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【16-003】中国は消費大国になれるか(その3)

2016年 2月 5日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

その2よりつづき)

中国は投資より消費が隠れる経済

 中国は、投資より消費が隠れる経済でもある。

 サービス業の統計の問題や裏経済で、中国経済には「隠れ産出」「隠れ所得」が多い。さらに「隠れ所得」は「隠れ消費」をもたらす。

 多額の裏所得のある人が、家計調査で裏所得での消費を申告することは、通常は考えられない。家計調査で消費が漏れると、GDPの生産(産出)と不均衡が生じる。だが一方で、裏経済とサービス業統計の問題が産出を低く計算している。消費(支出)が漏れ、産出も漏れると両者の開差は一定率に収まる。GDPの計算は「産出」「所得」「支出」の三面等価である。産出が漏れると所得も漏れる。

 私営企業や個体工商戸、サービス業の産出(売上)や所得の一定率が隠れると、GDPの計算に多大な影響を与える。つまり中国のGDPの裏に多額の隠れGDPが存在する。

 さらに、総資本形成(投資)の集計は主に産業報告による。消費は主に家計調査で推計される。社会主義の管理統制、報告制度を考えた場合、産業報告の方が消費申告より信憑性があり、表に現れない「隠れ支出」は投資より消費がはるかに高いだろう。ゆえに、中国のGⅮPは総資本形成(投資)より消費が過少になる。

旅行市場が個性的に拡大する

 最後に、これからの中国の消費の展望について考える。

 中国社会は衣食を満たすことから、休日をどう過ごすか、余暇をどう楽しむかに人々の関心が移ってきている。旅行ブームは続いており、昨年の国慶節休暇で全国125の観光スポットで観測された観光客は2,962万人、入場券収入だけで16億元だった。

 「中国危機」や「過少消費」という一部の日本の新聞や週刊誌の見出しと、旅行の熱気とのギャップをどうとらえるべきなのか。

 2014年の中国への外国人旅行者数は以下のグラフのように5,562万人(1泊以上滞在の入国者)である。

 平成26年版観光白書で国土交通省観光庁は、北東アジアの毎年の外国人旅行者の伸び率を2020年までの10年が5.7%、2030年までの10年が4.2%と想定している。その伸び率で計算すれば2030年に中国は、世界一の海外からの観光、ビジネス目的地となる。また香港、マカオへの旅行を含めば、中国人海外旅行者は年間1億人を超え、中国は既に世界一の旅行者送り出し国で、あと3年程で中国人出国者数と1日のみの短期入国者と香港、マカオ、台湾からの旅行者を含む海外からの入国者数が同数になる。

図1
図2

 2014年の社会消費品小売総額は26.2兆元である。昨年8月に国務院は『旅行産業の改革発展を促進するための意見』を出し、1兆元と推計される海外での「爆買い」を国内に呼び戻そうと対策を検討している。関税当局の報告では、中国国内に262か所の各種免税店がある。その大半は空港待合ラウンジの出国免税店であるが、入国免税店の品揃えや店舗数を増やし、1兆元を呼び戻そうとの方策である。

 旅行の質的変化も国内、国外の双方で見られる。より個性的で自由な旅、「私だけの旅」を求める人が増える。空港や高速道路の整備、外国領事館の設置で重慶や成都など、内陸からの日本旅行者も増える。沿海の空港は、山東省の煙台空港のように空港整備により日本へのハブ空港の役割を持つ。今後は西南、西北、東北からの日本旅行者が増える。

 福岡など、一部の都市に限られていたクルーズ船の寄港が、日本の地方都市にも見られるようになったが、それも中国沿海都市の母港建設があったからで、投資が消費を育てた。

 一帯一路のシルクロード経済圏と21世紀海上シルクロード建設でASEAN—メコン川の合作開発、大メコン地域(タイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアと中国雲南省や広西チワン族自治区、広東省南部地域)の協力、中印協力、中国とパキスタン、バングラデシュとの協力、中央アジアとの協力が進めば、人的交流、相互訪問も拡大する。その動きは、数年前から広西チワン族自治区の南寧や雲南省の昆明などで見られる。

