【15-004】中国の構造改革を注視すべき
2015年 8月 7日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
90歳の江沢民氏が権力闘争で語られる不思議
前回の日中論壇 で「中国は経済構造改革の途上だ。一連の腐敗対策も権力闘争だけに目を向けるのではなく、構造改革の一環で捉えねばならない」「中国からの撤退だけに目を奪われると、構造改革の動きを読み誤り『気がつけばすごいことになっていた』という事が繰り返される」と述べた。今回の日中論壇はこの二点を掘り下げて考える。
筆者は間もなく発売の新著「仕組まれた中国との対立」で、対立を仕組み「中国脅威」に導く三つの対立因子について述べた。その火種として使われるのは「尖閣」「南沙」「歴史認識」「靖国」であるが、一部メディアや知識人の「中国論」も火種の一つである。
彼らが中国について語る言葉には「権力闘争」「格差」「不満の爆発」「独裁」「覇権主義」が多い。脅威やリスクへの誘導でもある。そして多くの「中国物語」、フィクションが生まれる。権力闘争で語られる「反腐敗」(腐敗退治)もその一例である。
最近、軍の制服組トップの一人、郭伯雄前中央軍事委員会副主席が「重大な収賄」で党籍が剥奪された。4月の身柄拘束時点では「同志」扱いだったので容疑が固まったのだろう。
そして報道は「習近平国家主席は江沢民氏の影響力を排除して求心力を高める」となる。
江沢民氏は1926年8月生まれで、間もなく90歳である。江沢民氏は自身を昔の幹部と一緒に「禮賓」に入れて欲しい。88歳で意見が正しければ参考に、90歳では正しくても、正しくなくても無視せよと語ったと伝わる。周永康元政治局常務委員が石油腐敗で逮捕された時、江沢民氏は人事の誤りを認めたと言われる。常識的に考えても、後を考えれば90歳の江沢民氏の影響力にすがる人はいない。
だがその江沢民氏を、今も「権力闘争」の領袖とする論がある。さすがにそれは無理と考えたのか、その世界に縁が遠い胡錦濤氏を登場させて「権力闘争」を語る論すらある。
軍腐敗の対応は「軍の構造改革」と「主席責任制」の求心力のため
中国の憲法に「中華人民共和国中央軍事委員会は全国の武装力を領導し、中央軍事委員会は主席責任制を実行する」とある。党総書記は国家主席でもあり、また国家中央軍事委員会主席でもある。
毛沢東や鄧小平は革命戦士でカリスマ性もあり、名実ともに軍のトップだった。だが江沢民氏以後は実戦経験がない。そのため「制服組」が頭をもたげ、「主席責任制」を「副主席責任制」にすり替える動きが起きる。毛沢東や鄧小平は威厳でそれを抑え込み、党と軍はバランスを保っていた。だが今はバランスが崩れやすい。軍備が増強されればなおさらである。
過去の首相による靖国参拝の反日デモや暴動は、党と軍のバランス関係に配慮せず、参拝で「主席の立場」を困難にした結果である。深く読めば、それを承知での参拝だったかも知れない。
「副主席責任制」の風潮の一つは「軍腐敗」である。軍購買は膨大で、制服組は膨大な軍購買と身近に接する。特定幹部に権限が集中して起きた石油腐敗が軍でも起きる。
北京の軍オフィスの周辺には購買関連企業が軒を連ねる。企業のオフィスの窓の向うは軍の施設である。軍と企業の私的交流が盛んになり、腐敗が拡大する。
国を守る軍幹部が守銭奴で銭権交易に邁進すれば、軍再編、軍改革は進まない。郭伯雄前中央軍事委員会副主席の党籍剥奪、刑事処罰は「主席責任制」を軍全体に示す行動であり、江沢民氏の影響力云々でなく「軍の構造改革」と「主席責任制の求心力」を高める措置ととらえるべきである。
郭副主席拘束後に7大軍区トップが北京に招集され「党中央の決定に従う」ことが確認された。郭副主席と関係が深い蘭州軍区トップは「将校の誰であろうと汚職腐敗があれば追及は免れない」と述べた。「解放軍報」は「家族ぐるみの腐敗と断固戦う」と論評した。中国では「抗日戦争で僅か一人の将軍を失っただけなのに、軍の反腐(反腐敗闘争)で一挙に30人が失われた」とネットで囁かれた。
政治も軍も経済も、直面の重要課題は構造改革である。政府も軍も硬直化し、連携に欠ける縦割り組織の改革が急務である。「反腐」は権力闘争という次元の低いものではない。
太子党も共青団も上海閥も軍も、全てが対象の未来への改革である。だから中国人は習主席を習大大(大大は、習主席が文化大革命時代を過ごした陝西省の尊敬語)と呼ぶ。反腐を権力闘争で読めば、中国の未来は読めない。
