【12-009】「中国経済の問題を考える」(その3)
和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2012年10月 3日
製造業が衰退し世界の工場は終焉を迎える
日本の製品の精緻さは、“他を意識”した結果です。それを端的に表す言葉が、「次工程はお客様」です。他を意識することで、モノづくりと品質の向上が進みます。しかし、中国のモノづくりの対応は、生じる課題を権力で解決することに向かいがちです。携帯電話など中国の大手製造業の下請け業者への対応にそれが現れています。それを一言で言えば、「どこよりも品質が良く、価格は安く、今日言えば明日実行、いかに無理難題でも言い訳無用、できなければ取引中止」です。それを業者に確認させての取引開始です。
「どこよりも安く、良い品を」。これは当然です。しかし、その過程で相手の事情も考えるという姿勢は希薄で、有無を言わさず、一方通行の対応になりがちです。
その結果、下請け業者の対応は、法を無視した徹夜作業、工程の混乱は度外視で、とにかく対応する、不良発生を見越しての過剰生産となりがちです。中国は供給過剰社会と言われますが、その背景には、こんな生産実態も影響していると思われます。
多くの日系企業が巨大市場に参入すべく、中国メーカーに接近していますが、そこに待ち構える関門が、こんな風土の違いです。
中国の書店にも、トヨタ生産方式を紹介する本が並んでいます。しかし、中国企業はジャストインタイム(必要なものを、必要な時に、必要な量だけ生産する)の結果だけを都合よく解釈しているようにも見えます。
多くの製造業の現場では、2直、3直の24時間作業が続き、工程は乱れ、手待ち、作りすぎ、不良のムダが発生しています。それでも安い人件費が世界の工場をつくり上げました。しかし、多くの分野で製造業の利益率は低く、特に中小製造業に問題が多く、少しの材料費や人件費の上昇が倒産につながります。昨年話題になった温州中小企業の倒産の背景に、中国の中小製造業の脆弱さが見えます。
中学を卒業して職業学校に進む生徒からも、大量の大学受験希望者が出る時代です。2010年の中等職業学校在校生は2232万人、研究生、通信制を含む本専科大学生が3105万人です。将来、農民工として仕事をする人が大半を占める職業学校生が減り、大学生が増加を続けています。人件費上昇と採用難など、製造業を取り巻く環境はますます厳しくなり、旧来の中国的生産方式では存続が困難となる時代がきています。
大企業、中小企業が“共に育つ”という考えを持ち、効率化、品質と管理技術を高めれば、中国製造業も力をつけ、ブランド力も強まりますが、そうはなりません。その意味でも中国社会は、育てることが苦手な狩猟型社会といえます。
中国の職場の上下関係も権威主義的で、人を育てることにいろいろな支障があります。管理者は権威と理屈で問題解決を図ろうとしがちで、周囲の状況を考え、本質を見据えて対処する力が弱く、部下への接し方は、性悪説に立ちがちです。部下を育てるというよりは、「自分も苦労した。だから、君も苦労して当然」と考えて部下に接する人が大半です。
貧しい時代の“業”を背負い、自己主張が元々強い中国人ですから、職場ではちょっとした意見の違いから、激しい言葉の応酬、さらには男女を問わず殴り合いのケンカになることさえ珍しくありません。
個人的な事情で工場を辞めたいと思っている人が、新労働契約法に定められた退職時の経済補償を得ようと、会社が自分に対して退職を勧告するよう仕向ける目的で、サボタージュをしたり、問題を仕掛けたりということも起こります。
社会主義国なので、仕事を労働と対価だけでとらえやすく、仕事にその他の価値を見出す意識が低いことも、製造業の発展を阻害しています。仕事を通した喜びや生きがい、日本的な「端(はた)を楽に=はたらく」という思考は成り立ちにくく、製造現場の創意工夫も遅れます。後に述べるように、サービス産業の成長にも大きな影となり、産業構造転換に影響します。
中国は関係社会です。問題が起きても、原因を考えて対策を立てるよりは、時間をかけず、人間関係やお金で解決しようとする風土も、モノづくりが発展しない原因です。安全管理などに関する規制は、通常、企業の管理体制を充実させますが、規制や許可を金で買うことができる社会では、それも進みません。
中国本土資本のメイドインチャイナが壊れやすく、製品の精緻さに欠けるのは、社会に製造業が定着する風土が希薄だからです。中国の自動車販売は世界一になりましたが、ローカルブランド車の成長は頭打ちです。ある中国メーカーの新車を買った人が、上海から北京まで高速道を走った時、1300キロの行程で、数十回故障したといった噂が流れます。上海では、車のナンバープレート取得に5万元(約62万円)もの費用がかかり、低価格のローカルブランド車が打撃を受ける要因となっていますが、品質問題の方がより大きく影響しています。2011年の中国ローカルブランド乗用車の販売台数は611万台で、前年より2.56%減少しました。ローカルブランド車の市場占有率は42.23%となり、前年より3.37%下降しています。ローカルブランド車の低迷は、中国製造業の先行きを暗示しているかのようです。製造業の問題は、富裕者が増加し、こだわりを求める社会のニーズとのギャップが拡大していることを意味します。
