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【12-007】「中国経済の問題を考える」(その1)

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2012年 9月11日

中国経済の衰退をもたらす三つの社会構造問題

 中国には、これまで経済成長の条件がそろっていました。先進国経済が成熟し、停滞する中で、巨大な人口と土地を資源に、一党政治の下で大胆な政策を打ち出し、市場開放を進めたわけです。“モノ”に渇望した13億もの人々、そこに世界の資本も集まって、高い経済成長を実現したのも必然です。そして2020年には、中国のGDPは米国をも超えると言われています。

 しかし、中国経済がこのまま問題なく成長を続けるのか、と言えば、それも疑問です。中国は多くの経済問題に直面し、問題指摘の声も高まっています。減速する成長率、輸出低下、高騰する不動産価格、食品などの物価上昇とインフレ圧力、中小企業への高利融資と倒産、燃料(石炭)高騰による電力の逼迫、膨張する地方債務、格差と収入分配問題、輸出と投資依存経済、高齢化社会への突入と労働人口の減少。まさにターニングポイントを迎えた人力資源国のようにも見え、成長路線を突っ走ってきた中国が、大きな転換点に差し掛かっているとも見えます。

 しかし、これらの問題が、経済を決定的な困難に導く要因となるかと言えば、それも疑問です。これらの問題指摘には、中国経済に対するとらえ方が誤っていると思えるものもあります。その問題の多くは、開発途上国が中収入国の仲間入りをする時に通らなければならない通過儀礼のようでもあり、これまでの中国の政策の巧みさを考えれば、その課題もコントロールして当面、経済成長が続く、と考えられます。

 もちろん、民主化、腐敗、格差など社会の不安定要素が経済問題に波及することも考えられますが、私は、中国経済に大きな困難をもたらすものは、社会構造ではないか、と考えています。

 その社会構造の問題とは、一つは[社会のバブル化]、一つは「政治体制の構造問題」、一つは「自己本位の社会風土」です。

 この三つの構造問題が、さらに別の二つの社会問題につながり経済の低迷、大きな財政問題に波及すると考えています。

中国社会のバブル化が進む

 先ず社会のバブル化について考えます。

 2010年、中国は日本を追い越してGDP世界2位の経済大国になりました。

 しかし、それは13億の人力資源を背景にした、いわば掛け算のGDP大国です。ビールも、ピアノも、自動車も、巨大人口との掛け算では世界一の顔が現れます。

 現実にはまだ貧しい地域が中国のいたるところに存在します。いろいろな経済統計を一人当たりで割り算すると、そこに貧しい中国が現れます。

 しかし今、政府も個人も掛け算の世界に目が向き、割り算の姿が見えなくなっています。その意味で、中国は大きな誤解の中を進み、その誤解が中国経済を困難に導く起爆剤の役割を持つ可能性があります。

 日本では中国の経済バブルが指摘されますが、この欄で述べたように経済バブルは問題でなく、社会そのものがバブル化していることが問題です。

 中国では、掛け算の経済大国に呼応するように、政府部門、中央企業(中央政府の管理監督を受ける国有企業)、銀行、証券、保険会社が大幅に賃金を引き上げ、一般企業の賃金も上昇しました。

 上海の日系企業で管理職を募集すると、手取り月収15000元(約18万5000円)が、多くの応募者の希望賃金です。

 企業にとっては、社会保険を含む人件費負担が25万円を超えることになります。

 もちろん個人の能力がそれに相応しいのであれば、何ら問題ではありません。しかし応募者には、いろいろな企業を1~2年ごとに渡り歩き、それをキャリアと誤解をしている人が少なからずいます。思わず、「あなたは何を経験してきたのか」と問い返したくなるような人が「上海では、それでなければ暮らせません」と、平然と要求するのには、唖然とします。

 2012年の深圳の最低賃金は月1500元(約1万8500円)ですが、先日、その深圳で、農村の中等職業学校生の面接をしました。希望給料を聞けば、手取り3500元(約4万3000円)と当然のように答えが返り、農村の「90後」世代(1990年以降に生まれた人)もここまできたのか、と複雑な思いです。

 今、中国社会のバブル化をいたるところで見ることができます。

 味や好みに関係なく、“気合い”で買う高級贈答酒の茅台(マオタイ)、タバコの「紅河」は1カートン2300元(約2万8300円)、利群は同5000元(約6万1500円)です。政府や国有企業の面子工事や面子購買。香港のブランドショップやマカオのカジノに溢れる内地の人々、そこに流れる裏経済、海外逃避の人民元。

