中国の日本人研究者便り
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【18-02】上海から見た中国のサイエンスの現状

2018年12月6日

河野洋治

河野 洋治: 中国科学院 Shanghai Center for Plant Stress Biology・ジュニアグループリ-ダー

略歴

山口県出身。2001年奈良先端学技術大学院大学博士後期課程修了後、名古屋大学、獨協医科大学、奈良先端科学技術大学院大学を経て、2015年より現職。植物をデザインすることを目指している。

1 中国で研究活動をすることになったきっかけは?

 私は、2014年まで奈良先端科学技術大学院大学の故島本功教授のもとで、助教をしていました。そろそろ独立してもよい年齢だと思い、独立ポジションを探し始めました。「世界中の研究所や大学の公募に出したらどうなるのだろう?」という素朴な興味から、海外の研究所にも応募を始めました。現所属である、中国科学院 Shanghai Center for Plant Stress Biology(上海センター)は、2つ目に応募した海外の研究所でした。

2 ご自身の研究テーマ、所属する研究室の基本情報など。

 私は、最重要作物であるイネの細胞内で起こるシグナル伝達機構に興味があり、植物の免疫機構を中心に解析を行ってきました。植物は、内在性ペプチドや生理活性物質を利用して、ストレス耐性、細胞の増殖、気候の開閉、根の伸長、免疫、発生などの様々な機能を制御しています。私達は、機能がほとんど明らかになっていない内在性ペプチドや生理活性物質の役割を明らかにすることで、植物の様々な現象のメカニズムを解明したいと考えています。最終的には、得られた内在性ペプチドや生理活性物質の情報を利用して、「植物を自由自在にデザインしたい」と考えています。

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研究室の風景

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定期発表会の後のディナー

3 大学で特筆すべき設備や支援制度があれば教えてください。

 私の所属する中国科学院は、日本の理化学研究所のような組織で、中国各地に約100カ所、約6万人が働いており、上海センターは、良くオーガナイズされており、ファカルティーミーティングは基本的に英語で行われます。上海センターの良い点としては、高度な解析機器を持つ4つの研究室(バイオイメージング、プロテオミクス、ゲノミクス、バイオインフォマティクス)が存在し、各研究室に高度な技術を持った研究者がおり、私達の研究をサポートしてくれます。解析を依頼すると、論文に投稿できるように解析して出力してくれます。このシステムにより、効率的に研究を進めることができます。是非、このシステムを日本でも採用してほしいと思っています。私が所属していた奈良先端大では、平成26年度まで植物グローバル教育プロジェクトで、学内外の研究者の高度な機器解析のサポートを行っていました。非常に良いシステムだったのですが、プロジェクトの終了に伴いそのサポートもなくなりました。関東や関西等の地方単位で高度な機器解析を依頼できる施設があれば、より効率的に研究を進めることができると思います。

4 日本と中国の研究環境の違いについて。

 上海に異動する前は、いろいろと不便な点があるのではないかと覚悟していたのですが、幸いなことにそれは杞憂に終わりました。手に入れることができない試薬や入手に時間のかかる機器なども若干ありますが、サイエンスの部分ではほぼ日本と同等な環境を作ることができました。

 中国の研究費のシステムは、日本のシステムに類似しており、5つの予算のソースに分類できます。1)自由な発想に基づく研究をサポートする中国版科学研究費、国家自然科学基金委員会(NSFC)からは、日本の科研費のように若手や基盤研究程度の予算が配分されます。英語での申請が可能で、同時に最大3つまで持つことができ、私もNSFCを2つ受領しています。2) 国家科技管理信息系統公共服務平台(MOST)は、中国版CRESTで、ミッションが明確に決まっており、グループ研究で年間約数億円の予算規模となります。達成すべき論文の数や、良い系統のイネを作製する場合は、その数などが明確に決められています。また、3)中国国内の約250カ所が国家重点実験室(State Key Laboratory)に指定されており、年間数億円の予算がもらえます。State Key Laboratoryは、学科単位ぐらいで採択されるので、一つの大学が複数のState Key Laboratoryに指定されていることも珍しくありません。私の知人の話では、4) 省(県)からも研究予算が配分されるそうです。また、5) 大学や研究所からのサポートもあります。

5 中国での研究活動を考えている研究者にアドバイスを。

 私の個人的な感想として、日本人研究者のキャリアパスとして、中国で研究を行うという選択肢をもっと考慮しても良いと思っています。著名な中国人研究者が千人計画で、欧米から中国に帰国していることからもわかるように、中国で研究を行う土壌が整ってきています。

同じアジア圏なので文化的な類似点も多く、困惑することは少ないかと思います。やはり、日本人の最大のアドバンテージは、漢字が読めることです。この点においては、日本人が中国で研究をするのに最も適していると言えるでしょう。また、一方で気をつけなければならない点も有ります。中国の発展は非常に急速で、1960年代から現代の日本で見られたような様々な場面が、現在の中国には混在しています。急速な発展に、健康保険などの社会システムが追いついていない部分もあり、それらの改善が今後の中国社会の課題だと思います。

6 その他、ぜひ伝えたいテーマがあれば、ご記載ください。

 現在、50-60歳代の中国の著名な研究者の中には、日本に留学経験のある方が多くいます。しかしながら、30-40歳代になるとその数は激減し、ほとんどが欧米での留学経験者です。将来、日本と中国の結びつきが希薄化するのではないかと危惧しています。現在、Nature Publishing GroupやCold Spring Harbor Laboratoryなどの大きな支所が中国に置かれるなど、アジアの中で中国の存在感が増しています。今後、日本と中国が協調してアジアのサイエンスを牽引することが求められており、継続的な日中の双方向の交流が非常に大切になっていくと思います。特に、日本に留学する中国学生の多くは、日本に何かしらの魅力を感じて来ているのだと思います。是非、皆さんの身近にいる海外からの留学生が日本の大ファンとなるように、また、研究成果が出るようにサポートして頂けたら、将来、日本の研究の発展に大きく貢献すると思います。

 科学技術振興機構の北京事務所の多大なご助力により、在中日本人研究者の会(http://www.sti-lab.org/japan.html)を立ち上げました。中国においても日本人研究者がPIや研究員として勤務することが増えてきました。そのような人たちが円滑に研究をスタートできるようにサポートすること、分野、専門、出身や年齢などに関係なく情報交換できる場となることを目指しています。現在、東は上海、西はミャンマーとラオスの国境近くの雲南省のシーサンパンナまで約60名の会員がいます。物理的な距離が大きく離れているため、直接顔を合わせて活動をすることは難しいですが、メーリングリストやWechat(中国版line)を使いながら、緩やかに結びついています。また、在中日本人研究者の会は、在中研究者のサポートだけでなく、日中の架け橋となることも目的としています。中国の研究に関して不明な点や問題などありましたら、研究者の会としてサポートできると思います。

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研究室のメンバーの集合写真