中国企業の海外での企業買収、資本参加が増加し、2012年は英国への投資が急増しました。
国内のモノづくりの限界から、高速鉄道に象徴されるように、手っ取り早く海外から技術を買うという考え方が広がっています。お金では買えないモノづくりの風土が大切だ、ということに中国は気づくべきです。
それが出来ずに、こだわりを充たすモノが国内で求められなければ、その欲求は海外に向かいます。
2012年、中国の自動車販売は成長が鈍化しましたが、高級車の販売、輸入高級車は高い伸びを示しています。4月の乗用車輸入は86074台で、前年同月比22%の増加です。なかでもアウデイは86%、BMWは45%、レクサスは39%の増加です。8月までの累計でもアウデイの輸入は39.4%増加しました。
また、輸出が減る一方、輸入が伸び続ける要因がさらにあります。それは資源輸入です。
2000年の鉄鉱石の輸入は6997万トンでしたが、2005年に2.75億トンになり、2010年には6.2億トンにまで増加しました。中国のエネルギー生産の77%は石炭火力で賄われていますが、その石炭も2011年の埋蔵量は1145億トン、年間消費量は33.9億トンですから、使用可能年数は34年で、今後輸入量は急増していきます。
国内製造業の衰退とともに輸出が減少し、輸入が増え続けて中国が恒常的貿易赤字国になり、世界の工場が終焉を迎えることになりそうです。輸出主導から内需牽引型の経済モデル転換への声も高まっていますが、以前にこの欄でも述べたように、本当は、それほど消費の低い国ではありません。だから、輸出が減少すれば消費が経済を支えることにそれほど期待もできません。
中国は今、誤解と虚構の中を進んでいる
所得改革を急速に進め、科学技術立国を目指す中国。多くの都市が高新技術(ハイテク)産業都市を目指し、労働集約型産業からの脱皮を図ろうとしています。
私は中国が世界2位のGDP大国になり、足元が見えなくなっていると感じています。
もちろん、中国の科学技術水準が驚くべき進歩をしていることを否定するわけではありません。宇宙、海洋部門などで、着々と世界トップレベルの科学技術を持つ国に変わっています。
しかし、13億人の市場経済は、世界で誰も体験していない社会で、そのモデルがありません。
ハイレベルの高付加価値産業ばかりを集めた13億人の高度産業社会は、所詮幻想に過ぎません。日本の1億総中流社会でさえ、一時の夢でした。13億人が暮らすには、先端産業も労働集約の軽工業、中小企業も必要です。それがわかっていない、あるいはわかっていても、体制維持のために、高度産業社会を標榜する中国は、大きな誤解と虚構の中を進んでいるようです。
誤解の結果、若い農民工女性の採用難が続き、それにつられて、多くの産業の人件費が上昇しています。これは所得改革の意図的な政策が招いた結果です。2010年、中国の農民工総数は2億4200万人、うち農村を離れ、都市に流入した農民工は1億5300万人です。
台湾の富士康(Foxconn)は全土で70万人もの雇用を抱える企業だが、内陸移転政策によって、山西省でも政府補助の下に、新工場建設が発表され、3年計画で20万人の雇用が創出されます。
地方の借金問題に波及した地方政府による投資と事業、大学入学定員枠の大幅拡大による大学生、普通高校進学者の増加、その反動による職業学校生の減少、その結果としての農民工就業者の減少、沿海都市の最低賃金の大幅な引き上げなど、採用難や人件費の高騰は政策が招いた結果です。その結果、広東省の2011年の平均賃金は、広州が月4789元(約5万9000円)、深圳が4595元、東莞が4200元になりました。
年率20%に達する工場労働者の賃金上昇に耐えきれず、中国での生産をあきらめて撤退し、ミャンマーなどへのシフトを模索する企業も増えています。今年はその兆候が顕在化し、上期の外資実際投資額は591億米ドルで、前年比3%の下降となりました。
一方で、中国国内企業も採用難と人件費上昇への対応を活発化させています。私は以前に書いた「2020年までの中国戦略」の中で、早晩、中国企業が北朝鮮労働者を使う時代に入ると述べましたが、それが実際に始まっています。遼寧省丹東市、吉林省図們市では服装加工、食品加工、ソフトウェア開発で北朝鮮労働者が就労しています。
図們市の最低賃金は月830元(約1万200円)ですが、北朝鮮労働者は保険加入は無く、賃金は平均で月1200元(約1万4700円)です。図們朝鮮工業園区の労働者は、北朝鮮政府から派遣され、給料の60%は政府が受け取り、40%が労働者に支給されます。
私たちは、中国の人口が13億を超えているという厳然たる事実にもっと着目すべきです。
これを冷静に考えれば、人件費がこのまま高騰を続けることはありえないことが理解できます。13億人が一斉に高新技術国家を目指し、賃金が上がり続ける経済などは不可能ですから、進出企業は浮き足立たずに対応することが必要です。前にこの欄で、性急すぎる所得改革が、中国リスクの火種になると述べました。リスクが迫れば状況は一変します。
(この項つづく)
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