【12-006】「中国経済は投資依存で、消費の割合の低さが問題」は本当か その5
和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2012年 5月31日
先進国と後進国の二つの側面をもつ国家の性格が消費の対GDP比に影響する
表の消費に回らないお金が、裏に回り、いつか投資と合流する。中国経済は消費が隠れ、投資が表に出やすい社会です。中国経済を読み解く場合は、統計から外れた経済がある、ということを考えて統計数字を読むことが重要です。
先に述べた農村流動人口と統計上の農民工との大きな差も同じです。統計には現れない農民工も、都会で暮らし、所得を得て消費をしています。彼らがどのように経済に組み込まれているのか。その消費がどれだけGDPに反映されているのか。この数千万人の経済をみても、不思議ですね。
中国の消費経済を考える場合、先進国と途上国の二つの性格をもった社会ということも、頭に置かねばなりません。中国では今、物価が上昇し、人々の暮らしに影響を与えています。5%を超える消費者物価の上昇が続けば大変です。しかし、ニュースで流れるほどの切実さを感じないのはなぜでしょうか。
中国のガソリン価格は1リットル9元近く、日本円でおよそ110円です。途上国としての中国を考えれば、9元のガソリンは驚くべき価格です。そうしたガソリン価格であっても、自動車販売が世界一。これをどう理解すべきでしょうか。
お金持ちが急速に増加しているから。
これも正しい答えでしょう。一方で、面子の国ですから、かなり無理をして、それこそ気合いで車を買っている、とも考えられます。ローンで車や住宅を買っても、日々の暮らしのお金は必要です。そのお金はどこからもたらされているのでしょうか。表の所得とは別に、裏で相当のお金も入ります。
しかし、それは全ての人に共通することでもありません。そこに、やはり二重国家としての中国をとらえておくことも大切です。私は中国にいる時、自炊のために、よく市場で買い物をします。いつも驚くのは、街の市場で両手に持ちきれない野菜を買っても。せいぜい20元か25元ほどにしかならないのです。
日本円に換算すると300円余りです。日本なら、大きなキャベツ一つの値段でしょうか。世界有数の高級ブランド品市場の中国。両手いっぱいの野菜が20元の中国。どちらも同じ中国です。日本よりはるかにお金持ちが増加している中国。そのお金持ちが、貧しい途上国の側面を活用して、さらに楽しい生活を享受しているとも見えます。GDPに占める消費の比率が低い背景には、このような要素もあるのではないか、と思います。
民間消費を押し下げる特異な社会風土
GDPに占める消費の比率、ことに民間消費が低い原因は、中国の特異な社会風土もあります。それは昔から中国社会が引きずっている“大鍋の飯”(どんぶり勘定)の存在です。言い換えれば、公と私の境目が希薄な社会風土です。これが民間消費にも影響しています。
以前にこの欄で指摘しましたが、中国では、政府の自動車購入費や接待飲食費、海外出張費を指す「三公経費」がクローズアップされています。昨年3月に中国人民政治協商会議全国委員会の席で、重慶市監察局の副局長が、政府の公用車購入費について指摘しました。それによると、毎年の関連支出は全国で1500億~2000億元、公用車の購入費は、年20%以上増加しているとのことです。
病院、学校、国有企業、軍を除いても、全国に200万台の公用車があります。最近の公用車購入費は1000億元とのデータもあり、政府予算に占める比率は12%です。
公用車の使用実態も報告されました。公務が3分の1、幹部の私的使用が3分の1、運転手の私的使用が3分の1とのことです。
私も90年代、上海の路上でタクシーを停めたら、簡単に取り外しができる標示灯をつけた公安の車だった、という経験があります。公安の車を職員が裏のアルバイトで使用しているタクシーだったのです。丁度、その車が停車した交差点で、別の公安が取り締まりを行っており、こちらがゆっくり車に乗り込むと、運転手から「早く、俺の気持ちもわかってくれよ」と言われたことを、今も鮮明に覚えています。
ビジネスで中国を訪れた人は、きっとこんな体験をした人も多いのではないか、と思います。中国での投資商談などで、政府関係機関から接待を受けた時、そこに直接関係のない部署の人、中には友達まで同席して、乾杯や食事となることが頻繁にあります。地方の町に行けば行くほどそれが激しくなり、見知らぬ人もたちまち朋友として宴席を囲むことになります。本来、民間消費であるべき部分のかなりの額が、行政経費に入り込んでいるのも中国経済の特徴でしょう。
政府消費や投資が膨らむ要因は、他にもあります。賄賂、不正はもちろんですが、さらに“面子”が影響します。面子が気合いとともに力を増して、政府購買額を高額にします。
高速鉄道車両の内装品調達では、10万元近い便器や、高額の洗面台が話題になりました。15インチの液晶テレビに13500元を支払っていました。2009年の報告によると、10の副省級都市のうち、6都市の政府庁舎は、職員一人当たりの面積が220㎡。南京市にあるわずか800戸、人口3000人の小さな村の村民委員会の建物が、4000㎡のビルだった、というような例もあります。
「社会技術」を高める
中国経済を読み解くには、複雑にからまる中国社会を紐解いていくような手法が必要だと思います。中国をとらえるには、いったん日本から離れなさい、ということです。日本の目線で中国をとらえ、日本の物差しで計ろうとするから間違います。
13億人の市場経済なんて、世界のだれも体験していない社会です。ケインズも、マルクスも当てはまりません。だからこそ地べたを這いながら、しかし、全体も見て、大きく動いている中国を読み解くような手法が必要だ、と私は痛感しています。
ビジネスの世界でも同じです。中国ビジネスには、以下の三つの要素が重要です。
固有技術と管理技術、そして社会技術です。仕事の基本になる固有技術は、当然ながら進出企業の多くが備えています。生産管理に関わる管理技術も、多くの企業が備えています。しかし、中国でビジネスをするために中国社会と向き合う技術、中国社会を理解し、社会の中に入り込んで物事に対応する「社会技術」を備えない企業が目立ちます。逆に、生産に関する技術さえあれば十分とばかり、「社会技術」に目をそむける企業も見られます。
中国での企業競争は激化しています。固有技術や管理技術でコストダウンを進め、乾いた雑巾を絞るような対応をしても、「社会技術」の拙さで大きな損失を生んだり、機会を失ったりしている企業も少なくありません。
これについてはまた稿を改めて、論じていきたい、と思います。中国経済を読み解くにも、ビジネスを進めるにも、中国社会といかに向き合い、それをいかにとらえて判断するか、が重要なのではないでしょうか。(この項終わり)
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