【14-017】中国の失業率の読み方(その3)
2014年 9月26日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
中国の失業率が疑わしいなら、日本の失業率はどうなのか
(その2よりつづき)
日本人の多くは、日本の失業率統計に対してあまり疑いを持たずに接している。
おそらくウォール・ストリート・ジャーナルの記事を書いた記者も、中国の失業率統計は疑問だが、米国など先進国のそれは疑いもなく信じているのだろう。中国の失業率がどういう計算でされているのかも理解していないとも思われる。だからその疑問は感情的になり、投資家は相当な情報格差の中に取り残されるとの意見にもなる。
だが中国では、失業率はそれほど経済的関心事項になっていない。毎月公表される経済指標の中でも、成長率や工業生産、輸出、消費、物価などの指標に比べて関心度も低い。
大学生の就職難が問題とされるが、むしろ「用工荒」と言われる農民工不足の方が失業率より話題である。
以下のグラフは日本の失業率の推移である。政府が毎月数値を発表するが、それが何をもとに計算されているかを知る人も少ないだろう。中国の失業率に疑問を持つ人は多いが、それなら日本の失業率は信じていいのだろうか。経済成長率と失業率を照らし合わせばさらに疑問も増す。デフレ経済が続き、年率1%台、いやゼロ成長を続けた日本経済、しかし失業率は大きく変わらない。欧米に比べて半分だ。情報の闇の中に取り残されているのはむしろ日本なのでは、との疑問も湧く。
失業統計は国により方法が違う、日本の統計には個人の主観も影響する
失業率は分母の労働力人口に対する分子の失業者の比率で計算する。ILO(国際労働機関)の基準もあるが、世界的に統計方法が統一されているわけではない。分母の労働力人口に何を含むか、軍隊を含むのか、自営業者を含むのかも違う。
失業統計も、求職登録のデータを重視する国もあれば、家計調査で集計する国もある。
失業には総需要の後退による循環的失業もあれば、産業間、地域間の労働移動のバラツキや技能のミスマッチなどによる構造的失業がある。また、雇用保険制度の違いも失業に影響を与える。給付の拡大は再就職で得ようとする賃金の失業保険代替率を高め、求職者の再就職への意欲を低下させるため、長期失業にもつながる。
米国ではリーマンショック後、失業保険の給付期間を26週から段階的に最大99週に延長した時、失業率も増加した。また、給付期間にレイオフ(一時解雇)を実施し、期間終了と同時に再雇用をするので、失業率が制度に影響を受けやすい。日本でも雇用保険法の改正が失業率に影響を与えているとの調査報告がある。
失業には個人の主観も影響する。経済環境の悪化時、雇用の厳しさを失業者がどうとらえるかで失業率も変わる。条件を下げて再就職先を決めるか、厳しい環境で就職をあきらめるかは人により違う。
世界の失業率の統計法をみると、まず中国は登記失業率である。これに対しドイツは連邦統計局のサンプル調査もあるが、連邦雇用庁が公共職業安定機関に失業登録した人を基に失業率を統計している。フランスは公共職業安定所への登録の増減状況が国立統計経済研究所の四半期雇用調査に反映される。
日本の失業率統計は抽出人口調査による。資料に基づき、人が聞き、人が答える。そのため登録データで統計する場合に比べて、関わる人の主観が影響しやすい。
日本の調査は、仕事がなく、仕事を探している人を失業者とする。
一身上の理由で離職した人に、働く意思があるかと問えば、人により答えはあいまいになる。気持ちはあるが、今はしたくないと考える人はどちらなのか。仕事を探しているような、探していないような漠然とした人はどちらなのか。希望の仕事が見つからず、就職活動に嫌気がさしている人はどちらなのか。
自発的失業が長期になれば、再就職への意欲も萎える。日本の失業率はこのような人を失業者とは見ていない。
失業率の国際比較は意味がない
失業保険の給付額が高い国は、概して失業率も高くなる。日本は欧米と比べて、失業保険給付を受ける失業者の割合が低い。
ILOの発表では、世界の失業者のうち86%が雇用保険などの支援を受けられず、日本は79%が給付を受けていない。保険給付の対象外の非正規労働者が多いためでもある。
フランスは2011年9月の調査では、全登録求職者476万人のうち、失業保険給付がない人は243万人、全体の51%である。給付のない人には、給付期間満了の人も含まれる。
フランスの失業保険は労使自治で運営され、失業保険の他に、保険期間満了の生活困難者などに政府が税で扶助する連帯制度がある。連帯制度での受給も保険受給もない失業者の割合は40.6%である。
フランスは、派遣やパートを含む、1人以上の労働者を雇用する事業所全てに雇用保険制度を設け、差別禁止法で労働者差別を禁止している。若年者雇用事業主への補助金付雇用や採用企業の社会保障費負担の軽減、見習い契約制度で有期の短期労働者雇用の促進など、雇用復帰支援策を強化し、日本では非正規労働者とされがちな労働者を社会保障制度の中に組み入れている。
ドイツも職業養成訓練制度により、若年者を対象に事業所での実践的訓練制度を実施している。一般雇用均等法では年齢差別も禁止され、非正規労働者への社会福祉関係立法が強化され、非正規労働者が社会保障制度に参加しやすい環境にある。
職業訓練の職場を探す人は就業者とも失業者ともされず、そのため失業率が低くなる一面もあるが、一方では、ミニジョブと言われる期間限定、低額賃金の僅少労働者や雇用期間3カ月未満の契約、週15時間未満労働が継続的な労働者で正規の職を探している人も失業者に含む。ドイツは失業保険給付を受けていない失業者の割合は2%である。
