【14-008】中国の格差と日本の格差、どちらが問題か(その4)
2014年 4月 2日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
(その3よりつづき)
市民の裏所得を含むと、都市住民の格差は統計より縮小する
中国統計の都市住民所得は実態より過小である。都市の裏経済、裏所得が半端な額ではないからだ。
中国では普通の市民の身近に税金を逃れた裏所得がある。都市家庭の所得調査でも表には出ない。
中国人の消費実態を考えれば、統計外所得がなければ説明がつかない。筆者の日常体験でも、それが半端な額でないことがわかる。海外旅行、そこでの消費、自動車市場の拡大、飲食消費、不動産や株、理財投資、それらの消費の背後に裏所得がある。
年間1億人近くになった海外旅行も、数年前の調査では、旅行者平均像は3人家族、年齢は18歳~49歳、企業の一般職と管理職、月収は3000元~5000元である。海外クルージング旅行も2012年は285回で66万人になった。そんな人々が日本で数十万円の買い物をして香港のブランドショップに列を成す。
先に述べた深圳で農民工アパートを経営する村民は、2005年から都市住民だ。所得統計調査で調査隊が訪れても、家賃の正式発票(国の領収書)の発行もなく、自ら毎月1万元の所得がありますと言うはずもない。今年2月、広東省東莞、黒竜江省哈爾浜、山東省煙台などで違法クラブやマッサージ店が摘発された。これらの店を中国では黄色産業と呼ぶ。昨年の東莞のGDPは5500億元だが、適法も含む黄色産業規模はGDPの10%を超えると言われる。夜の世界で働く女性は25万人、うち違法クラブで働く女性は10万人で「紅粉軍団」と呼ばれる。その多くは農村出身だが、当然その所得は都市統計にも農村統計にもない。
裏所得は上場企業幹部にもあるが、人数と総額では一般市民の比でない。市民の裏所得を考えれば、上場企業や銀行幹部と一般市民との所得格差も統計の数値より縮小する。
従って、分配の不平等を示すジニ係数にも疑問がわく。2013年に中国国家統計局はジニ係数を0.473(1に近いほど格差が大きい)と発表した。0.473は実体より低く、格差はもっと大きいと指摘する声も多い。中国でも西南財経大学が独自調査で、2010年のジニ係数を0.61と発表している。しかし実体より低いとの指摘は、富裕層の灰色収入にとらわれすぎている。
もちろん富裕層の灰色収入も大きい。しかし絶対的に裏所得が大きいのは私営企業や個体戸事業主、およびその幹部で、多くが都市中間層だ。また一般市民にもアルバイトや手数料の裏収入がある。東莞の紅粉軍団の収入も100%が裏所得だ。抽選の紅包も同じだ。さらに裏所得は、今や都市だけの話でない。
農村での自営の農外所得も大きいが、どこまでが表に現れているかも疑問だ。そのような所得も考慮してジニ係数を算出すれば、大方の指摘とは逆に、現実の格差は縮小するだろう。
次に都市住民の地域格差はどうか。内陸や地方都市の賃金が急速に上昇している。台湾の富士康は数年前に一部を深圳から山東省煙台に移転した。煙台の一般工賃金は既に2500元を超え、残業を含むと3000元以上で深圳と変わらない。地元の若者は敬遠し、移転したが採用難に直面している。
ちなみに2012年の都市就業者平均賃金の最も低い広西壮族自治区は、最も高い北京市の43%である。
2012年の厚生労働省統計の都道府県別平均給与は、最も低い沖縄県が東京都の58%、内閣府県民経済計算の2010年1人当り県民所得は、沖縄県が東京都の47%であるので、中国が際立っているとは言えない。
中国の格差は縮小し、日本は拡大して日中が逆転する
中国の問題を批判している間に、実は日本にも同じ問題が存在することも多い。中国で毒餃子事件があった時、同じことが日本で起きても防げないと著書で論じたが、やはり日本でも起きた。
