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【17-004】ゴーストタウンのモデルと言われたオルドスのその後(その1)

2017年 7月19日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

草原に現れた康巴什新区

 先日、内モンゴル(内蒙古)自治区の鄂尓斯(オルドス)市に行った。オルドスは内モンゴル自治区の省都の呼和浩特市(フフホト)の中心から車で約3時間、内モンゴル自治区の南西に位置し、南は陝西省、寧夏回族自治区に接する。北京から高速道路でおよそ700㎞の距離である。

 オルドスは総面積が86,882㎢(市街地面積は269.37㎢)で九州の約2.1倍、北海道の1.04倍の面積、内モンゴル自治区では人口は6番目の都市、地区生産総額ではトップの都市である。地区生産総額の産業別比率は第一次産業2.34%、第二次産業56.79%、第三次産業40.87%で主な産物は石炭、天然ガス、カオリン(白陶土)、カシミヤなどで、石炭の調査済埋蔵量は2,017億㌧で内モンゴルの2分の1、全国の6分の1を占め、予想埋蔵量は1兆㌧とも言われる。天然ガスは埋蔵量4.4兆㎥で全国の3分の1の埋蔵量である。またカシミヤの年産量は1,500㌧で全国の生産量の3分の1、世界の4分の1、良質のカシミヤの生産地で、世界のカシミヤ産業の中心でもある。

 さらにオルドスの風力エネルギー効率密度は150~200w/㎡、大規模風力発電基地で、また太陽光発電でも知られる。観光では蒙古源流文化観光施設も多く、草原、砂漠の雄大な観光資源に恵まれ、市域には国家5A級の旅遊景区が2か所、4A級景区が27カ所ある。経済的には近年、脱石炭経済を目指し、天然ガス、新エネルギー、電子生産装備への投資に力を入れている。クラウド(コンピュ-ティング)関連のデータセンターなどが入るオルドス東勝雲計算産業園もあり、その関連投資や自動運転技術センターも計画されている。

 オルドス市の中心は市東部の東勝区であるが、市は東勝区から30㎞ほどの草原に康巴什(Kangbashi)新区を建設した。草原に突如現れたビル群は2010年に米タイム誌がゴーストタウン(中国では鬼城)の象徴として取り上げ、その記事を元に日本でも砂漠に現れたゴーストタウンのモデルと紹介され、同時に中国バブル崩壊が語られた。現在でも建設途上のオフィスビルやアパートが工事を中止してコンクリートのまま残されている。

図1

 オルドスの“黄金の10年”

 オルドスを含む内モンゴル自治区の6都市と陝西省の楡林市は呼包鄂楡城市(都市)群と呼ぶ。呼包鄂楡都市群と北京、天津と河北省の8都市を加えた京津冀都市群と上海と浙江省、江蘇省の15都市の長三角都市群を比較したのが次の表である。総人口では1.14%、地区生産総額(GDP)では2.24%の呼包鄂楡都市群が一人平均GDPでは長三角都市群に並び、就業者平均賃金、都市住民平均可処分所得では京津冀都市群を超えている。

 内モンゴルは鉱山資源に恵まれ経済的には豊かな地域でもある。

2014年都市群の比較
*呼包鄂楡都市群とは内蒙古自治区(フフホト、包頭、オルドス、烏蘭察布、巴彦淖尓、烏海)と陜西省(楡林)
項目 呼包鄂楡都市群 京津冀都市群 長三角都市群
一人平均GDP額(元) 102,862 67,769 107,653
一人平均財政収入額(元) 8,825 10,625 12,814
就業者平均賃金(元) 54,168 54,352 64,129
都市住民一人平均可処分所得(元) 30,253 27,441 40,499
農村住民一人平均収入(元) 11,732 11,637 19,907
中国総人口に占める割合(%) 1.14 6.50 7.18
中国GDPに占める割合(%) 2.34 8.80 15.45
2016中国都市群発展報告      

 その内モンゴルの中で最も豊かな都市がオルドスである。

図2

 石炭ブームに支えられた2012年までの10年間はオルドスの“黄金の10年”と言われた。

 トン当たり400元の高kcalの石炭価格がピークには1,000元近くになり、原炭産出量は急速に拡大し、オルドスは、2005年に山西省の大同市を超え中国トップの石炭都市になった。