「撤退企業の増加」は構造改革のチャンス
次に経済構造改革について考える。中国からの撤退企業が増えているが「新しい酒は新しい革袋に盛れ」で、撤退企業の増加は、構造改革のチャンスである。だから「撤退」を「世界の工場の衰退」と読めば、やはり中国の未来が読めない。
グラフは「中国の科学技術の現状と動向」(科学技術振興機構 中国総合研究交流センター)に掲載の分野別(電子情報通信分野、ライフサイエンス分野、材料科学分野)研究開発費内部支出の前年伸び率をまとめたものである。
バラツキはあるが、ライフサイエンスや材料科学で前年比20%を超える支出が多い。
2012年の材料科学の研究開発機関(高等教育機関を含む)内部支出は1686億元(2兆2千億円、1元13円で計算)である。同年の日本の物質と材料研究費は7,700億円である。材料科学研究開発機関の研究者・技術者数は2002年比で2.3倍に増加した。研究開発を加速させている中国の動きが見える。
さらに経済構造改革は、内陸都市の変化に現れている。先日、重慶市の区長と会った時、区長は次のように語った。「5年前は、当区から25万人が出稼ぎに行き、この5年で5万人が戻った。外地にいる人にアンケートをとったが、ほとんどが適当な職場があれば、賃金が低くても重慶に帰ると答えた」
低賃金で大量の農民工に頼る沿海都市の成長モデルは終焉を迎え、沿海部は産業構造の転換に迫られている。一方で内陸都市は、それを好機ととらえ、受け皿の産業誘致を進め、同時に先端産業も取り込んでいる。
進む内陸都市の構造改革
以下の4つのグラフは、最近の重慶の産業構造の変化である。
重慶は常住人口3,300万人の直轄市で、都市部に1,000万人が暮らし、都市化率は53%である。成渝経済圏の中心で、長江経済帯を「一帯一路」のシルクロード経済帯に繋ぐ都市として注目される。その重慶が自動車と電子産業の街に変化を遂げた。長安自動車、長安フォード、長安鈴木、北京現代も進出し、2014年の自動車生産台数は263万台で、前年伸び率は全国平均の7%に対して22%の増加である。
さらに、重慶は世界のパソコン、タブレットの約11%を生産する街にもなっている。2014年のパソコン(タブレット端末を含む)の生産台数は6,280万台、2010年の3.5倍である。これまで長江デルタや珠江デルタ、環渤海湾で生産されたものが内陸にシフトしていることが重慶のデータから読み取れる。
環境対策で構造改革が進む
環境対策の厳しさが構造転換をもたらす。中国では既に、環境負荷が大きい工場の許可は認められないが、既存工場でも環境対策が進まない工場の閉鎖が続く。深圳市の家具工場では環境にやさしい水性塗料の使用しか認められず、市内に残るのは高級家具工場だけになった。塗装工程のある電子工場も、環境対応ができない工場は生産停止となっている。
深圳市の中国ブランド自動車メーカーBYDの工場は住民パワーで工程改善や工程移転に直面した。広東省では政府認可の排水処理装置がある団地以外の鍍金工場は姿を消した。
深圳市では、家庭の油煙処理を義務付ける環境対策も進もうとしている。
Science Portal Chinaに掲載されているコラム で堀井伸浩九州大学経済学研究院准教授は次のように述べている。
「『中国は経済成長優先で環境は悪化を続けてきた』 ―中略― という多くの報道が主張している点は必ずしも事実ではない。 ―中略― 第11次五カ年計画期間中において、主要な大気汚染物質である煤塵とSO₂は2005年比でそれぞれ29.9%、14.3%も減少している」
さらに、PM2.5が中国で環境基準の観測対象になったのは2012年以降なので、時系列の変化をみるために必要なデータは得られない。従って「悪化を続けてきた」という報道にはそもそも科学的根拠はないとも指摘している。
北京市環境保護科学研究院の彭応登研究員のコラム「北京の大気汚染の現状と原因分析」 によると、北京で最も古い大気汚染の記録は元朝に遡り、「元史」で「天歴二年(1329年)3月、空気は澱み、太陽はうっすらとしか見えず、道行く人は皆顔を覆いながら歩いていた」との記述がある。PM2.5関連報道の「目の前が見えない北京の風景」は元代、明代から存在したのである。
一部のメディアが流す「権力闘争」や「中国の衰退」報道にとらわれ過ぎては、中国の構造改革が進み“気が付けばものすごいことになっていた”と再び驚かされることになる。