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【17-001】中国経済の変化と逆行する日本の中国離れ(その1)

2017年 2月10日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

見過ごされる中国の変化

 昨年の中国の経済成長率が発表された。国内総生産(GDP)は物価変動の影響を除く実質で前年比6.7%の増加だった。

 2012年は7.9%、13年は7.8%、14年が7.3%、15年が6.9%なので経済成長率の低下は明らかである。26年ぶりの低い成長率となり日本でも種々の意見があった。

 個人消費の伸び率が前年を下回り、民間投資も伸びず、国有企業の投資や政府の景気対策で支えている。6.7%の成長率も誤魔化しで実際はもっと低いとの論もあった。

 26年前と現在を比較し、成長率だけで経済の悪化の論評はできない。景気対策で経済を支えていると批判するなら、物価目標達成を何度も先送りし、浮上しない日本経済こそ辛辣に批判されねばならない。成長の中身も考えて論評すべきだが、そんな意見は少ない。

 成長率が誤魔化しと言っても、証明する材料はない。電力消費や鉄道貨物で成長率は語れない。統計に頼らず、日系企業へのアンケートで成長率を推測する人もいるが、限られたアンケートで14億人の経済を読むことも不可能である。

 だから、日本の中国経済論の多くが気分的になる。「悪化のはず」「誤魔化しのはず」という「気分」で語られる。

 気分の中国論にはこんな論もある。ある新聞に「反腐敗という名の権力闘争が続く中国」の見出しが掲載された。もし中国が腐敗を放置していれば、新聞の見出しはどうなるのか。

 何れであっても、中国は叩かれる対象であるように思える。隅々に巣食う腐敗に対処しなければ中国の未来は無い。政府中枢に腐敗があるなら放置できない。川上が浄化されてこそ川下の浄化も進む。

 先日、広東省の鍍金工場で排水処理の巡察があり、悪質な30ほどの工場が営業停止となり、逮捕者も多数出た。地方政府を飛び越え、中央からの一斉巡察の結果である。持ちつ持たれつの末端腐敗にメスが入った。これも「反腐敗」だが「権力闘争」とは言わない。

 「反腐敗」を権力闘争だけで語る言葉は安直で、「気分」の論でもある。気分で語れば、言葉は「えい、やー」で一括りにされ、それが大衆受けする。その結果、中国内部の変化が見過ごされることになる。

 環境対応への批判もそうである。先日、日本のテレビで工場の煤煙に苦しむ住民の姿が報道された。煙を噴き上げる煙突と怒る住民をクローズアップで紹介すれば、環境対策が進まない中国が日本人の心に刻まれる。だが現実には、中国の環境対策はかなり進み出している。日本以上に厳しい環境基準を実行し成果を出している市もある。年々工場への規制が強くなり、コスト負担が増加し操業停止となるケースも少なくない。一方、各地方政府の取り組み度合いの差、企業モラルの高低の差もあり、国全体が同時に動かない事実もある。問題の一面だけをとらえるのでなく、対策が進む一面も紹介しないと、日本での中国の実像への誤解はいつまでも続く。

 成長率が低下する中国経済を冷静に読めば、新しい胎動が聞こえる。それは「消費社会の激変」であるが、その裏では「日本の中国離れ」も進んでいる。今回の日中論壇はそれについて考える。

前年比10%を超えても「消費が低下」していると語る不思議

 昨年のGDP伸び率は6.7%。産業別では第1次産業が3.3%、第2次産業が6.1%、第3次産業が7.8%だった。2015年から中国のGDPの50%以上を第三次産業が占める。増加貢献率も第三次産業の比重が51.6%である。中国は投資主導経済と批判されるが、昨年の固定資産投資名義増加率は8.1%で社会消費品小売総額の名義増加率10.4%を下回る。最終消費支出のGDP増加貢献率は64.6%だった。

 国民一人の平均可処分所得は23,821元で8.4%の増加、都市住民平均可処分所得は33,616元になった。2013年の国民平均所得は18,310元なので3年で30%の増加である。

図1

 だが一方で、消費増加率は次のグラフのように低下している。

図2

 2015年の社会消費品小売総額の地域別割合は東部51.8%、中部20.0%、西部18.4%、東北9%である。東部が豊かになり、家電も家具も自動車も行きわたれば消費伸び率が低下するのは必然だが、それでも10%を超えることに着目すべきで、消費形態の変化にも目を向けるべきである。足許の日本の消費伸び率はマイナスなのに、10%以上伸びている中国を「消費が低下」していると語るのも不思議である。

図3

 上海の2005年の都市家庭一人平均消費額を100として毎年の分野別消費指数を見ると、消費社会の変化がよくわかる。都市住民の現金消費に占める交通通信支出は、2000年は8.6%だったが、ネット社会の拡大で2014年に16%に増えている。中国全都市の100家庭当たりの携帯電話保有数は223.8台である。

図4

 また、農村の消費変化にも着目すべきである。2005年の農村のパソコン保有は、百家庭あたり2.1台、携帯電話は50.2台だったが、2015年には各、25.7台と226.1台になった。

