和中清の日中論壇
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【14-004】「失望」に潜む米国のメッセージと日本の「積み木崩し」

2014年 2月 3日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

「失望」には日本と中国へのメッセージがある

 前回、日中関係に進展が無いのは、政治の幼さで、野球なら直球しか投げられないと述べた。直球は、信念に真っ直ぐとも言えるが、周囲の状況を見ず、我を通すことでもある。

 周囲の状況の一つは国際社会の反応、中でも米国の反応だ。首相の靖国参拝に米国が「失望」を表明した。「失望」には単なる政府見解以上の意味がある。言葉の後ろに米国の日本と中国へのメッセージが潜む。

 日本へのメッセージには二つある。一つは、首相の歴史観に対するものだ。侵略や東京裁判を認めず、先の大戦を「やむにやまれぬ戦争」とする歴史観は許さないとの米国のメッセージである。もう一つは、「米中は大人の関係」とのメッセージである。時代は変わったとのメッセージでもある。首相はそれを読めていない。取り巻くブレーンが右寄りばかりで、米中関係の変化が読めないからでもある。

 日本と米国には「日米同盟」がある。しかし「米中の絆」は強固だ。水面下の経済同盟である。米中は強い経済の絆で結ばれ、既に大人の関係が築かれている。

 表で時に緊張もつくり、水面下で手を結ぶ。だから大人の関係だ。「失望」のメッセージは、「日米同盟」より「米中の絆」が大切と示唆しているようだ。実は婚外で、心惹かれる恋人がいるとのメッセージとも読める。歴史に逆らい、侵略を認めず、米国の面子を潰す正妻より恋人が大切との示唆でもある。日本は、戦後体制ばかりに目が向き、先の大戦で米中が共に日本と戦った国ということを忘れているようだ。

 さらに「失望」には、米国から中国への二つのメッセージもある。一つは中国政府に向けている。「米中は大人の関係」を中国にも伝えている。前回の日中論壇 で、中国は自制して国際社会に訴える戦略に出ると述べたが、どうやらその方向に進んでいる。自制の方が、過激な行動より日本にダメージは大きい。首相の靖国参拝の後、米国は中国に「大人の関係の大切さ」を伝え、大人の行動への期待を伝えたのかも知れない。そうなれば日本は知らぬが仏の蚊帳の外である。もう一つは、米国から中国人へのメッセージだ。これは中国人から大きな反響があった。「失望」の表明は、反日デモの過激な行動をとらなくても、米国が日本を非難し、憎き首相をやっつけてくれるという期待を中国人にもたらした。それがどんな意味を持つのかというのが、今回の日中論壇のテーマである。

大人の絆が強くなっている米中関係

 先ず、米中の大人の絆を、経済と社会のデータで考える。2012年の中国の対米輸出入額は、中国の輸出入額の12.5%を占める。日本とのそれは8.5%である。

 2013年末の外貨準備は3.82兆ドル、1年で5097億ドル増加し、史上最高となった。同時に米国債保有も増加し、中国は世界一の米国債保有国である。

 2013年の米国の中国人留学生は235597人で、全留学生819664人中の28.7%、印度の96754人、韓国の70627人を大きく離してトップだ。米国留学生には豊かな家庭の子女が多い。留学生が増えれば米国への投資も増え、住宅投資も増加する。シリコンバレーの7000社で華人経営、華人CEOの企業は約30%、エンジニアの20%が華人とも言われる。

 数値上では、米国の対外投資に占める中国投資の比重は高くない。しかし香港やケイマン諸島などのタックスヘイブン経由の投資も多い。一方、米国の中国投資には数値では解らない絆もある。空軍のジェット機を生産する中央企業に中航工業集団(中国航空工業集団)がある。子会社数は200を超え、上場子会社も23社の巨大国有集団だ。

 傘下の西安飛機はボーイング社に航空機部品を輸出している。また中航工業動科はジェットエンジンを開発生産しているが、米GE社との合弁事業もあり、合弁会社にエンジンの技術者が出向している。水面下の軍需面での技術協力も垣間見える。

図1
図2

「軍民融合」が進めば、米国は中国経済の中枢を狙う

 昨年の第十八届三中全会で国有企業改革が重要課題に掲げられた。活力と創造力を高め、混合所有制経済の一層の推進が指示された。2008年の十七届では5回であった「市場決定性作用」の言葉も十八届では22回使われたが、この数字は改革開放に拍車がかかった1993年の十四届の22回、WTO加盟後の2003年の十六届の23回に匹敵する。

 混合所有経済が進展すれば中央、地方国有企業の株式放出、外資合弁もさらに進む。国有経済の比重が高い重慶では、既に混合経済の深化が話題である。重慶市の国有企業総資産は1.8兆元であり、国有企業集団数は40にのぼる。今後、その改革が進む見込みである。

