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【14-010】中国市場における日本企業の課題(その2)

2014年 5月21日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

中国市場への対応には、技術や品質以上に市場を知る努力が大切

 90年代に13億人の市場は幻想と述べた人も、もはや巨大市場を否定できない。中国は投資牽引経済と言われるが、裏経済の消費を考えればそうとも言えない。統計でもGDP成長率より社会消費品小売額の成長率が大きい。2014年1~3月のGDP成長率は7.4%だが、同期の社会消費品小売総額の名目増加率は12.0%、都市住民一人平均可処分所得の名目増加率は9.8%、農村住民一人平均現金収入の名目増加率は12.3%だ。

 だが、その市場はとらえどころがなく、巨大市場を前に戸惑う日本企業も多い。紙オムツや「天価白酒」の話題の一方で、日本の価格を市場が受け入れず、価格競争に敗れて撤退する日本企業も多い。どちらが本当の中国市場なのか、企業の困惑も肯ける。

 だが、どちらも中国市場だ。一方で「天価世界」があり、一方で「品質より価格の世界」がある。地理的にも広大で人口も多く、それだけ多様ということだ。

 中国の自動車販売は世界一だが、2011年の日本自動車工業会の資料では千人当たりの四輪車保有台数は米国が799台、日本が591台、中国は69台に過ぎない。日本のように狭い国土に線で繋がる市場でなく、これまではバラバラに点在する市場でもあった。しかも過酷な現代史を経た国で、その影響が社会風土、市場風土に残る。そんな市場への参入には、品質や技術も大切だが、より市場を知る努力が要る。

 中国市場に対応するには市場を知り、価格競争に巻き込まれない知恵を身に付けねばならないが、残念ながら日本企業にその努力が足りない。だから厳しい市場の現実に突き当たれば、すぐに諦める企業も多い。その原因の一つは日本企業の技術、品質の高さである。

 品質や技術の自信が、却って市場を知る努力を妨げている。対話の努力が無くても美人に人が集まるのと同じで、技術の自信が市場との対話を希薄にしている。市場を知る努力がおざなりなら、その自信は過信に等しい。

市場の入り口に忍耐の扉があり、扉を開けるのに日本の数倍のパワーがいる

 こんな例もある。ある日本企業が中国ローカル企業と共同で市場開拓を進めた。日本の企業は技術で世界的に高い評価を受けている。しかし中国では韓国や台湾企業、低価格の中国企業がライバルである。協力する中国企業から見積書の提出と同時に詳細な提案書提出の要望が出された。しかし日本企業の担当者は戸惑った。契約も未定なのに数十頁もの提案書を作るのは大変で、そんな対応をしたことはないという理由だ。

 中国では多くの分野で日本の技術が認められている。だからと言って日本製品が市場でそのまま受け入れられることを意味しない。たとえ価格で問題がないとしても。

 中国は政治腐敗が絶えない。だが腐敗は政治だけの問題ではない。企業では購買での社員の不正が多い。日本人にもその問題はあるが、比率では中国人に多い。裏取引の風土は、企業内で人間不信を生む。社員が退職する時、誰彼は裏リベートをもらっているとの情報を残して退社する人も多い。市場を知るとは、そんな風土を理解することでもある。

 中国の企業の購買担当者は常に社内で、取引の裏に何かあるのではとの疑いの目に囲まれ、その疑いの中で発注の検討が進む。詳細な提案書は、疑いの目を和らげ、購買担当者の複雑な心理を助ける資料でもある。

 突然現れた日本企業に品質が良いというだけで発注が決まれば、裏のお金の憶測も生まれる。品質を部外者に納得させる十分な資料もなければなおさらだ。ここで言う「十分」とは資料の厚みも含まれる。それを面倒くさいと考えては中国市場に入るのは難しい。

 企業内部に空気の如く漂う憶測と疑い、それを深く読めば市場対応のコツが見える。どこの中国企業でも、突然現れた日本の企業に笑顔で応対する購買担当は少ない。たいていはブスッとしている。周囲の目があるからだ。今は日中の政治的な問題もあるのでなおさらだ。

 相手に興味があるほどブスッとした態度にもなる。だから相手にされず断られた時からが営業の始まりだ。だから関係社会の入り口には、忍耐という扉がある。

 中国のお茶やお酒の贈答品は中身より包装が大きく豪華だ。中身より外観が大切と言わんばかりである。中国は面子の国だ。いかに中味が優れていても、外観で実感できなければ贈り物にならない。贈り物を渡す時が食べる時と同じくらい重要だ。中身は技術、品質で、詳細な提案書は豪華な包装でもある。

多くの問題は日本の本社の市場の無知から始まる

 日本の本社の理解、情報共有も重要だ。全ての権限を現地に与えるならいいが、そのような企業は稀だ。本社に中国についての理解が乏しく、管理だけはするということになれば悲惨だ。多くの問題はそこから起きる。よくあるケースは現地組織をめぐる衝突だ。中国での管理業務はいろいろな要因で人手がかかり、非効率である。役所の許可の多さ、手続きの煩雑さ、内部牽制などで管理人員が膨らむ。本社ではその事情が見えず、人を減らせ、減らせない、という摩擦が起きる。本社に中国市場への理解が乏しければ、「方針の不明確」「優柔不断な対応」「市場に合わない中途半端な進出」「日本のやり方に固執した市場とのミスマッチ」「対応の遅さ」「人選の間違い」などの問題が起きやすい。

