【12-010】「中国経済の問題を考える」(その4)
和中 清(㈱インフォーム 代表取締役) 2012年10月16日
中小企業の倒産が増え大量失業時代が来る
性急な発展の道を進む中国のリスクが、先ず現れるのが製造業、そして中小企業の衰退です。
2010年末には、全国工商行政管理機関に登記されている中小企業は1137万社あり、うち私営企業は846万社、内資集体企業(集団所有制企業)246万社、外資企業が45万社となっています。その他に小規模事業所の個体工商戸(個人事業主)が3453万戸、農民合作社が38万戸あります。
中国のGDPの60%、全国の税収の50%、地方政府の財政収入の80%が、中小企業によってもたらされています。中小企業の多くが私営企業ですが、それは中国経済の「継子」の感さえします。もともと中国は、中小企業振興が遅れた国です。少し前まで、重工業を主体とした国有・公有制経済によって運営されていた国であり、民営企業は存在せず、中小企業そのものが為政者の眼中になかった、とも思われます。基礎産業、公共事業、金融、国防工業などの領域における規制や許可制度は、国有企業の独占を守り、中小企業の市場参入を阻止するため、事実上の参入障壁となっている、と見えなくもありません。
政府部門では、管理業務を軽減し、楽をするために、必要ない大量の審査手続きが存在するようにも見えます。その結果、多くの産業領域で中小企業は市場参入の門戸を閉じられ、許可を得ずに違法操業する企業も後を絶ちません。
1998年以降、中国は国有企業の株式化や集団化、弱小国有企業の破産手続きを進め、電信、電力、石油など基幹産業の企業の巨大化が進みました。私営企業の増加と国有企業改革で、経済全体の国有企業の比重は低下しています。しかし、基幹産業における国有企業への資源の集中化が進んでいます。
2010年の工業国有企業は全国で20510社ありましたが、国務院発展研究中心の報告によると、電力、石油、石炭、石油、黒色金属(鉄、マンガン、クロム)、有色金属(黒色金属以外の金属)、化学品材料、運輸設備、通信設備、煙草(タバコ)産業で、国有企業は生産高の82.6%、純利益の81.4%、総資産の80.6%を占めています。サービス分野でも、収入では通信の95%、航空の80%を国有企業が占め、銀行は総資産の57%、純利益の62%、証券は総資産の86%、純利益の91%を国有企業が占めます。さらに、同中心の報告では、2010年度の中国トップ500企業のうち63.2%が国有企業、そのうち「国務院国有資産監督管理委員会」管理下の中央企業がトップ500企業の21.6%を占め、総資産の90.4%、純利益の81.9%が国有企業に集中しています。
中央国有企業の比重は年々高まり、2005年の営業収入は6億8000万元でしたが、2010年には16億80000万元、総資産は2005年の10億5000万元から2010年には24億3000万元まで増加しました。
電力では、10社の中央国有企業と40社ほどの地方国有企業が発電、送電、販売権を握っています。しかし、中小企業振興は進んでいません。
社会主義国の中国では、金融や税制、エネルギー、土地に絡む政策の恩恵が国有企業に偏るのは否めません。
税収の柱となっている増値税、消費税、営業税は、利益水準の低い中小企業も、政策の恩典を受ける大企業と同一条件での負担です。地方政府が財政収入を増やすため、罰金、検査費、認証費、教育費など、でたらめな名目で徴収する「乱収費」は、中小企業経営を圧迫しています。
近年、とみに問題になっているのが、中小企業の資金調達問題です。私募債発行市場の整備も始まりつつありますが、中小企業への投資環境やファンド、社債発行市場の整備が遅れ、資金調達コストは平均で大企業より6~8%高く、地域銀行、商工ローン保証会社、リース会社など中小金融サービス会社、さらにはヤミ金融に頼らざるを得ない中小企業への高利融資が社会問題化しています。銀行融資は、大企業と80%の中型企業をカバーしていますが、小企業の80%は融資の対象にならず、融資限度500万元(約6150円)以下の小企業融資は、全国の銀行融資の5%に届きません。
国有企業がその特権を使って、許認可数が限られる金融サービス会社を設立し、大きな収益源とする一方、中小企業は高利融資のほかに選択肢がない構図が出来上がっています。
また、金融サービス会社の多くが、大中都市、東部地域に集中し、中小企業の多い地方都市、それ以下の小規模都市までカバーできていないことも問題です。中小企業の倒産や高利の中小企業金融で常に話題となる浙江省温州市には1980年代、188の農村合作基金会、34の農村金融サービス社ができ、30万を超える農村家内工業を支え、90年代の株式合作制拡大の下に、中小企業の発展へと引き継がれていきました。しかし、中小企業金融の脆弱性は、今も変わりません。
中央政府の中小企業統括部署である工業信息化部(工信部)の中小企業担当官の数が24人しかいない、とも言われていますが、これも中国でいかに中小企業振興が遅れているか、を如実に示しています。