 なかでも“天価煙”(ティエンチア・イエン)とも呼ばれるタバコは、社会バブルの象徴です。芸術収蔵品と同じで、一番重要なのは価値でなく面子、味わうために買うのでなく、贈るために買い、もらった人もすぐに現金化する、中国特有の贈答習慣と、その背後にある賄賂の風土の象徴的商品です。

 2012年は中国の自動車販売に陰りが見えています。しかし、高級車は好調で、アウディの1~4月の累計販売は前年比41%増、BMWは35%増です。高級車輸入も好調で4月にはBMWが45%増、アウディは86%増、レクサスは39%増で、レクサスハイブリットは総台数の25%に達しました。高級車販売そのものは、決して社会バブルとは言えませんが、後に述べるように、その購買層の富裕者の投資移民がブームになっています。中国の経済成長に乗ってお金を儲けたものの、心は中国にはない多くの富裕者。まさに泡が膨らみ、内が空洞化している社会の姿が見受けられます。

自己本位が経済の困難に波及する

 「自己本位」、それは今の日本にもあてはまりますが、中国ではそれが際立ち、経済問題に波及します。理由を説明する前に、身近な例で、自己本位について考えます。日本人と中国人の違いを、待ち合わせに遅れた時の態度に見ることができます。

 多くの中国人、皆ではありませんが、時間に遅れても謝りません。謝らずに自分は多忙だとかの言葉が出ます。そこまで言うのは気が引けるという人は、“渋滞”を言い分けにし、遅れたことすら気にしない人も多くいます。私は中国人社員と空港に向かう時、彼らが時間的な余裕を考えずに出発時刻を決めるので、「あなたたちは平和で幸せ、いつも何事もなく空港に着けると考えるのだから」と、よく皮肉で冗談を言います。

 これらの事象は、中国人が“他”を意識しないことの現れです。他を意識せず、自己本位、これをさらに身近に感じるのが車の運転です。中国で車に乗れば、ハッと驚く割り込み運転に必ず遭遇します。昔は私も驚きましたが、そのうち、彼らは自分の前しか見ずに運転している、と気づきました。道を横断する時に前方だけを見て渡る人も多くいます。事故も多発していますが、統計上、事故件数が少ないのは、公安が小さな事故には関与しないからです。

 無理な割り込みは、マナーでなく、中国人の境界認識と、“一歩でも人より先に”の意識の現れと考える方が理解できます。隣の車の前も“皆の空間”、皆の空間は“私の空間”、だから空間に割り込んで何が問題なの、となるのでしょうか。尖閣問題も空間認識でとらえれば理解できます。万里の長城を見れば、境界にどう対応すべきかがわかります。

 日中紛争は、何年間隔かで双方が火をつけて始まる行事のようなものですが、認識の異なる隣国を前に、島を空間的に放置したのも問題です。難しい問題もあるとは思いますが、なぜ私たちが住んでいるという標を昔に立てなかったのでしょうか。定期的な紛争材料にあえてしている、とも勘ぐりたくなりますね。

 皆が一つの釜の飯を食った「大鍋の飯(どんぶり勘定)社会」が、中国人の境界認識の欠如に拍車をかけました。あるいは、どこまでも地平線が続く、境のない大陸の地勢も、中国人の考え方に影響するのでしょうか。私たちは、中国人は自分の家に、ある日突然、他人が同居してくるというような過酷な歴史を経た民族だ、ということを私たちは認識すべきです。

 深夜のホテルに響く大声、アパートの共用スペースで子供におしっこをさせる光景。人が列に並んでいても、それを無視する人。警笛を鳴らしながら歩道を走るバイク。官民の途絶えることのない不正、これらも境の認識の希薄さによるのでしょうか。また一歩でも人より先に、という意識には、過酷な配給時代の思いが、DNAのように中国人の身体に溶け込んでいるのでしょうか。

 人間厚かましく生きよという「厚黒学」(李宗吾著)が昔、話題になりましたが、「自己本位」はこの教えにも通じます。他人を意識せずにわが道を歩む、そんな中国人には個の強さがあり、それに支えられて中国は急成長を遂げました。

 後進国から離陸する過程、“追いつけ追い越せ“の時代には、自己本位も有利に働きます。

 しかし、中国はこれから複雑な時代に向かいます。政治、金融、財政、輸出、人民元、格差、企業経営、そのどれをとってもテーマは調和です。複雑な調和社会を制御するには、人と人をつなぐシステム、協調や連携が欠かせません。企業も、人件費が高騰し、効率化、システム化が求められます。調和、協調、システム、連携、共同は自己本位と対立します。