 今年2月の春節休暇は9日、6月の端午節休暇は4日、9月の中秋節休暇も4日、10月の国慶節休暇は9日である。その他に元旦、清明節、労働節休暇もある。日本人に比べ、中国人は職場を離れて余暇を楽しむ後ろめたさは持ち合わせない。旅に出た時の消費意欲は香港や日本で立証済である。

 これらの社会風土と農村の変化を考えれば、旅行市場はまだまだ拡大する。旅行市場の成長は、一般消費市場の成長にも繋がる。中国は旅行サービス業の育成や人的教育も遅れている。だがそれは、市場の発展余地が大きいことでもある。

“90后”が消費社会を引っ張る

 中国の消費社会を考える上で忘れてはならない世代がある。“90后”世代である。“90后”とは、90年以後に生まれた世代で、急激な経済成長と共に成長した世代である。

 都会の“90后”は、都市の発展と新サービス業の出現、住宅、自動車、携帯電話、インターネットの普及と共に育った。“シックスポケット”と言われ、両親、両祖父母の厚い庇護のもとに育った新社会の申し子でもある。

 この原稿を書いている深圳のケンタッキーの店の筆者の前で、二人の小学校低学年の児童が、二人だけで朝食を食べている。一人300円を超える朝食である。

 “90后”はネットショップの消費者と仕掛け人の二つの顔を持つ。大学生はその象徴である。中国には専科を含むと2,500の大学と2,700万人を超える大学生がおり、大学生はモバイル通信企業やネット関連企業から注目される。多くの「アプリ」が大学生から生み出され、同世代の“90后”の共感を呼んでいる。

 例えば、寮から出ずに生活用品が買える「寮内コンビニエンスストア」、経済的に余裕の無い学生向けの「分割払いネットショップ」、大学生活を便利にする「授業・カリキュラム・成績情報管理」などである。それらが快適な大学生活のサービスの枠を超え「校内ビジネス」に成長し、登録者の増加で情報調査や広告宣伝の「校外ビジネス」に組み込まれる。大学がネットショップの消費者を育て社会に送り出す。大学がネットビジネス創業の実験場で、かつ戦場にもなっている。

 「校内ビジネス」は、大学生には経済的制約もあるが、強い消費欲求を持つことを物語っており、彼らがこれからの消費社会を引っ張る。

「全面二人っ子」と老人世代が消費に貢献する

 昨年10月29日の「第十八期五中全会」で「人口と計画生育法」の「単独二子政策」(夫婦のいずれかが一人っ子である場合、第二子を産むことを認める)が改定され「二人っ子」政策の全面実施が決まり、今年から始動する。二人っ子審査は出生登録制度に移行し、計画出産数を上回る子供を産んだ場合の社会扶養費負担(罰金)も改定される可能性がある。

 農村の一人っ子は少数派(筆者の試算では兄弟の平均は3人)で、影響が出るのは都市部である。人口増加には法律だけでなく、教育や医療や税制や補助金など、対策を講じるべきことも多々あるが、都市部の二人っ子家庭は増加する。

 出生の増加は、消費に影響を与える。2013年の「単独二人っ子」政策時も新生児が増加した。中国eコマース研究センターは、2013年のベビー&マタニティ―商品通販は650億元だったが、2014年に2,000億元程度に膨らんだと報告した。新生児の増加は、教育、医療、食品、玩具、自動車、通信、家電、衣料、旅行、住宅など、消費への影響は大きい。

 さらに子供や90后と対照的な老人世代の存在がある。都市老人には夫婦共に受け取る年金で老後の暮らしに余裕のある人も多い。殊に公務員は年金の支払基礎の賃金の算定が一般より恵まれているため、その面からも余裕が生まれる。そのお金がシックスポケットとして孫世代に回るが、今は自分のために使う人も増えた。ゆったりとした自由な旅行を望む老人の姿が、三亜(海南省)や西安、麗江(雲南省)、桂林、九寨溝などで目立つようになった。老人の年間の旅行日数は年々増加し、15日以上となる人も増えた。彼らの1度の国内自由旅行の平均費用は3,055元、海外は5,220元と新聞は報じている[1]