地方政府の中小企業管理部門も、経済貿易局、経済発展局、工業局などに分かれており、統一性、協調性もなくの印象です。政府の役人は、共産党の威光が及ぶ国有企業にしか目が向いていない、とも見えます。
一方で、中小企業自身にも問題があります。裏経済と密接に結びついた中小企業も多く、法律を守らないうえ、企業モラルも低く、下水溝油に見られるような問題が後を絶ちません。
安易に起業し、管理システムはでたらめ、経営がうまくいかなければ夜逃げして出直し、また別の事業を起こす。そんな自己本位で、安直に経営を考える狩猟型経済の風土も問題です。中国が必要とする体制構造改革は、政治体制のみならず、社会正義の実現と、徳を育てる社会風土の醸成が重要と私は考えています。それができない場合、製造業は衰退、輸出が減少し、もともと経営基盤の脆弱な中小企業の倒産に波及して大量失業時代が来るかもしれません。2020年にはGDPが米国を超えるであろう中国ですが、その一方で、その時期を境に急カーブを切り、衰退していく姿が読めます。
サービス経済が伸びず産業構造の転換に失敗する
他を意識することに欠ける社会は、製造分野だけでなく、サービス分野でも大きな問題を含みます。
中国は、サービス社会化、第三次産業の育成を国策で進めています。新農村建設を進め、農業人口を減らすには、受け皿となる産業育成、第二次、三次産業での雇用吸収が不可欠です。
そのため、観光業などサービス産業振興に力を注いでいます。第11次5カ年計画(2006~10年)の期間には、全国の観光業収入は年平均15%増加し、西湖がある浙江省杭州市の2010年の観光総収入はGDPの17.25%にまで達しました。上海でのディズニーランド誘致やクルーズ船観光にも力を入れ、第12次5カ年計画(2011~15年)では、上海、天津、厦門、三亜などのクルーズ埠頭、母校建設を進めています。
福岡市経済振興局が2008年から進めている上海、博多、釜山を回る中国発着のクルーズ観光は、年々就航回数が増え、2010年には66回に達し、中国金融機関による貸切クルーズも就航するまでに成長しています。よく考えれば、広い中国では、国内で集まるのも、博多に集まって会議をするのも大差はありません。
しかし、このままサービス産業が成長していくのかと言えば大きな疑問もあります。
もちろん、経済成長とともに、サービス消費も増加を続けています。深圳の披露宴など結婚に関連する支出は、平均8万~15万元(約98万~184万円)にもなっています。しかし、サービスの質が伴わなければ、いずれどこかで頭を打ちます。
90年代初頭、上海のデパートでは、客に品物を投げて渡す光景が見られました。さすがに、それは見られなくなりましたが、その本質はまだ変わっていません。社会主義社会では、人が人に奉仕するという、サービスの概念そのものが希薄だからです。
サービス業でも、そこで働く人は、仕事を労働と対価(報酬)の関係でとらえ、他の価値に目が向きません。サービス社会が成長するには、他人の喜びを、我がことととらえられる心、ホスピタリィティーの精神が大切です。その心が仕事の態度を変え、仕事のやりがいになり、さらにサービスの向上につながります。また、それを可能にするには、共同、協調、連携も必要です。気配りから生まれるちょっとした動作や言葉、手間が大切です。しかし、労働を対価としてだけでとらえる社会では、ちょっとした手間が生まれません。
私は、この二十数年、中国のいろいろな場面で、サービスの変化を見続けてきました。20年前と比べれば、デパートやサービス業の接客態度も向上しました。飛行機の客席に、接客の五原則を掲示している航空会社もあります。しかし、ある一定のレベルにまでくると、どこかで頭打ちになります。今は、海外からも専門会社が参入してサービス担当者の教育をしており、商店の接客訓練、発声練習もめずらしい光景ではありません。しかし、今一歩進まないのは、お金という誘因がなければ、サービス改善につながらない社会風土があるからです。そのため、サービス産業においても、豊かになった人々のニーズとのミスマッチが生まれ、それは第二次産業より、第三次産業でさらに鮮明になると思います。
私は、中国人が成熟社会の価値を買う時代に入る、と述べてきました。また、中国社会が物そのものに飢え、それを求める人々と、こだわりや他人との違いを求める人々に分化すると考えています。それぞれの極に、大きな購買層が存在します。サービスの価値を求める人々のニーズに応えるには、第三次産業の成長が欠かせません。しかし、上記のような理由から、中国の第三次産業の成長の限界が読み取れます。そのことに気付き、本気でその極を取り込もうとするなら、日本にもビッグチャンスが訪れますが、日本国内には、「中国」というだけで足を引っ張る人も多く、なかなか本気の対応にならないことが、日本の大きな問題です。
心遣いや気配り、細やかさ、そこから生まれるサービスは、日本のお家芸です。モノづくり、サービスでのこだわりは、その対極にある中国人から見れば、うらやましいほどの風土です。
(この項つづく)
[キーワード : 国有企業への資源の集中化 中小企業振興 サービスの価値 ミスマッチ 第三次産業 成長の限界]