フランスやドイツと比べ、日本は非正規労働者の多くが失業保険に加入していない。日本の雇用保険では1週間の所定労働時間が20時間未満の人、継続して31日以上雇用されることが見込まれない人、季節的に雇用され、4カ月以内の期間を定めて雇用される人は被保険者とならない。保険給付が無ければ、アルバイトで生活する。就業状況の調査期間(月末の1週間)に1時間でもアルバイトをしていれば、失業者にはならない。
短時間労働、特殊形態雇用も失業保険給付を受けるドイツやフランスでは、失業登録者は増え、登録者が増えれば失業率は高くなる、
日本の失業率は欧米諸国のおよそ半分程度だ。欧米なら失業者とされる人が統計から外れ、失業率が低くなっている。日本の失業率は一方的に、いい日本を見せられている気がしないでもない。
個人の考え方や制度の違いで失業率も変わり、それを比較して高い、低いと言うことも問題である。声に出しては言えないだろうが、どこの政府も本音では失業率ほど怪しい統計はないと思っているかもしれない。総務省の担当官も日本の失業率はもっと高いと思いながら、毎月報告される統計を見ているかも知れない。日本の失業率には、その頭に完全という文字がある。完全でない失業者が多いという示唆なのか、多少の後ろめたさの現れなのだろうか。
総務省統計局統計より作成 | ||||||
国名 | 2008年 | 2009年 | 2010年 | 2011年 | 2012年 | 平均失業率 |
イギリス | 5.6 | 7.6 | 7.8 | 8 | 7.9 | 7.38 |
フランス | 7.4 | 9.1 | 9.3 | 9.2 | 9.9 | 8.98 |
ドイツ | 7.5 | 7.7 | 7.1 | 5.9 | 5.5 | 6.74 |
オーストリア | 3.8 | 4.8 | 4.4 | 4.1 | 4.3 | 4.28 |
ベルギー | 7 | 7.9 | 8.3 | 7.1 | 7.5 | 7.56 |
イタリア | 6.7 | 7.8 | 8.4 | 8.4 | 10.7 | 8.4 |
スペイン | 11.3 | 18 | 20.1 | 21.6 | 25 | 19.2 |
ギリシャ | 7.7 | 9.5 | 12.5 | 17.7 | 24.2 | 14.32 |
米国 | 5.8 | 9.3 | 9.6 | 8.9 | 8.1 | 8.34 |
中国 | 4.2 | 4.3 | 4.1 | 4.1 | 4.1 | 4.16 |
日本 | 4 | 5.1 | 5.1 | 4.5 | 4.3 | 4.6 |
抽出調査で統計すれば、中国の失業率は意味不明になる
それでは登記失業率でなく、日本と同じように抽出調査で失業率を統計すれば、中国の失業率はどうなるだろうか。ウォール・ストリート・ジャーナルはアメリカ的正義感なのか、北京の指導部は真の失業率を隠していると語るが、隠しているわけではない。
中国でも社会科学院などが独自調査を行い、調査失業率を発表している。最近の都市失業率は9.4%との報告もある。だが、それとて怪しい失業率である。
成熟社会と中国のように激変する社会では、自発的離職もその意味は違う。より高い賃金を求めキャリアを積む失業が言わば陽性の失業なら、やる気がでない、パワハラに耐えられない、職場の雰囲気が嫌だ、将来性がない失業は陰性の失業である。
もしこれまで、日本と同じ抽出調査で、しかも農民工も含めて統計していたなら、中国の失業者は、より高い賃金を求めて離職した人だらけになり、果たしてそこで得られる統計が何を示すのかの問題にもなる。
農民工が毎月故郷の父母に送金し、そのお金がこれまでの農村経済を支えていた。彼らは常に周辺工場の賃金情報を聞き、少しでも高い賃金が得られる職場を求めて移動した。夜勤手当の1元の違いが彼らにとっては重要だった。
中国は世界の工場と言われる。それを支えたのが農民工だ。失業には循環的失業も構造的失業もある。だが、これまで中国は循環的失業からは遠い存在だ。
また多くの農民工は、構造的失業とも無縁だった。彼らは実に身軽に国内を移動した。
ふとんにバケツ、小さなバッグを両手に持ち、都市、職場を移動する。
地域間、産業間の労働移動のアンバランスによる欧米や日本の構造的失業も意に介さず、柔軟で逞しい存在でもあった。住宅価格が下がり、ローンを抱え、移動もままならずに構造的失業が起きる先進国の労働環境とも無縁だった。
農民工だけではない。筆者は多くの中国人の履歴書を見てきたが、事務職や管理職も一つの職場での平均勤続年数は3年程度である。
さらに、以前日中論壇[1]でも述べたが、中国には巨大な裏経済がある。そこで生計を立てている人も多い。しかも裏の副業、アルバイトなどは身近に存在する。登記失業率にはもちろん反映されない。人口調査での失業統計であっても、調査で尋ねられた時、彼らはどう答えるのか。裏で仕事をしていますとは言えない人も多い。表の仕事など、バカらしくてやれない人も多い。表の仕事をしていなければ、彼らは失業者になるのか。
さらに中国では、多くの人が夫婦共働きである。今は、そのために生活に余裕のある人も増えた。彼らは仕事の継続に対して柔軟に対処できる。何か問題があれば自発的失業にもつながりやすい。彼らが失業統計にどう含まれるのか。失業率には中国ならではの複雑な問題が多く絡む。そんな中国での調査失業率に、どんな意味があるだろうか。
(その4へつづく)
[1] 「中国経済の表と裏」 および「『中国経済は投資依存で、消費の割合の低さが問題』は本当かその4」参照。