 グラフはオルドスの地区生産総額(GDP)成長率の推移であるが2011年までの10年近くは中国の全都市で1~2位の高い成長を続けて“黒金”(石炭)が経済を支えた。2009年までの5年間のGDPの年平均伸び率は35.4%である。

図3

 2009年のオルドスの一人平均地区生産額(GDP)は134,400元、北京が70,452元、上海が78,989元で、オルドスは直轄市を含む全国の都市でトップである。2004年度の一人平均GDPはオルドスが23,500元、北京が37,058元、上海が55,307元なので、その急成長ぶりがわかる。

 豊かな資源は市の財政を豊かにした。2012年の住民一人平均地方財政収入は24,689元。

 同期の上海は26,327元、天津は17,721元、広州市は13,406元で、オルドスは上海にほぼ並んでいる。地方財政収入には税収と非税収入があるが、2015年の上海市の財政収入に占める非税収入割合は11.98%、オルドスは33.18%で税収以外の事業性収入や土地資産等の有償使用収入、経営性収入が高い。税収でも石炭販売に伴う増値税収入や地方税収入が大きい。2008年の石炭のGDP貢献率は60%、地方財政貢献率は50%を超えていた。

 次のグラフはオルドスの財政予算収入の推移と毎年の伸び率である。2014年から土地収入による土地財政が終了したことが読み取れる。

図4

銭の都は鉄筋とセメントの街に変わった

 豊かな財政を背景にオルドスは2004年に康巴什新区建設に着手した。市の開発計画では康巴什新区を100万人都市にする予定だった。オルドス市の中心は東勝区でその旧市街地は20㎢ある。市は康巴什新区に先駆けて鉄西地区を開発し、続けて康巴什新区の建設を始めた。2004年のオルドスの戸籍人口は136.87万人、常住人口は154.49万人、新区建設が進んだ2009年末の戸籍人口は149.48万人、常住人口は187.82万人である。2009年の市街区の人口密度は上海が2,583人/㎢に対し、オルドスは100人/㎢である。市街地が拡大した2015年の人口密度は23.54人/㎢となった。鉄西新区もあり人口密度を見た場合、康巴什新区建設の必要性は乏しい。

 次のグラフはオルドスの住宅とオフィス、商業施設の着工面積の推移である。

図5

 2009年の常住人口、187.82万人を1所帯の平均家族数3人で割れば、家庭数は62.6万戸。一方、2008年~2012年の5年間の住宅着工面積は3,716万㎡である。1戸平均100㎡で計算すれば、5年で約37万戸の住宅建設が始まった。市の全家庭の60%近い需要を満たす数である。石炭で潤った市民が複数住宅を取得しても数は限られる。またオルドスは北京から700㎞離れ、沿海部のように住宅投資が殺到することもない。

 多くの投資家が読みを誤り、そこに石炭不況で多くの工事が止まり、ゴーストタウン(鬼城)が出現した。新区の工事は住宅や商業施設だけではない。市の投資には高速道路や橋、複数の変電所や工業団地の建設もある。その投資総額は数千億元になった。

 なぜ無謀とも思える新区開発に突き進んだのかは後に述べるが、多くの民間企業や個人も石炭と不動産に投資を行い、石炭で稼いだ資金が不動産にながれた。石炭バブルの資金、豊かな財政資金、銀行貸付、高利貸付業者への理財資金が新区建設と不動産に殺到した。

 だが石炭不況で、2012年8月には全市の炭鉱数306のうち、正常生産を続ける炭鉱は101となった。2014年5月の5,500kcalの原炭価格はトン当たり534元に落ち、増加を続けた石炭産出量も以下のグラフのように低下する。

図6

 土地売却収入はピークより8割減り、炭鉱交易価格も下落して税収は低下、土地使用収入や石炭販売の増値税収入、地方税収入、地方が受け取る石炭調節基金、土地増値税や所得税は減少して財政収入は2014年に大幅に下落した。

 石炭ブームの時、大手石炭企業は石炭運搬の鉄道建設など活発な投資を進めたが、その計画も中断する。高速道路を走るトラックも減少した。多くの石炭企業は銀行融資が限られ、開発資金を民間の小貸公司(小規模金融会社)の高利融資でまかなった。2012年末には全国の小貸公司は6,080社あり、内モンゴルは江蘇省、安徽省に次いで小貸公司が多く全国の7.4%を占めていた。それらの要素も重なり問題が加速した。

