【14-006】中国の格差と日本の格差、どちらが問題か(その2)
2014年 3月27日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
(その1よりつづき)
都市の格差は運、不運でも拡がる
一般市民にもこんな違いがある。筆者のよく知る工業団地は、団地経営会社が春節前に忘年会を行う。
今年も家族を含めて600人を招待した。一晩の忘年会費用は300万元(約5000万円)である。中国では結婚式の食事費用でも10人卓で3000元ほどだ。仮にその倍を使っても36万元である。差額の264万元は抽選の紅包(臨時奨金)で使われた。
数十の紅包袋に数万元ずつ入れ、抽選で多数の社員に配った。さらに会社の代表も個人で20万元出し、1人2万元(約34万円)で10人の追加抽選をした。抽選を当てた女子社員は、年収に近い紅包をもらい手が震えていたそうだ。やはり筆者の知る別の団地の優秀社員賞与は住宅である。山東省の煙台市にJEREIIという会社がある。今年の特別賞与は自動車で、総額500万元の自動車を優秀社員に配った。最優秀者は1台50万元の高級車だ。2万元の紅包をもらった女子社員は、たまたまそこに会社があり勤めたに過ぎず、偶然に勤めた会社での運、不運でも格差が拡がる。
都市と農村の格差縮小に日本も25年かかった
中国の格差の根拠とされる一つが、都市と農村の所得差である。
1978年の、農村所得の都市所得に対する比率は38.9%で、1985年に53.9%へ縮小した。しかし経済成長で2009年に30%へ再び拡大した。その30%をとらえて、多くのメデイアが格差は開く一方と批判する。
日本の1935年の非農家と農家の所得割合は1:0.37だ。1960年に1:0.8、1972年には農家が都市勤労所得を上回ったが、2009年には農家所得の都市に対する比率は82%になった。さらに農家の地域格差が拡大している。農水省統計の2009年の農家可処分所得の大阪府と愛媛県の割合は1対0.26である。
これまで日本で格差が低かった要因は、年金と米価保障などの農業保護と兼業の農外所得である。
農家所得の増加には時間が必要だ。内陸開発で兼業収入を増やし、農地改革で生産性を高めねばならない。日本も37%から80%に縮小するために25年かかり、しかもそれは強力な農業保護政策の結果である。中国が日本の1960年の80%に格差を縮小するには、年5.6兆元の社会保障財源が必要だ。もし強引に実施すれば、経済は急降下して農業生産性も低いままだ。
中国の格差分析での間違い
一部の中国の格差の分析には多くの誤りがある。一は、中国は都市農民を都市住民に組み込んでいる。先に述べた深圳の村民も、2005年に全員が非農戸籍になった。そのため都市化率は上昇する。都市農民には一般市民より所得が高い人も多い。残った農民と都市住民を比較すれば、当然格差は拡大する。
二は、30%の比率だけを取り上げ、農村所得の成長を語らないことだ。経済成長は格差を大きくする一方、農村所得も高める。だが、何故か農村所得の都市所得に対する比率の30%という数字だけが話題になる。
三は、比較分析される所得は、住民一人の平均所得だ。都市と農村の所得を人口で割り、一人平均所得が計算される。都市と農村では家族数も違い、農村のほうが多い。一人っ子政策が農村では緩やかだからだ。筆者が農村青年1000人に兄弟の数を聞いた結果では、最高7人、平均3人であった。2012年の中国統計の平均家族数は、都市が2.86人、農村が3.88人である。このため、世帯所得が同じでも平均では農村は低くなる。
日本でも同じだ。平成22年の総務省統計では、全国の平均家族数は2.42人、東京都は2.03人、山形県は2.94人である。農村には自家消費もあり、物価や住居費の違いを考えれば、一人平均の数字だけで、大きな格差と決めつけるわけにもいかない。中国の都市家庭統計には住居費用の支払いがどこまで入っているかも怪しく、なおさら家族一人の平均所得比較だけで格差を語るわけにもいかない。
四は、よくある誤解だ。多くの格差分析もこの点を間違う。中国には約2.5億の農民工がいる。そのうち約1.6億が外出農民工であり、これは大都市や地方の街で就業している農民工だ。彼らの所得は、統計では都市所得に入る。
農民工は農業戸籍であるが、都市で居住証を取得して都市で納税し、社会保険も支払う都市住民でもある。長期に農村家庭を離れているので、農村での所得調査も彼らをその対象から除外している。53%の都市化率も、彼らを都市住民としての比率だ。農民工の名前でその所得を農村所得と思い込んでいる分析が多い。
都市と農村の実際の格差は統計より少ない
中国の所得・支出統計には問題も多い。都市と農村で調査の統一性がなく、統計がどこまで実体を反映しているのか、信頼性が不十分である面もある。1.6億人の外出農民工の所得がどこまで統計に入っているのかさえも怪しい。
さらに農民工が、都市住民と農村住民のどちらなのかも難しい問題だ。出稼ぎのようでもあるが、都市で所帯を持つ農民工も多い。一方、多くの農民工が故郷の父母に送金して都市所得が農村に移転している。年に1兆元を下らないが、農村家庭の移転所得にも殆ど反映されていない。
農民工の所得が都市所得か農村所得か、どちらでとらえるかで格差も変わる。農村に算入すれば、農村の一人平均計算の分母の人口が増えるが、分子の所得も増える。農民工には単身者が多く、また農民工賃金は統計の農村住民一人平均収入よりかなり高いので、農村の収入はかなり増加する。
仮に1.6億人の3分の1を農家収入とするなら、一人の月収を2500元としても、農村と都市の30%の格差は43%に縮まる。半分なら50%になる。
2012年の総務省統計での日本の勤労所帯平均可処分所得は4606千円、農水省による「農家経済調査報告」の農家平均可処分所得は4064千円、農村の都市に対する比率は88%なので中国の格差は大きい。
だが日本は、農外所得の農家可処分所得に対する比率が38.2%、年金等収入の比率が45.6%だ。中国にも税の免除と作付け奨励があるが、それは日本の比でない。
また日本は、農外所得が減少し格差が拡大しているが、中国は内陸開発により縮小へ向かっている。
中国の内陸も物価が上昇し、サービスや服飾、飲食で沿海部より高いと嘆く人が増えている。農家の兼業収入や自営収入も多くなり、農繁期だけ農地に戻る農民も増えている。
都市化が進めば、都市と周辺農村の格差は縮小する。広東省の2013年の都市住民平均可処分所得は33090元、農村住民平均純収入は11669元、都市と農村の比率は1対0.35で全国平均より格差が少ない。
一方日本は1997年以降、農家の地域格差が拡大した。「農家経済調査報告」では、2009年の農家可処分所得は大阪府が9853千円、愛媛県は2558千円で大阪府の26%である。中国は、同年の農村家庭一人平均純収入が最も低い甘粛省で、上海市農家の23.9%である。
(その3へつづく)