 しかし、連携や共同は、中国人、中国社会が苦手とすることです。職場では対抗意識や批判、対立も多く、共同で目的に向かう風土が希薄です。自己本位の社会は、他人との関わりだけでなく、周囲の環境や状況認識も欠落しがちです。職場では、報告や連絡の問題にも波及します。

 今、中国の医療技術は格段に進歩しています。最先端の設備が導入されて、癌の粒子線治療、陽子線治療も進んでいます。しかし、一方では、基礎医学の専門家の育成が遅れ、病院での初期症状の見落としが多発しています。

 企業現場では。多くの企業がISO9000、14000に取り組んでいます。中国人はその認証準備や文書化を実に見事に進めます。しかし、現場の実践対応と、共同で事に立ち向かう意識が弱く、取り組みが形式化して、認証だけが目的となっている企業が多いのも中国的です。

体制構造問題が財政問題に波及する

 以前にこの欄で、格差の本質は体制構造にある、と述べました。

 中国は、共に貧しい社会を脱しつつあり、農村所得が低位のまま硬直化した社会でもなく、日本と違って、貧富の差それ自体が社会を大きく揺るがす問題ではありません。格差の不満は、政府が特権的に役人や保険、銀行などの国有企業の賃金を引き上げ、それに政治腐敗がからんでいるためで、その本質は体制構造問題です。それを端的に表すのが、政府接待費、公用車、海外出張費の「三公経費」問題です。2012年、平安保険では、長期勤続社員が一人平均85万元(約1050万円)の紅包(ホンパオ=ボーナス)を支給されています。

 この問題は、長年の政治体質に起因します。しかし、それは体制構造問題の一部であり、一番大きな問題は、権力構造を維持するために形成された巨大組織と、そこに生じるムダ、非効率です。それが今後、大きな財政負担となり、中国を揺るがす大問題ともなります。

 私は仕事でよく政府組織、それも末端の行政組織を訪問します。中国の行政組織は、省、市、県、鎮、大きな市では区、街道事務所(街道弁事処)、社区に分かれ、その下に「大綜管」という末端の役人も配置されています。

 また一方で、村民委員会などの住民自治組織が、政府を補佐するように置かれています。組織末端の社区には、安全生産事務所、交通安全事務所、老年人協会、工会聯合会、愛国衛生委員会、経済聨合社、計画生育事務所等々、10以上の組織があり、全国におよそ85000の社区組織があり、村民自治組織は70万近く存在します。

 社区の役場には、役人とともに住民もいますが、勤務時間中でも雑誌を見て時間を過ごす人が多いことに驚きます。労働局や税務局の企業監督調査でも、どうしてそんな人数が必要なの、と思いたくなるほどの人数で調査が行われ、そこにも非効率な政治体制がうかがえます。

 社会主義と共産党体制を維持するため、屋上屋に組織が配置され、しかもその連携にも問題があり、行政費が膨らむのが中国の統治組織です。

 2011年度の国家中央財政支出は56435億元ですが、行政費は中央だけで900億元、支出の約1.6%です。地方も含めると、行政費は財政支出の20%近くに達しています。

 2012年8月、国務院で314項目の審査批准項目の改廃が決まり、広東省で試行が始まろうとしていますが、不要な審査批准が多いのが、中国の政治組織です。例えば広東省では「省経済と信息化委員会」が百強(トップ100)民営企業評定、省技術創新(イノベーション)優勢企業認定、「省科技庁」が省級特色産業基地認定、省級大学科技園(サイエンスパーク)認定、「省対外貿易経済合作庁」が自主国際知名品牌(ブランド)認定、「省工商行政管理局」が広東省著名商標認定、「省旅遊局」は旅行社星級評定、「省広播電影電視局」が電影院(映画館)星級評定の審査批准を行ってきました。また多くの審査が国家級、省級、市級と分かれます。

 体制構造問題とは、一党支配の下で、これらのムダ、非効率な組織を改革し、かつそこから溢れた人々を吸収する場所が存在しうるのか、ということです。その取り組みが困難で、そこに行政問題が財政に波及し、経済衰退の要因になる可能性が見えます。

中国の財政支出に占める行政管理費
中国の県、市、他行政単位数
出典:2010中国社会統計年鑑
市区 街道事務所
1980 2137 223 511      
1985 2046 324 620 9140 82450 5402
1990 1903 467 651 12084 44397 5269
1995 1716 640 706 17532 29502 5596
2000 1674 663 787 20312 23199 5902
2005 1636 661 852 19522 15951 6152
2009 1636 654 855 19322 14848 6686

(この項つづく)


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