 農村の自動車保有数は、2012年以前は統計もないが、2015年には13.3台である。

大変革期にある中国の個人消費

 中国の都市住民消費は大変革期にある。EC(Eコマース、電子商取引)市場の凄まじさはこの欄でも度々述べた。

 昨年末の中国のインターネット利用者は7.3億人、普及率は約53%である。EC利用者は2.09億人でネット人口の28.5%だが、昨年の増加率は83.7%で急速に拡大している。

 グラフは中国のEC市場の購買額推移である。昨年1~9月のEC市場の購買額は約3兆5千億元(約57兆2千億円)、前年比26.1%の増加である。EC市場の実物商品購買額は全社会消費品小売総額の11.7%を占め、その影響で、郵便小包が拡大し1~9月の全国速達業務量は前年比55%の増加となった。阿里(アリババ)研究院の調査では、全国2千大学の学生一人平均電子商取引購買額は年1,100元(約18,000円)、上位985校では1,650元(約27,000円)である。大学での小包取扱いが全国小包量の6%を占めている

図5

 2015年の中国小売100強のうち百貨店や量販店などの店舗販売業の売上増加率は3.2%であるが、天猫、京東など電子商取引企業7社の増加率は56.2%だった。

 2015年度の日本のEC市場の規模は約13兆8千億円なので、中国の急拡大がわかる。

 さらに買い物でモバイル決済する人は約2億人と見られ、市場は米国をはるかに超え、昨年には円換算で200兆円を超えたと予想される。2015年の社会消費品小売総額は約500兆円なので、消費の40%でスマホ決済が利用されている。

 以前にこの欄で述べたが、都会で財布を持たずに外出する人が増え、急な小銭の必要で友人にお金を借りても、スマホ同士のやりとりで返済することも多くなった。AlipayやTencentのWeChat Payが決済市場をリードし、昨年2月にはApple Payもサービスを開始した。

 昨年のクリスマスイブの夜、上海では携帯アプリで呼ばない限りタクシーを利用することが殆ど不可能だった。中国の4G商業運用が始まったのは2013年で、今や4G契約戸数は5億戸、対象人口は13億人で、ほぼ全ての行政村をカバーして高速モバイル通信社会が着実に農村にも押し寄せている。

  海外ネットショッピング、商品代購を行う「宝宝樹」「聚美優品」「密芽」「小紅書」などのサイトも売上を急速に拡大している。その主な消費者は23歳~35歳の女性で、美容、健康、環境、安全、余暇に強い関心を示し、クロスボーダーで積極的な消費行動をして、消費生活を物品の購買からサービスや体験の消費、斬新で感動的な姿に変えている。消費において環境や安全を重視する環境産品消費者は6,500万人に達したと見られている。

拡大する旅行市場と養老市場

 電子商取引の拡大は、旅行市場に変革をもたらしている。

 昨年12月に国務院は“十三五”(第13次5カ年)期間の旅遊業発展四大目標を提示した。

 それは1)都市と農村住民旅行者数の年平均増加率を10%前後とする2)旅行総収入の年平均増加率を11%以上とする3)旅行関連の直接投資増加率を年平均14%以上とする4)2020年の旅行市場総規模を67億人、総投資額2兆元、総収入7兆元、国民経済貢献度を12%以上とする、の4点である。中国旅遊研究院の報告では、昨年上期の国内旅行者総数は22.4億人、前年比10.5%の増加、国内旅行収入は前年比13.7%増加した。今年の春節第1週の航空会社の旅客数は1,038万人で、昨年より15.2%増加している。

  中国で初めてのインターネット旅行サイト「携程」が創設されたのは1999年であるが、2015年の中国20大旅行業には「携程」「去哪儿」「同程」「景域」の4社が入っている。

図6

 インターネットは庶民の株式、債券、貴金属等の理財投資にも大きな影響を与え、ネットでの理財投資額は2013年の3,853億元から昨年には2兆6千億元に拡大し、2020年に約17兆元まで膨らむと予測されている。成長を支えているのは一般の給与所得者である。

 昨年末の中国の人口は約13億8千万人である。一人っ子政策の変更で、2016年の出生数は1,786万人で、2000年以来最高の増加となり、総人口では809万人増加した。うち都市常住人口は約7億9千万人、都市人口比率は57.3%になった。16歳以上、60歳未満の労働人口は9億747万人、総人口の65.6%である。中国の老齢化社会を問題視する意見もあるが、急速に進む生産現場の機械化や祖父母を大切にする儒教精神の社会風土、女性就業率が高く、ダブルインカムの養老年金受給などを考えると、中国の高齢化社会は経済にプラスとなる要素が多い。老年市場に期待する声も高く、2050年の市場規模は50兆元、養老産業規模は22兆元、市場は毎年10%程度成長すると予測されている。

 2015年の名目GDPに占める個人消費割合は米国が68.1%、日本が56.6%、中国は38%である。裏所得と裏消費での過少統計の問題もあるが、中国人の消費生活を見ていると、38%という数字は、消費が伸びる余地がまだまだ大きいことを意味するとも思える。

 中国経済をいつまでも「投資牽引経済で消費に問題」と一括りで見ては、急激な変化の中で拡大する市場を読み誤る。

その2へつづく)