3日停電という事態にまで突入しました。石炭価格の高騰での発電ストップなど種々の原因が言われていますが、やはり内陸開発が進み内陸での電力需要が急激に増してきた結果による影響ではないかと私はとらえています。深圳などの大都市はこれまで貴州省などの内陸都市から電力供給を受けていましたが、もはや内陸都市の供給余力が無くなってきたのが大きな要因ではないかと思います。
これから内陸への工場移転もさらに進み、農村でのクーラー普及も高まります。再生可能エネルギーの開発には時間も必要で、中国がこれからさらに恒常的な電力不足に突入する可能性が高まってきたと考えています。
◆その10 複合リスク
以上、中国リスクを整理しました。私は何れのリスクも「中国崩壊」と語られるようなリスクにはなり得ないと思っています。
しかしリスクは連鎖し複合的、相乗的に拡大する可能性もあります。
強引な収入分配改革で、急激に賃金が上昇し、インフレが進めば企業の海外移転も顕著になります。世界の工場が終われば豊かな人への出番を待つ数億農民の受け皿がなくなり、強い社会主義が出番を迎えます。十二・五計画にも産業構造の転換が述べられていますが、13億人の高度産業社会なんて幻想の物語で、一足飛びに中国の産業構造が変わることは不可能です。先端産業に従事する人も増えますが、まだまだ労働集約企業も必要です。
しかし労働集約企業の淘汰が進めばそこに待ち受けるのは失業者の拡大です。社会主義国である限りそれは社会保障の拡大でカバーするしかありません。
それにより成長活力が衰えて社会が沈滞すれば一党政治への反発、体制改革を求める声、民主化を求める声が高まります。
それで中国が本腰を入れて改革を進め、さらに民主化に向かうかどうかが中国リスクの分岐になるのではと思います。2025年頃がその時期ではないかと思いますが、私はどうやらその時期に体制改革の強い動きが出てくるのではと考えています。
和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。
主な著書・監修
- 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
- 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻) 制作・著作:PHP研究所
- ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
- 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
- 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
- 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
- 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
- 中国が日本を救う(長崎出版)