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【13-005】中国の大学生の就職難は経済問題ではなく社会の問題(その1)

2013年 8月 8日

和中 清

和中 清: ㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)

中国の大学生の就職難は社会不安に繋がるものではない

 中国の大学生の卒業シーズンが終わった。

 大学を卒業しても就職しない、できない中国の大学生、「啃老族(こうろうぞく、ニート)」「蟻族(生活困窮者)」が日本でも話題になっている。

 7月8の日本経済新聞のWeb記事では次のように述べられている。

  • 中国大学生の就職内定率が大幅に低下している。今年6~7月に卒業を控えた大学生の今春時点での内定率は35%と前年から12ポイント下がった。この10年間で大学などへの進学者数は3.3倍に膨らんだが、学生が希望する職種は少ない。雇用のミスマッチに加え、年明けからの景気減速で雇用環境が一気に冷え込んだ
  • このまま内定率が上がらなければ、就職できない大学生らが共産党体制に不満を持ち、社会不安が急速に高まる恐れもある。
  • 筆者は中国の大学生の就職問題は経済の問題ではなく、社会不安に繋がる問題でもないと考えている。同時に中国の問題をすぐに社会不安や体制への不満に結びつける報道にもいささか問題があるとも思う。
  • 筆者は中国の大学生の低い内定率や卒業後の高い失業率は、教育と社会の問題としてとらえなければならないと思う。今回は、大学生の就職の背後に潜む社会問題を考える。

卒業時の就職内定率は40%程度?

 中国の大学の卒業時期は6月、7月である。大学生を定期採用する企業は卒業前年の秋頃に学生の面接を行う。またインターネットでの募集、大都市では大学生の募集会がある。大学生の定期採用は大企業が大半で、大学に企業専門クラスを設ける大手もある。

 卒業までに就職先が決まる学生は、大学生全体の半分以下、40%程度だろう。もちろん大学や学部で内定率は異なり、地質工学、船舶、海洋、石油など理工系の内定率は高い。

 筆者の身近にいる卒業生に今年のクラスの就職状況を聞いた。6月21日の卒業式の日、クラスの総員53人のうち、就職が決まっていた学生は21人で、39.6%である。概ね中国の大学生の卒業時の内定率と同程度である。

 残りの60%の学生が何故卒業時に就職が決まらないのか、そこに社会問題が潜む。

半年後の就職率で捉えなければ大学生の就職実態はわからない

 中国の大学生の就職問題を考える時、日本の大学生との意識の違いを考えねばならない。

 日本の大学生は4回生の夏が過ぎても就職が決まらなければ悲壮感が漂うが、昔と違い今の中国の大学生はそうでもない。自分に合う会社、自分の望む仕事、いい仕事が見つかるのを、しばらくは悠然と待つ人も多い。公務員試験の受験待ち、海外留学の準備、友人と共にベンチャ-企業の創業準備という学生も結構いる。

 このため卒業時には、多くの学生が自らの意思で、あるいは意思もなく、流されるままに就職先を決めていない。

 彼らの目指す時期は、概ね卒業後半年だ。中には1年ほどの学生もいる。ゆえに卒業時には個人差はあるものの、大半の学生に焦りはない。それが見えてくるのは半年後で、半年後でなければ中国の大学生の就職の実態は掴めない。このため卒業時の内定率だけで問題を指摘すれば誤る。

 毎年、中国の大学生の就職調査レポートを出している麦可思(Mycos)の卒業半年後の就職状況調査では、大学本科卒業生の就職率は2009年は77.8%、2010年は82.6%、そして2011年は79.8%であった。他に留学や大学院への進学、自主創業者もいるので、行き先が決まっている卒業者の率はさらに高くなる。グラフ1およびグラフ2は2009年~2011年の専科を含む大学卒業生の半年後の行先、状況の調査データである。

 日本経済新聞の記事には半年後の就職率も出ているが、卒業時の内定率が強調されている。他の日本での報道には、卒業時の低い内定率だけを示して不安を煽る記述もある。もし半年後の就業率を知りながらそうであるなら報道姿勢の問題がある。