消費大国への課題

 以上に述べたように、中国の消費の捉え方には誤解も多く、既に中国は消費大国に入りつつある。また、消費が成長する条件も整いつつある。しかし、まだ二つの課題もある。

 一つは「中国製造(メイドインチャイナ)」が、海外の商品情報に身近に接する目の肥えた消費者を満足させる「モノ作り」ができるかである。

 中国は供給過剰社会と言われる。だが、これまで述べたように、中国の統計は産出に強く消費が隠れる。供給過剰はそのために誇大に伝わっている。

 13億人の市場経済である。口で言うほど需給調整は簡単ではない。さらに熱しやすい中国人気質もある。儲かると思えば過度に殺到し、頻繁に供給過剰が起きる。だが厳しい競争社会で、タイムラグはあるが供給過剰も淘汰で解消する。壊れやすい「中国製造」の問題もあり、製品の耐用年数が短く、通常より多くの設備も必要になる。さらに供給側には廃棄間近の旧式設備も多い。人件費が上がり、設備更新の投資に耐えられない企業も多く、その面でも淘汰は進む。参入数や設備台数で供給をとらえても見えないものがある。

 中国が供給過剰社会であるなら、海外購買の説明ができない。供給過剰と言うより「中国製造」が消費者ニーズを満たせていないと考えるべきだ。

 もう一つの課題は、第三次産業の成長を支えるサービスの充実が図れるかということである。そのためにインフラ整備とともに教育が重要となる。だが教育には、受け入れる人々の意識も大切で、社会風土が影響する。サービス業が育つには社会の成熟も必要である。

 計画経済時代の中国は「人が人にサービスする習慣」がなかった社会である。筆者が中国での仕事を始めた1991年には、上海ですら顧客に商品を投げて渡した百貨店や商店も多かった。

 誰もが、人より一歩先を行く社会風土は、経済成長に有利に働いた。だが、自己主張の社会は、時に相手を考え、その調和と歩む社会の対極ともなる。それが品質やサービス向上に限界をもたらす。「顧客満足」には徹底して相手を考えることが大切である。それは主張を抑え、譲るという風土からも生まれる。

 「爆買い」の背景には、「中国製造」の品質の問題や、規制による行政の独占、関税による高額となった海外商品、また偽ブランド品への不安がある。

 だがそれは、“いいもの”を求めるだけの購買行動でもない。筆者は以前に書いた本[2]で、中国人が成熟社会の価値を求めて、多数が日本に押し寄せる時代が来ると述べた。「爆買い」は成熟社会の価値を求める予備行動で、いずれもっと個性的な“私の日本旅行”へと中国人の旅行も変わる。

 年間1兆元の海外での消費。それを国内に呼び戻すには、「中国製造」とサービス業が顧客満足への意識転換が図れるかにつきる。それは社会風土の改革でもあり、非常に困難な課題でもある。

 だが、中国は30年で世界2位の経済を築いた国である。戦略と前に進むエネルギーに長けた国である。困難であるが改革も進めていくだろう。

 その一つの現れが、「双十一」(独身の日、毎年11月11日)のサービス改革である。一昨年まで「爆倉」(荷物が集中し、処理できずに配送センターに積みあがる現象)と言われる配達遅延が頻繁に起きた。また配送品の乱暴な取り扱いも問題になった。

 その反省から昨年は代収(受取人が直接、商品を受け取るのでなく、近隣の代収施設で受け取る)を取り入れ、荷物量が45%も増えたにも関わらず「爆倉」問題は改善された。さらにバーコード管理などで物流の効率化が進んだ。

 中国は物事を進めるスピードが速い。走りながら修正する社会である。風土や意識改革は難題だが、機械化、システム化、違反への罰則がその困難を補う。

 「顧客満足」の改革には遠いが、ある程度の進歩は図れる。逆に進歩が残される部分は成熟日本のチャンスでもある。中国のサービス分野への欧米投資も増えている。そのノウハウも中国は吸収するだろう。改革が進めば観光資源の豊富さやスケールは日本の比ではない。海外から中国に来る観光客も増加する。その向うには「消費大国中国」が見える。

(おわり)


[1] 南方都市報 2015年10月23日

[2] 拙著『中国市場の読み方』(2001年,明日香出版社)、同『中国が日本を救う」(2009年,長崎出版)