【18-03】北京交通大学と重慶大学で風工学の教育、研究に従事して
2018年12月11日
田村幸雄: 重慶大学土木工程学院・教授、東京工芸大学名誉教授
略歴
1971年早稲田大学修士修了。MUSA研究所を経て1983年より東京工芸大学で風工学の教育、研究に従事。現在、重慶大学土木工程学院・教授、東京工芸大学風工学研究拠点・名誉センター長兼Pコーディネータ。
中国で教育、研究に従事することになったきっかけは、JST-NSFC研究交流「風の影響を受けやすい社会基盤の風災害リスク低減戦略」(2010年1月~2012年12月)です。この日中研究交流の後、中国側の一員であった北京交通大学の楊慶山教授から熱心な依頼があり、国家特聘専家(千人計画)のプログラムのもと、2014年9月から3年間、北京交通大学・土木建築工程学院・教授として赴任しました。2017年9月からは重慶大学・土木工程学院に移り、教授として勤務しています。北京交通大学でも契約が継続しており、東京工芸大学を入れて3つの大学のオフィスを行き来しています。月の半分の2週間強が中国、1週間が日本、残りが他の国という状況です。重慶に移ったのは、北京交通大学でのホスト役であった楊慶山教授が、2017年2月に突然、重慶大学・土木工程学院・院長として移り、彼と重慶大学の学長から、強いお誘いを受けたからです。北京は東京から3時間で、行き来の多い私にとっては好都合であったのですが・・・、重慶は北京からさらに3時間を要し、いささか大変です。北京交通大学、重慶大学の先生、学生、秘書、事務関係の方々がとても親切で、快適な研究・生活環境を提供して下さっており、中国に来てすぐに「永住権」も頂戴しました。
中国での私の主な役割は、スーパー超高層建築物や大スパン屋根など各種構造物の耐風設計法や強風災害低減に関連する研究と博士課程学生の指導です。北京交通大学で指導していた博士課程の学生のうち未だ4名が学位取得のための研究を続けており、重慶大学でも新しく3名の博士課程の学生と1名の修士課程の学生がつき、現在、計8名の学生を直接指導しています。
風洞施設などは日本より遙かに大型のものが沢山できており、研究施設面では以前から日本を追い越していますが、測定器などの周辺機器等はやや不十分で、指導者側もまだ若く、知識、経験が追いついておりません。研究の質、施設の適切かつ効率的運用等の面では、日本の方が進んでいるというのが正直な感想です。一方、日本の超高層建築物は高さがせいぜい300mですが、中国では500m、600mの"スーパー超高層建築物"が建てられており、自立型鉄塔である東京スカイツリー並の"ビル"が多く建設されています。スーパー超高層建築物に関連する建設技術、現場管理技術の進歩は、ここ中国で著しいものがあり、日本には無い建設手法やノウハウの蓄積が進んでいます。少し前までは、日本が指導できる面も多かったのですが、今や逆転です。
東京スカイツリー 高さ634m
平安国際金融中心 高さ600m(深圳)
北京交通大学では、"大型境界層風洞"、"中型境界層風洞"、"竜巻シミュレータ"、"ダウンバーストシミュレータ"などの施設をはじめ、PIVなどの計測システムも整い、ハード面では東京工芸大学・風工学研究拠点と遜色ない環境ができ上がりました。重慶大学でも新しい風洞建設に向けて国への予算申請がなされ、つい最近、日本円換算で17億円の予算獲得が決定したとの朗報を得ました。来年、さらにほぼ同額の申請をし、4年後には"超大型アクティブマルティファン風洞"が完成する予定です。通常の研究費も日本よりかなり潤沢で、私もPIとして4件、CIとして4件の各種研究資金を頂いています。我々の分野でのNSFCの科学研究費の採択率は日本と同程度の15%で、 基盤1,500万円(4年)、重点3,500万円(4年)が基本です。他にも大きなプロジェクト募集が種々有ります。若手350万円(2年)は、一度は必ず当たるとのことでした。
建設中の小風洞(重慶大学)
北京交通大学でも大学院生に講義をしましたが、重慶大学でも「Structural Wind Engineering」(100分16回)の講義をします。全寮制ということもあるのか、中国の大学生はよく勉強するという印象で、夜の11時頃にアパートまで質問に来られたことがあります。ここで、3年間過ごした北京交通大学を例にとって学生たちの様子を紹介します。全校の学生数は学部14,200人、修士7,900人、博士2,800人と中規模ですが、土木建築工程学院には、学部1,420人、修士950人、 博士520人もの学生が居ります。年間の学費は学部8万円、修士13万円、博士16万円ですが、特に大学院生の多くは奨学金を貰っており、十分に賄えているようです。寮費は年間1.5万円と格安です。大学院生には、月々、修士1万円、博士2.5万円の給与が大学から支給され、さらに研究グループからも修士1万円、博士1.5万円が支給されております。また、修士を含めて大半の大学院生に1、2年程度の海外留学の機会が与えられていますが、その資金源としては、China Scholarship Council(CSC)による国費の他に、大学および研究グループからの留学生奨学金があります。希望する学生たちはCSCに先ず応募しますが、最悪でも、研究グループからの支給による留学が可能です。私の居るグループは、風洞実験で実プロジェクトを沢山やっていますので資金が極めて潤沢で、米国、カナダ、オーストラリア、日本、イタリアなどの大学に、常時4人程度の学生が1年、2年の単位で派遣され、共同研究をしたり、研究指導を受けたりしています。ちなみに、中国全体の18才人口は2,300 万人で日本の約20倍、うち770万人が大学へ進学しています。
風洞実験の様子(北京交通大学)
北京交通大学では新幹線の運行システムや鉄道土木の研究も盛んですが、毎年、20名程度の学生をアフリカなどの途上国から博士課程に入学させ、鉄道分野で学位を取得させて母国に戻すというプログラムが有ります。相当な経費がかかるものと思いますが、彼らが母国に帰り、将来、鉄道や新幹線建設に携わるようになったときに中国のシステムや方式が採択されるならば、十分に投資の価値ありとの判断でしょう。
ご承知のとおり、中国自体も広大な国土を持ち、住宅、道路、鉄道、橋梁、飛行場、各種ライフラインなどの社会インフラの整備は、効率的な経済活動や社会の一様な発展の上での急務です。自然災害による莫大な経済的ロス(世界第2位)の低減などの課題も抱えており、優秀な建設技術者・研究者の養成がまだまだ必要のようで、多額の資金がこの分野の教育、研究に費やされており、この道への志願者も多いようです。
科学技術の研究や高等教育は、国の将来にとって極めて重大な意味を持ちますが、先を見据えた教育、研究への国の方針、国の情熱に、日本と中国では大きな差があり、彼我の将来の違いも歴然のようで、ぞっとするものが有ります。ところで、科学技術の研究に国境はないというのはやや書生論の感もありますが、自分が最も人類社会に貢献できる道を見つけることこそが肝要で、場所を問う必要はないと考えています。地理的枠組みを超えた活躍は、従来の枠にとらわれない発想や個人力の鍛錬にも繋がるようにも思います。若い方々が、活動の場を大いに広げられることを期待します。
最後に、重ねて申し上げますが、中国での教育、研究を4年半も続けて来られたのは、中国の友人たちの熱心で親切な支えが有ったからこそです。今後、世界をリードできるグローバルな人材を育てるということで、いささかでも恩返しができればと考えております。