和中清の日中論壇
トップ  > コラム&リポート 和中清の日中論壇 >  【14-016】中国の失業率の読み方(その2)

【14-016】中国の失業率の読み方(その2)

2014年 9月24日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

中国では一身上の理由での離職者の多くは失業統計から外れる

その1よりつづき)

 中国では、どのような人が失業者とされているのだろうか。ことに欧米や日本の失業者統計とどう違うのかということが重要である。

 一つは農民工、つまり農村の出稼ぎ労働者が計算に入っていないことである。これについては後に述べる。

 今一つは自己都合での離職者の取り扱いである。

 日本の失業率統計の失業の定義はおよそ、調査期間中に仕事がなく仕事をしていない、仕事があればすぐに就業が可能で、仕事を探している者である。また抽出人口調査による統計なので、会社都合も自己都合離職も統計対象になるが、中国は登記失業率で、自身が失業登記をしなければ、統計には載らない。

 中華人民共和国社会保険法、第50条には、都市失業者は失業後、会社から出された労働契約解除証明書を持参し、直ちに指定の就業サービス機構で失業登記をしなければならないとある。第45条には、失業保険の給付対象者として次の事項が定められている。

(1)保険料の納付期間が満1年以上
(2)本人の意思で就業を中断したのではないこと
(3)失業登記を行い、求職の意思があること

 本人の意思に基づかない失業とは、社会保険法による若干の規定で、労働契約法による労働契約期間の満了、企業の破産、法に基づく企業側からの労働契約解除など、その要件が定められている。

 中国の企業は日本の企業ように、自己都合離職者に対しても離職理由に会社都合と融通をきかせるようなこともない。離職理由により退職時に支払う経済保障金が違うためだ。

 つまり、失業して保険の申請をするには、先に就業サービス機構である職業紹介中心(センター)や人力資源和労働保障所などの人材センターで登記をする。だから保険の給付申請をする人は登記し、失業者となる。しかし離職者が果たして失業登記をするかの疑問が生じる。これについては後述する。

 さらに、自発的離職者には保険がおりない。公務員も失業保険には加入していないので、彼らが失業者として統計されるには、人材センターへの自主的な登記が必要になる。

 失業登記の就業サービス機構とは政府機関である。だが、現代の求職者のほとんどはそんな機関を利用して求職活動をしない。情報もないし手続きも面倒なので、人材紹介会社、ネット、募集会で仕事を探す。失業保険給付を申請する人以外でその機関を利用する人は、高齢者か一部の職種の人に限られる。筆者も職業紹介中心に行ったことがあるが、大きな建物は閑散とし、一般企業の人材紹介をしているのか不思議に思った経験がある。

 つまり、中国の失業率統計の分子の失業者とは、会社都合離職者で保険申請する人、自己都合離職者や公務員で自発的に登記するごく一部の人、ということである。

 一方、分母の都市就業者には公務員も入っている。分母には入るが、分子に計算されなければ、都市登記失業率は低くなる。

図1

 しかし問題は、日本のような調査方法で、農民工や郷鎮企業労働者、自発的失業者も入れて統計した場合に、失業率はどうなるかである。その場合、成熟社会と異なる中国の労働事情も考えねばならない。そこには、中国の失業率統計は問題だと単純に言い切れない、複雑な側面がある。ましてウォール・ストリート・ジャーナルの記者が語るような、重要な情報が隠ぺいされていると言うようなものではない。それを解き明かすのが、今回の狙いでもある。

そんな面倒くさいことは嫌と、失業登記をしない人も多い

 中国の職場の離職理由で圧倒的に多いのは自発的離職である。離職者の約80%が自発的離職との調査報告もある。もっとも、中国の企業は国有、外資共に労務派遣で、非正式労働者を受け入れている事業所も多い。その分、会社都合の離職は減る。派遣労働者は、派遣会社と労働契約を結び、失業保険の加入が杜撰な中で派遣されているケースも多い。

 自発的離職が多いのは、外来(戸籍を故郷に残したまま出稼ぎに来る)農民工、90后世代農民工と大学卒業後3年未満の若者達だ。

 事業所別で、自発的離職が最も多いのは民営企業、次に香港・マカオ・台湾資本企業、最も少ないのは国家機関、いわゆる体制内で保護された労働者である。

 自発的離職が多い理由は、端的に言えばよりよい処遇を求め、職場を変わることがキャリアとの誤解も影響する。経済成長とともに、若い人が家族の生活に縛られることなく、自分のためを考える身軽な立場になったことも影響している。

 一方で、企業も経済保障金があるため、社員に問題があっても極力企業側からの労働契約解除を避ける。だが話し合いで解決できず、企業が契約を解除した場合、離職原因で揉めて労働仲裁になり、2倍の経済保障金を支払わねばならないこともある。

 会社が労働契約を解除しても、失業者は保険給付のために失業登記するとは限らない。

 筆者はウォール・ストリート・ジャーナルの記事を見て、あらためて周りの中国人に問いかけてみた。「君たちはもし会社都合で失業したら、失業保険を申請するか」

 その答えは予想通り、「そんな面倒くさいことするわけないでしょ、手続きをしている間に次の職場を見つけたほうが早いでしょ」だった。

 工場現場で働く農民工でなく、事務管理部門の人たちである。彼らには、失業保険に関心を持たない人も多い。そのしくみを知らない人、登記することも知らない人も多い。

 失業登記には離職証明だけでなく、個人の身上、履歴を記載した公的書類である档案の提出が必要になることもある。档案には、民族、学校の成績、戸籍、住所、賞罰、政党など細部の身上が記録されている、個人のプライバシーそのものだ。