図1

グラフ1 2009~2011年大学卒業生半年後の行き先分

2012年中国大学生就業報告
麦可思「中国2009~2011届大学卒業生社会需求与培養質量調査」より作成

図2

グラフ2 2009~2011年各経済区域本科卒業生半年後の就業率動向

2012年中国大学生就業報告
麦可思「中国2009~2011届大学卒業生社会需求与培養質量調査」より作成

中国の大学生は区切りの意識が異なり、社会環境も就職を遅らせる

 日本と中国の大学生では人生の区切りの考え方が少し違うと思う。

 古い考え方だが、日本では蛍の光の歌が区切りの心情を表すが、中国の大学生は卒業後も学生と社会人の境がぼやけた時間を過ごし、時間をかけて区切りを考えるように見える。中国の学校では企業実習制度があり、大学生も4年生の半ばを過ぎると実習に入る学生も多く、そのまま就職するケースも多い。そんな制度も節目の希薄さと無縁ではない。

 区切りの希薄さ、それは中国の教育と社会環境を考えれば当然の結果でもある。先ず、社会が豊かになったということだ。工場の農民工ですら、職場で問題があれば親に電話をかけ、親から「嫌なら故郷に戻りなさい」との言葉が出る時代である。

 大学生には豊かな家庭も多い。焦らず自分に合う仕事を探せばと、親が子供を引き止める。また中国でも子供の自立より、いかに長く子供といる時間を持つかを考える親も増えた。6人の大人(両親と祖父母)の期待や思いが集中する一人っ子ならなおさらである。

 それゆえに就職から逃避する学生も増える。留学や大学院への進学も厳しい競争社会から逃れる手段ともなる。一方で親や親戚からいい仕事を紹介してもらうのを待つ人も増えた。

大学を卒業すればデスクに座り、他人に指示する人の誤解がある

 そのような学生を教える大学や先生にも問題がある。経済の急成長で、多くの人が体験のない市場経済社会の中を進む。社会の変化について行けていない先生も多い。市場社会の体験の乏しい先生が学生を教え、学生には自分に合う仕事を見つけなさいと理想のみを説く。理想や夢も大切だが、学生が人生に立ち向かうためにも、社会の現実を直視させ、心構えを教えることも必要である。

 加えて中国の学校教育は、世界に追いつき、追い越す人材を拙速に育てているためか、知識偏重で人間教育が不足している。知識を生かすにも社会の経験が必要ということを理解しない学生も多い。体験を積み、自分に合う道を見出すのも一つの生き方とも思うが、大学を卒業すればデスクに座り、他人に指示する人という考えを持つ学生が多く、多くの学生が知識と理論だけで人生を歩めると誤解している。

 さらに経済の成長で苦労や忍耐を避ける意識も強くなった。休暇が多く、賃金が高く、毎日早く家に帰れる仕事を望み、軽い人生を送りたいと考える学生が増えた。また私立大学が増え、授業料も高額になり、なおさら月3千元(4.5万円)の給料では割に合わないと考える大学生も多い。

 多くの学生が公務員と世界500企業、大都会での就職を望み、上海でも市中心から2時間離れれば応募状況は一変する。恋人が他の街に移れば離職届を出す若者も増えた。

 2011年の卒業半年後の就業調査では、大学本科卒業生の70%が長江デルタ、珠江デルタ、渤海湾経済圏の3地域で就職している。

 就職が決まらなければ、対象の間口を広げ、サービス業にも目を向けるべきであるが、そこで働くことは彼らの面子が許さず、恥ずかしいとすら感じてしまう。サービス業で大学生を採用するなら、名札に大きく幹部候補生の文字を入れねばない。

 それゆえ中国の大学生は自分で就職の間口を狭めている。社会への心の準備がなかった学生が社会の厳しさに気づき、少しそれと向き合うようになるのは卒業半年後でもある。(その2へつづく)