 石炭不況は企業の破産で資金の貸し手の市民を巻き込み、借金で住宅に投資した市民は苦境に陥る。倒産や資本の引き揚げで多くの建物が建設中止となり“銭の都は鉄筋とセメントの街”になった。

 政府報告では2012年第1四半期の不動産の販売面積は93%減少、2012年の5月までの不動産投資額は50%減少、後半には建設中の工事の70%が停止か半停止状態になった。

 住宅価格は4割ほど下落し、銀行は不動産貸付を停止した。融資平台(プラットホーム)である複数の政府開発会社も多額の負債を抱えた。城投債発行で2009年以後の数年で100億元を調達した会社、3年で135億元の負債が増加した会社もあった。以上が康巴什新区の建設からゴーストタウン出現に至る経過である。

ゴーストタウンを語るには冷静さと多面的考察が必要

 2013年、中国政府は、12省の重点都市で55の新区計画があると報告した。

 多くの地方政府が土地を担保に資金を集めて新区建設を進めた。

 2012年末の全国地方債務残高は19.27兆元で、その半分以上が土地を担保や保証の借入だった。しかし多額の地方債務も、問題があるとは言え成長が続く中国では、経済に深刻な打撃を与えることにはならない。その理由は日中論壇の影の銀行 の記述をお読みいただきたい。ましてゴーストタウンを経済破綻に結びつけるのは短絡的である。

 ゴーストタウンを語るには、そこに至る経緯や都市の経済環境などの多面的な考察と時間をかけた都市観察も必要である。多くのゴーストタウンと呼ばれた街も、その姿は刻々と変化している。

 ゴーストタウンの指摘の多くは幽霊建物にだけ目が向き、長期的に中国を捉える冷静さに欠ける。

 ゴーストタウンに見えるのは中国経済の破綻ではなく“地方の面子”“無秩序な投資”“熱しやすい中国人気質”である。コンクリートのまま放置されても、担保物件の値上がりを待つ銀行もある。建物内部の工事が無く、余裕のある投資家は平然としている。7%近い経済成長が続くなら一時の損より値上がり益が大きい。

 熱が冷めたとは言え、石炭経済は消滅しない。オルドスの資源を渤海湾まで運ぶ時速160㎞の列車は今年の7月に運行予定である。

 オルドスには天然ガス、風力資源、希土類がある。世界の鉱産物147種類のうち120以上が内モンゴルにあるとも言われる。オルドスの価値がゴーストタウンで低下することは考えられない。

 さらにオルドスの地勢的意義も考えねばならない。オルドスは北京から新疆、西蔵への線上にあり、京蔵高速が通り京新高速もすぐそばを通る。新疆も西蔵も政治的に重要な地域である。新疆ウィグル自治区の書記は4直轄市の書記と共に政治局委員の定席である。オルドスは北京からこれらの地域に入る玄関口に位置する。

 内モンゴルの三つの主要都市「呼和浩特」「包頭」「オルドス」を「金三角」と呼ぶ。「金三角」のGDPは内モンゴルの51%である。内モンゴルの面子は康巴什をゴーストタウンのまま放置できない。また内モンゴル自治区の信用評価は高く、呼包鄂楡城市群の経済的実力も高い。

 地方債務が問題になった時の地方政府信用評価では、直轄市を含む30省・市で内モンゴルの評価は上位の9位だった。(中国地方政府信用評級模型研究、2009年報告)ちなみにトップは上海、2位は広東省であった。内モンゴルは過剰債務が問題の省でもない。

 オルドスは北京から新疆、欧州への「一帯一路」の途上にある。新疆はその中核都市である。「金三角」の包頭からオルドスを通り海南島までの高鉄計画もある。「金三角」と烏蘭察布を結ぶ呼包鄂集準高鉄は既に開通して近い将来、北京から張家口、呼和浩特、オルドスに至る高鉄も開通する。

 玄関が乱れては奥の成長、安定は望めない。そのため中央政府もオルドスへの投資を増やす。中国石油化工集団はオルドス煤化一体化プロジェクトを進め、天然ガス探索と開発を進める。国家電網は希土新材料基地、総合エネルギー基地計画を推進する。石炭化学工業循環基地としてコールタール製錬、石炭メタノール、天然ガス転化も計画されている。また農畜産製品の加工企業の育成や中国が力を入れる有機肥料生産投資も進むだろう。

その2へつづく)

参考文献