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【12-005】「中国経済は投資依存で、消費の割合の低さが問題」は本当か その4

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2012年 5月28日

消費が隠れ、投資が表に出る中国経済

 先に指摘した経済誌は、2000年に46%だった中国の個人消費の割合が縮小を続け、成長のいびつさが際立っている、と指摘しています。本当に、中国のGDPに対する個人消費割合は縮小の一途をたどっているのでしょうか。

[グラフ6]

グラフ6

 ここでもまた、統計の裏の特異な中国事情を読み取らなければ、いつまでたっても巨象の尻尾だけを見て、中国を判断する、ということが続きます。

 GDPに占める消費の割合の低さが問題だ、とされる一方で、多くの分野で世界一の消費を誇る中国。私達はそれをどう理解すればいいのでしょうか。

 その答えを得るには、中国の統計のいびつさを理解し、その後ろにある経済を考えねばなりません。

 ここで、私はある仮説を立てたいと思います。“中国経済は消費が隠れ、投資が表に出る経済”だということです。前にこの欄で述べた中国の裏経済のことを思い出してください。

 中国では物を買うとき、個人も企業も“領収書は要りますか”と、日常的に聞かれます。2010年の中国の税収は7兆3千億元ですが、そのうち個人所得税は6.6%に過ぎません。税収の約70%は増値税や消費税などの間接税で、なかでも増値税は60%を超えています。

 一般に、商品の販売業者は増値税領収書の“発票”発行を抑え、納付する税金を少なくしようとします。少々値引きをしても17%の税金を払わなくて済めば、利益が増えます。だから“領収書は要りますか”という言葉になります。

 一方、増値税は付加価値税で、自分が発行する“発票”の額と、他者から受け取る“発票”の差額を納税します。ですから、物を買う時には、相手からもらう“発票”をできるだけ多く集めようと努力します。

 自分が発行する“発票”の額をできるだけ少なくし、もらう“発票”の額が多くなればなるほど、税金の支払いを減らせます。もし、もらう“発票”の額が発行する“発票”の額を上回れば、納税額はゼロになります。

 また、“発票”の発行時期を遅らせるだけでも、節税対策になります。財務担当者の中には、それが担当としての能力の高さだ、と思っている人さえいます。

 自分が発行する発票の額を減らし、もらう発票の額を増やすよう努力する、ということは何を意味するのでしょうか。

 発行する発票の額を減らすということは、税務局に申告する売上高を減らすことを意味します。一方、もらう発票の額は、仕入れ額によって左右されます。売上高を減らし、仕入れ額が増やすと、差額は在庫として積み上がります。企業の在庫は、GDPの計算上は投資となります。

 だから、物の販売をめぐって、発票が発行されなければ、消費の実態は隠れ、一方で、企業の投資は増えていきます。これが、いかに大きな規模で経済に影響しているのかは、しばらく中国で暮らせば実感できます。

 以前にこの欄で、広東省東莞市の夜の裏産業、“黄色産業”のことを紹介しました。

 中国で、自動車やバイクの運転免許を持つ人口は、2012年2月に2.3億人と述べましたが、うち女性の比率は18.95%です。しかし、その東莞市だけは30%近い比率です。やはり、ここにも“黄色産業”が影響しているのでしょうか。

 中国では、増値税や営業税の負担を逃れたお金がどんどん裏世界に入り、“黄色産業”の成長にも多大な貢献をしています。それは裏経済の中でどんどん増殖して、マカオのカジノ業界や“ぜいたく品”市場を支えています。

 昨年、中国では“ぜいたく品”市場の代表として、アルコール度数53度の飛天茅台酒が話題になりました。

 飛天茅台(マオタイ)酒の工場出荷価格は1瓶619元、包装費を含む製造原価は40.3元ですが、小売店では昨年、2300元から2500元で販売されていました。

 「高ければ高いほど人気が出る」の茅台は、象徴的な「高級贈答品」に化けました。贈る側ともらう側にとって重要なのは、その味ではなく、“気合いである”とも言われています。貴州茅台酒股份有限公司の2011年上期の営業収入は85億元、営業利益率は80.68%となっています。

 超高価贈答品は、茅台酒からカルティエ、そして、今や金銀のインゴット、山水画など芸術品にまで及んでいます。固定資産税、相続税など資産課税は、導入の検討が始まっているものの、元々なかった国です。土地は国有で、その上に建つオフィスビルやマンション市場がこれほどの勢いで成長するとは、改革開放初期には想像もできなかったでしょう。

 中国は裏のお金が日の目を見やすい国ともいえます。裏経済の話で述べた裏と表の相即相入経済です。表に現れた裏のお金の多くは、不動産購入、マンション投資に向かいます。

 上海の富豪の資金源のうち、20%は不動産です。汚職で摘発された官僚が個人で保有している住宅の数には、驚くべきものがあります。元山東省政府秘書長は30戸、元上海市住宅管理局副局長は29戸、元上海市浦東地区外高橋企画建設課長は29戸、いま話題の重慶市の司法局長は17戸といったように、突出した例も見受けられます。

 住宅の転売を繰り返して財を築く人も多くいますが、転売時に課される税負担を逃れるため、譲渡価格を低く抑えて登記することは、中国では常識の感すらあります。

 果たして、不動産売買にからむ経済活動の何割が、表の経済に顔をのぞかせているのでしょうか。裏経済は庶民の身近な暮らしにも結びついています。子供の教育を例に挙げると、名門校への入学する際の条件として、多くの裏金が学校から要求されます。塾費用を含む中学進学のための費用は、平均で8.7万元と言われています。

 ほとんどの名門校は、親に「賛助金」を要求します。親は区教育委員会指定の銀行口座、あるいは基金の口座に入金させられます。その額の70~80%は学校に還流し、先生の裏の所得の源泉にもなります。これらの裏の所得に基づく消費は、どのようにGDPに影響しているのでしょうか。(この項つづく)


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