 混合所有経済は一般産業だけが対象ではない。航天(宇宙)、航空、船舶、兵器、核、軍用電子の軍産業でも、財政負担軽減のため「軍民融合」が進む。現在、軍産業全体の資本証券化率は25%ほどである。今後、株式上場を果たす軍需企業も増えて、米国は米企業が中国経済の中枢に入り込むことも狙うだろう。中国は大量の航空輸送時代に突入する。そのため、ARJ21(リージョナルジェット機)やC919(中型ジェット機)の製造や開発も進めている。今後調達する航空機数も桁外れである。

 民用空域も拡がり、自家用機需要も拡大する。米企業の前には大きな中国市場が拡がる。

 一方、中国は世界で高鉄(高速鉄道)外交を展開し、米国でもそれを狙う。いろんな分野で米中の絆固めが進む。

「失望」は、米企業支援のメッセージでもある

 このような米中関係の中の「失望」のメッセージだと言うことを読み取らなければならない。

 「失望」(disappointed)は日本を牽制し、中国人は米国の良き朋友とのメッセージであり、米企業支援のメッセージでもある。もし首相の態度が変わらなければ、disappointedの前にveryという言葉が加わり、同時に米中のさらに強い絆の表明となるだろう。

 前に日中論壇で、中国との関係で日本は米国の鉄砲玉だと述べた。緊張の矢面に立つのは日本だ。米国は緊張への加担も装いながら、大人の関係を強める。しかし緊張と大人の関係の微妙なバランスも意識する。緊張が過度になれば、心地よい大人の関係にもひびが入り、負担も増して国益を損なう。「失望」はその国益を犯すなとのメッセージでもある。

 今の日本の政治は、日中を大人の関係にするバランス感覚に欠ける。政治そのものが大人になりきれていないことと、中国情報の問題もあり、関係が良い方向に向かえば引き戻す作用が生じる。一方、日中で問題があれば、米国が漁夫の利を得る。以下に述べる自動車販売がその一例である。

 信念と我は紙一重でもある。バタフライ効果のように中国に向けた波紋がどんな影響を及ぼすかを為政者たる者は認識して行動すべきだと思う。

「積み木崩し」と存在感の薄い経済団体

 下図は中国の乗用車販売の国別占有率である。2005年の反日デモで、一時低迷したが、日本企業は2007年、2008年とシェアを高めた。しかしリーマンショックで市場の読みを誤り、急速に占有率を落した。2009年、何故日本のみが大きく占有率を下げたのか。

 そこに、素直に中国市場を捉えられない日本企業の問題も潜む。市場の認識力もあるが、政治と中国情報の影響も大きい。期待を持ちながらも、政治や問題情報に引きずられ、中国を斜めにも見る日本企業の特徴が現れたのが2009年である。

 そこに漁船衝突と2012年の尖閣デモが起きた。

 2013年1~8月の日系メーカーの乗用車販売台数は、独、米、韓、仏の前年比、19.6%、14.0%、18.5%、19.0%増に対して、11.1%の減少となった。8月単月の販売数はトヨタが前年比4.2%減、日産が1%増、本田が2.5%減、マツダが22.6%減だった。因みに米GMは8月、11.2%増である。だが、9月に希望が見えた。9月はトヨタが7.21万台、前年比63.5%増、日産が11.71万台、83.4%増、本田が7.4万台、118.1%増だった。

 しかしそこに起きたのが靖国参拝である。陽射しが見えて頭を上げたところをガツンと叩かれたようなものだ。占有率のグラフに日本企業の行き場の無い憤りが見える。

図3
図4

 今のところは、中国で反日デモの動きは無い。だが中国のテレビは、今も首相の参拝の光景を放映している。既に、日本企業では生産台数の下方修正を始めたところもある。

 まるで「積み木崩し」である。中国での市場開拓は国情が違うため、大変な努力を必要とするが、その努力を積んでは崩されることが繰り返される。しかも政府トップが埒もない自己満足の参拝で崩す。

 どこかから参拝への強い圧力があったとしても、詐害行為と同じだ。

 米政府は「失望」で米企業を支援した。しかし日本は首相が日本ブランドの足を引っ張り、中国市場に掛けた梯子を蹴る。企業の頭を叩きながら、何が成長戦略なのか。それに対して日本の財界団体は、大きな抗議の声を上げようともしない。

 日中関係は、政治の愚かさと、嘘の情報の中で揺れ動いている。これでは「戦略的互恵」も口先だけ、良い関係に向かうわけはないというのが筆者の偽らざる心境でもある。

 自動車を初め、中国に関係ある企業はもっと抗議の声を上げるべきと思う。「いつまで積み木崩しを続けるのか。馬鹿にするな」との声を。