 こんな例もある。ある日本企業が中国企業と契約して市場開拓を進めた。中国側の努力が実り、商品が市場で話題になった時、地方支店が無断で中国特値を出して他の業者に商品を卸した。その結果、関税や増値税を免れた密輸品が中国市場に溢れた。密輸品を扱う業者には市場開拓費はいらない。正規の販売会社の営業情報を掴み、裏リベートを使えば市場がとれる。店舗費用も税金も掛からないだけ裏金が使える。市場は乱れ、正規の販売会社も潰れて、最後は誰もその日本企業の商品を扱わなくなった。

 中国市場は乱れやすい。密輸業者もいたるところにいる。本社が市場に無知なら管理もできず、簡単に崩れるのが中国市場でもある。日本の企業はリスクを考え、明確な方針を先送りにして様子を見ながら市場に対応する企業も目立つ。それが市場の信頼を失う。

 逆に欧米企業は方針を決め、じっくりと市場を育てる取り組みをする。代理店を決め、それをテコでも崩そうとしない頑固さも持つ。

日本の誰もが納得する最大公約での市場対応は間違い

 日本の小売業も中国に数多く進出しているが、場所も店舗も中途半端な進出も目立つ。どうしてこんな場所にと地元の人も首をかしげる。

 中国人は目立つことを好む。中途半端な対応は市場が受け入れない。いいのか悪いのか、するのかしないのか、行くのか行かないのか、信頼するのかしないのか、何かにつけて明確な対応を好む。広大な中国である。先ず目立つことが大切だ。だからCCTV(中央テレビ)のゴールデンタイムの広告費は毎年、天価を更新する。

中央テレビコマーシャル料年度別最高額企業
北京日報より
企業名 業種名 金額(億元)
2002 娃哈哈 食品飲料 0.2
2003 熊猫手機 電子企業 1.08
2004 蒙牛 乳製品 3.1
2005 宝潔 アメリカの日用品 3.8
2006 宝潔 アメリカの日用品 3.94
2007 宝潔 アメリカの日用品 4.2
2008 伊利 乳製品 3.78
2009 納愛斯 洗濯用品 3.05
2010 蒙牛 乳製品 2.039
2011 美的 家電 未公開
2012 茅台 白酒 未公開
2013 剣南春 白酒 6.08

 様子を見ての対応は、不動産価格が高い大都市では致命的だ。せっかく出店しても目立たず、話題にもならず、最初のイメージが後々まで尾を引く。

 それならば大都市を避け、地方都市を狙う戦略もあるが、日本企業は一部を除き、それにも踏み切れない。地方に市場はないと思い込んでいるからであり、一流志向が影響し、さらに失敗時の責任も考える。地方での失敗は、誰がそんな地域に決めたのかの責任追及の声が高まる。だから皆が納得する最大公約で大都市への進出になる。

 日本の最大公約の中国情報は、その多くが間違いでもある。本当は中国の地方都市はうま味のある市場だ。実利を求める中国企業は、上海は宣伝、地方で利益を出す。高所得者向けのビジネスでない限り、不動産価格や人件費など全てが高く、競争も厳しい大都市で利益を出すのは難しい。

 中国の地方都市はGDPこそ北京や上海に及ばないが、所得や消費の成長率が高い。また大都市の成長率が低下している中で、10%以上の経済成長を続けている内陸地域も多い。

 「影の銀行問題」でも述べたが、日本の中国情報はゴーストタウンなどの負の情報に集中しやすい。地方政府の負債が問題とされるが、開発銀行(中国国家開発銀行)などによる地方融資平台への資金供給で、地方のインフラが整備されて地方都市が蘇り、そこにビジネスチャンスも生まれている。

 農民工の内陸回帰も進みはじめた。彼らが内陸都市で生活者、消費者として生きる時代になれば、地方都市の消費経済も活発になる。

 そのため面子やブランドに拘れば大きな商機を逃すのである。

 ウォルマートは2013年に26店舗をオープンしたが6割以上は三、四級都市だ。店舗の7割以上が300万人以下の都市である。2014年の出店地域は、安徽省の蕪湖、浙江省の金華、河北省の廊坊など多くの日本人には聞いたこともない街である。

図1
図2
図3
2013年省別GDP成長率(10%以上の省)
中国経済周刊2014年3月31日
GDP成長率(%)
貴州 12.5
西藏 12.5
天津 12.5
重慶 12.3
雲南 12.1
陜西 11.1
甘粛 12.1
新疆 11.1
福建 11.0
青海 11.0
江西 10.1
湖北 10.1
湖南 10.1
広西 10.3
寧夏 10.0
安徽 10.4
四川 10.0