【14-015】中国の失業率の読み方(その1)
2014年 9月22日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
ウォール・ストリート・ジャーナルの偏見
ウォール・ストリート・ジャーナルのアジア版に、以下の記事が掲載されている。
「中国政府は投資家が知らない何かを知っている、何かどころではなく、多くのことを知っている。このことは、特に同国の労働市場について言える。……問題は公式の失業率、直近では4.08%、がいい時も悪い時もほとんど動いていないため、役に立たないと見られていることだ。失業率統計は地方の社会福祉センターへの労働者への登録に依存しており、大量の出稼ぎ労働者の動きを無視している。世界金融危機で、一部の統計では中国の製造業の3000万人分の雇用が失われたとされる2008年の失業率もほとんど上昇しなかった。・・国営企業に偏った調査に依存し、民間部門の変動を考慮していない可能性があることから、この数字にも不備がある。……中国の雇用状況を知る上で何が最善の方法かは国家機密だ。北京の指導部は、毎月まとめられるが通常は公表されない別の調査結果に頼っている。……同国指導部はこの秘密の数字を頼りに、どの部門にどの程度の刺激策を講じるかを決める。この結果、投資家は相当な情報格差の中に取り残されることになる。中国では投資家は暗闇に慣れなければならないのだ」
アレックス・フランゴスという記者が書いた記事である(リンク:ウェブサイトTHE WALL STREET JOURNAL 2014年7月25日)。
結論を言うなら、中国の労働事情、統計事情が理解できずに偏見で書かれている。
前に日中論壇で中国情報の問題を取り上げたが、うんざりするような情報が引きも切らずに流れる。
中国の失業率の計算方法と指摘の問題点
中国の統計当局の肩を持つわけでもないが、その名誉のために、先ず説明を加える。中国統計の失業率は城鎮登記失業率、つまり都市就業者の登記失業率のことである。その説明には次のように書かれている。
「城鎮登記失業人員とは、非農業戸籍の、一定の労働年齢(16歳から定年まで)にある労働者で、無職かつ就職希望があり、かつ当地就業サービス機構で求職登記を行っている人。城鎮登記失業率は、城鎮登記失業人員と就業人員(使用されている農村労働力、任用されている定年退職人員、香港・マカオ・台湾及び外国人を除く)、城鎮就業人員のうち職場にいない社員、自営業主、個人事業主、自営企業と個人企業の就業人員、城鎮登記失業人員の合計の比」
計算式は:
である。つまり、中国の失業率は農村戸籍労働者、大量の出稼ぎ労働者を失業率統計に入れずに計算した失業率である。無視しているのではなく、その理由がある。仮に出稼ぎ労働者を含めて統計すれば、失業率はもっと低くなる。それについては後述する。
また、国有企業に偏った調査に依存し、民間企業の変動を考慮していないということではない。失業率には民間企業も入っている。
社会保険の適用や労働者の定着率を、優良国有企業に偏り調査するなら問題だが、失業率を国有企業だけで、すなわち整理対象となった国有企業労働者も含めて統計するなら、失業率はもっと高くなり、あえて国有企業に偏って調査する必要もない。当然だ。この二十数年、民間企業が国有企業の失業者を吸収してきたのだから。1978年の就業人口に占める国有企業の比率は78.3%、2012年の比率は18.4%である。
また、ウォール・ストリート・ジャーナルは、中国の失業率がいい時も悪い時も動いていないと語る。これは数字の読み方が拙い。失業率は経済状況だけでなく、様々な要因に影響を受ける。経済環境悪化の時、政府が旧来型の雇用政策で失業給付を増やすのか、積極的な雇用促進を進めるのか、政策によっても変わる。また、グラフのように就業者が増加している。就業者が増せば、率は同じでも失業者数は増える。これまでの中国経済を見れば、失業率は変わらず、失業者が増える。なんら不思議でもない。
この記事は、中国では投資家は暗闇に慣れなければならないのだと述べている。中国の失業率はもっと大きい。政府は重要な情報を隠していると言いたいのだろうが、果たしてそうなのかが、今回の日中論壇のテーマである。
報道の逆を読めば真実が見えることがある
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事にあるように、2008年の世界金融危機で、中国製造業の3000万人の失業が世界で報じられた。筆者は日本でのその報道に大きな疑問を持った。各地の人材募集センターの実態と3000万人の失業報道が全く噛み合わなかったからだ。どこに行っても失業者の姿はまばらで、殊に女子農民工がいない。彼女たちはどこに消えたのか。これが筆者の疑問だった。
そこで、これは報道とは逆で大変な募集難の時代が来ると思い、すぐに全国の職業学校を回り、指導する工場の人材募集に動いた。それから深刻な人材不足、募集難が始まった。
2008年はまだ、学校募集のコストもそれほどではなかったが、年々学校や先生に支払う募集手数料も増大して行った。当時の農村学校での募集に関しては日中論壇「中国の成長を支える農民工、その最前線」 で述べたので、合わせてお読みいただきたい。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事は問題であるが、他方、中国の失業率を私たちはどうとらえればいいのかを問いかけている。一部の報道記者は、中国政府のすることはすべて暗闇と安直にとらえがちだが、冷静に国情を読みながら発表のデータを読むべきであると、反面教師として教えてくれている。
(その2へつづく)