格差も同じだ。中国の格差を批判している間に、実は日本の格差が深刻になってきている。
中国の格差は、拡大することで縮小する。中国の成長過程では、創業と資産投資が民間所得を高めた。
事業とは無縁に思える役人でも恩恵を受けた人は多い。中国は改革開放後、「停薪留職」を進め、職を留めて役人の個人事業を奨励した。財政不足を補う苦肉の策だが、一方で権力と事業が合体し腐敗も増えた。金が権力に結びつき(銭権交易)、権力の利用で富裕者になった企業家も多い。腐敗に染まる役人もいればそうでない役人もいるが、彼らは富裕者の成金過程も具に知る。自ら富裕者を育てたが、自身は恩恵も少なく忸怩たる思いの役人も多い。役人と国有企業幹部には共産党員が多い。企業家との格差が大きくなれば党内不満が高まる。不満を抑えるために公務員の賃金が上がる。賃金を上げれば市民の反発、不満が高まる。党の維持には社会主義も無視できず最低賃金が大幅に上がる。体制安定で役人の賃金を上げた結果、もう一つの体制安定の必要に迫られ、賃金の玉突きが始まる。
実は裏所得によって、真の格差は統計より少ないのである。しかしそれを政府が認めるわけにもいかず、賃金の玉突きに入らざるを得ない。社会主義市場経済の落とし穴のようでもあり、中国の悩ましいジレンマの始まりでもある。
最低賃金が上がれば、管理者賃金も「ところてん式」で上昇する。筆者も進出企業の賃金管理に携わるが、毎年中国の工場では、一般工賃金を先ず改定する。一般工には多額の残業代があり、中間管理者の賃金も大幅に上げなければ一般工との間で賃金の逆転が起きる。中間層の賃金が上がれば上級管理者も上げざるを得なくなり、結果として都市所得が最低賃金に押し出されて上がる。
中国は所得分配改革で高コスト社会への階段を昇っている。一党で13億の国民を率いる国の、体制安定の戦いが、最低賃金の毎年の引き上げでもある。自分で首を絞めるようにも思えるが、その結果中国は当面、格差縮小に向かう。当面とは、2020年を過ぎれば中国は超高齢化社会に向かう。そこにコストと生産性の問題が重なり輸出が低下する。投資から消費主導の経済に転換を狙うが、既に裏経済で真の消費は表の統計より多く、大きな期待も難しい。だから輸出が減れば成長が止まり、成長が止まれば格差は拡大する。現政権が腐敗役人の処罰を強く進めるのも、賃金の玉突きを緩和して世界の工場を維持するためでもあろう。地方に移転した工場ですら、採用と賃金問題に直面して問題は深刻である。
一方、日本はその逆である。日本の所得統計では格差拡大が顕著だ。1970年代は20%の家計貯蓄率が2011年に2.3%まで低下して、家計金融資産が顕著に減少している。2011年の金融広報中央委員会の「家計金融行動世論調査」では、2人以上世帯で貯蓄が無いと答えた世帯は28.6%、1990年代の10%から大きく増えた。それに加えてアベノミクスだ。
その実体は資産バブル狙いである。異次元の金融緩和でバブル心理に火をつけたが、持続的成長に繋がる第三の矢が見えない。見えないのでなく、あれば経済の定石で先に出るのでもともと無い。
だから、異次元の金融緩和は大戦時の大艦巨砲で、いちかばちかのバブル勝負のように見える。
バブル経済はお金にお金が集まり、富が富に吸い寄せられる。さらにオリンピックで東京集中が加速する。既に円安で日本の富の流出が続き、日本の安売りを進めながら、一方でバブルに縁のない企業の賃金が上がるはずもない。年金生活者も増えて、貯蓄を潰し生計を維持する家庭が増える。中間層の金融資産は減少し、生活保護受給者の増加が続く。国の借金の大きな壁もあり、社会保障を拡大できず、格差を政府も国民も受け入れて進む他ない。都市と農村、都市住民、東京と地方、どれをとっても大変な格差が日本の目の前に待ち構えている。
(おわり)