 通常、档案は企業の人事部や人材センターが保管し、職場を変わり、戸籍を移動し、また入党時などに提出する。今、それを要求するのは一部の国有企業で、民営企業や外資企業ではまずない。档案の保管には保管料が必要だが、長年不払いの人も多い。申請すれば不払い額まで請求される。このことからも失業登記をしない人が多い。だから、そんな面倒なことをしてまでとなる。

中国の失業保険給付額は、一律に最低賃金で決まる

 失業保険に関心が低い理由は、給付金額、給付条件にもある。日本の雇用保険の基本手当日額は、離職前6カ月の賃金の平均日額で計算し、その45~80%が支給される。ドイツは子供がいる場合であれば、被保険期間が24カ月以上で55歳未満の場合、従前賃金の67%が最長12カ月支給される。48カ月以上ならば58歳以上で24カ月の支給である。フランスも上限があるが、従前賃金の57.4%~75%で規定の条件を満たせば、給付期間は50歳以上では最長3年になる。

 中国の社会保険法は、省、自治区、直轄市政府が給付額を決めるが、その地域の最低生活保障標準額を下回らないことと定めている。例えば広東省の失業保険条例は、当地最低賃金の80%を支給としている。最低賃金が1500元の地域なら1カ月の失業保険は1200元で、工場の一般工の1カ月の残業手当にもならない。支給期間は広東省深圳市の場合、失業保険加入期間が1年で1カ月、5年で6カ月、10年で16カ月、最長は24カ月で、いくら失業しても生涯で24カ月以上は受け取れない。

 深圳市では、昨年までは市戸籍がない人は失業保険の給付がなかった。筆者も管轄の保険事務所に出向き確認したところ、外地の人の加入は受け付けるが、加入しても保険は給付されないとの返答には唖然とした。深圳の工場で働く人は、90%以上が外地の人である。

 失業保険に関心がないのも当然である。

 グラフは失業保険加入者数に対する保険給付者数の比率である。

図2

 このような事情により、会社都合離職者であっても失業登記をする人は少なく、都市登記失業率はさらに低くなる。

農民工を統計に算入すれば失業率は下がる

 農民工も失業保険制度には組み込まれている。しかしその適用に杜撰な事業所も多い。

 2012年末の城鎮(都市)就業人員は37,102万人、うち失業保険加入者数は15,225万人で、保険加入率は41.04%である。

図3

 国務院は1986年に「国営企業職員待業暫時実施規定」、1993年に「国営企業職員待業保険規定」を頒布したが、主に破産国営企業従業員、リストラされた国営企業従業員が対象だった。1999年の「失業保険条例」で、民間企業にも適用範囲が拡がったが、歴史も浅く、法律の強制力も弱く、違反追及も弱いので加入しない事業所も多い。

 農民工には小規模工場や飲食業で働く人が多く、加入率は低い。だが今の統計方式では彼らは失業統計には入らないので、統計に影響しない。

 しかし、仮に加入率が高くても、中国の経済状況では失業登記をしてまで保険給付を申請する人は少ないだろう。次の職を探す方が早いからだ。

 ウォール・ストリート・ジャーナルは、中国の失業率は農村の出稼ぎ労働者を無視しているというが、そうではない。計算対象に入れていないとの断りもある。

 理由は彼らが農民だからだ。筆者はこれまで職業学校で何千人かの農民工の面接をした。

 「私たちは農民です。いざとなれば農業があります。」ときっぱりと語る学生も多かった。

 そんな彼らを統計に入れるかどうかは難しい問題だ。もし彼らを計算の分母の就業人口に入れるとなると、何人入れればいいかという難問に直面するだろう。

 2013年の調査では、農民工は2.69億人だ。うち都市で働く流動農民工は1.66億人だ。その1.66億人も常に流動する。差の1億人はどうするのか。就業人口なのか、そうではないのか微妙である。しかもものすごい数である。その取扱いで失業率も大きく変わってくる。

 さらに、分子の失業者に入れるかどうかは、もっと難しい問題だ。

 中国では離職率が年200%を超える職場も珍しくない。過酷な職場でもないが、日系企業にも200%を超えるところも多い。離職者の多くは、すぐに次の職場に移る。すぐに就職しなくても、しばらく故郷の農村に戻るなど、多くが自発的離職である。

 筆者は、工場の人事担当者には毎月10日の給料日前に休暇届を出す社員に対して、特に注意して指導させている。故郷に戻り、ついでにどこかの企業の面接を受けて、いいところがあればそのまま連絡もなく戻らない人が多いからだ。

 指導する工場では、空調完備のクリーンルームでクリーン服を着るだけで離職する人も多い。1日で離職する人さえいる。立ち仕事を嫌い、かといって座る仕事でも、品質検査で顕微鏡を見るのは目が疲れるからと辞める。あまりにも不満が出るので、目の訓練を兼ねて目の体操をさせ、テストをして、それを名目に手当を支給して離職を防いでいる。

 残業や休日出勤が続けば問題であるし、操業が低下して残業代が減れば辞めていく。

 日本では中国の失業率は嘘と語る人もいる。また実際の失業率はもっと高いと言う。

 しかし、もし農民工を統計に入れれば、中国の失業率は低下する。何故なら中国の失業率は登記失業率であるからだ。仮に2.69億人の農民工が計算の分母に加わり、失業登記をする人がほとんどいなければ、今の統計制度の下では中国の失業率は大きく下がる。

 しかし、そんな計算をしても意味がないだろう。だから農民工を入れて統計することのとまどいもある。無視する方が自然な失業率を得られるとも考えられる。もし、中国の失業統計が登記失業率でなく、調査失業率ならどうなのか。それについては後に述べる。

(その3へつづく)