【19-01】武漢理工大学での研究生活
2019年1月8日
後藤 孝: 武漢理工大学・招聘教授
略歴
山形県出身。1977年東北大学大学院修士課程修了後、東北大学金属材料研究所でセラミックス材料の研究・開発に携わる。同所、助手、助教授、教授を経て、2018年定年退職。
1980年代、中国の改革開放の一環として、多くの留学生が日本に派遣されました。私達の研究室にも、初めての留学生として、陳立東(現中国科学院上海珪酸塩研究所教授、前副所長)が、その後、張聯盟(現武漢理工大学教授、前副学長、中国工程院院士)がきたのですが、これら2名をきっかけに、以来30年以上に亘って、毎年2~3名の学生や若手の研究者がくるようになりました。昨年、私は東北大学を定年になったのですが、これまで70名以上の方々が中国からきています。その多くは、武漢理工大学からの学生や研究者だったこともあり、また、この間、約30年間に亘って、武漢理工大学で客員教授として、毎年2~3回、講演や講義などをしてきたこともあり、定年を機会に、これまで以上に中国にこないかという誘いを受け、現在、中国武漢理工大学で研究・教育を続けております。私が現在所属している武漢理工大学新材料研究所では、教職員の多くが、私の研究室の卒業生や研究生なので、古くから知っており、日本語もよく通じ、実験装置なども、私の研究室にあったものを色々改作したものがあるので(写真1)、研究環境は日本とほとんど変わりません。むしろ最新鋭の機器も多くあり、日本以上の研究環境といってもよいほどです。研究の他に講義 (写真2)、学生の指導 (写真3)、学位審査などもしています。
(写真1)
(写真2)
(写真3)
私の中国での研究テーマは、日本のときと同じで、新セラミックス材料の探索と開発です。武漢理工大学の新材料研究所は、先進材料創製・プロセス国家重点研究室(State Key Laboratory of Advanced Technology for Materials Synthesis and Processing)に指定され、材料科学の分野では、中国でのランキングがトップになっています。中国には、300カ所ほどの学科国家重点実験室があるとのことですが、私が訪問した国家重点研究室は、ほとんどが日本と同等かそれ以上の研究環境であり、特に中国科学院の国家重点研究室は、研究資金も豊富で、研究人員・設備ともはるかに優れた研究環境にあり、外国からの研究者も多数見かけます。材料科学分野の研究論文数は中国全体では日本の4倍以上になっており、日本を圧倒している状況になってしまいました。中国では、以前は、国産の研究用機器の性能が十分ではなく、主に、欧米や日本製の機器を用いて研究を行うのが一般的でしたが、最近は、中国の国内の装置メーカーのレベルが向上し、特別な装置を作製してくれる会社も多くなりました。それらの装置は日本の約1/3以下の値段で購入できるのがほとんどです。以前は、装置メーカーは瀋陽や深圳など一部の限られた所にしかないようでしたが、今は武漢近郊でも比較的容易に装置の設計・作製ができる会社があります。また、中国では高速鉄道や飛行機での移動が容易で、運賃も1/3以下ですので、遠くても問題はありません。特に武漢は中国のほぼ中央に位置しているため、どこに行くのもとても便利です。独創的な研究を行うためには、独創的な装置を製造することがとても重要です。近年の中国の装置メーカーの発展や、インターネット通信販売の普及で、実験用機器や原材料を短時間で入手できるのは、大変ありがたいことです。
日本と中国の研究環境の大きな違いの一つに、中国では研究の評価が厳しく、研究予算と直結していることにあります。数年ごとに国家重点研究室や大学の評価があります。評価は論文数、引用数、受賞数などで、日本とほぼ同様ですが、評価結果によって研究予算は大きく変化します。研究予算は、国家重点研究室であれば、普通の日本の大学の研究室よりは多いようです。修士・博士の学生の卒業には、大学によって多少違いはありますが、国際的に認められたSCI (Science Citation Index) に登録されているジャーナルに研究論文が数報掲載されることが必須になります。そのため、学生は必死で研究論文を書きますし、中には書けなくて退学になる学生もいるようです。学生も、日本よりは、厳しい環境にあります。学生はほとんどが学内の宿舎に暮らしていますので、夜の10時過ぎでも研究室に残っているのは普通です。朝は8時ごろから登校します。学生の生活費や授業料はほとんど教授から奨学金として支給されることから、学生は勤勉で教授のいうことはよく聞きます。日本では、授業料・生活費は親か自分の努力によることが多いので、中国での教授と学生の関係は日本とは異なります。中国では3食、学内の食堂で格安の値段で食事をすることができます。1食 10~15人民元(160~240円)です。中国の物価は、食費、交通費(飛行機、鉄道、タクシーなど)は日本の1/3程度で、日用雑貨品は日本の方が安いものがありますが、概して物価は安く、住みやすい環境です。中国では、学生は大変熱心で、研究予算を心配する必要もなく、外国人にはほとんど会議がないことなど、研究生活は快適です。
中国は年々変化していますが、特に最近の数年は著しいものがあります。色々な分野で電子化が進み、郊外に行くときも、行き先の食堂の昼食の予約や、名所・旧跡の拝観料の支払いもインターネットで先に済ませたりします。タクシーの呼び出しや、通常の買い物はほとんどがスマートフォンで足りてしまいます。中国の都市部には近代的なモール街や超高層ビルが建ち並んで圧倒されます。環境問題も年々改善され、今はどこも空は空色です。日本の学生、研究者が中国で暮らすのは、何も問題がないと思います。これまで、多くの中国の学生や研究者が日本に留学して、成功した人が多いことから、日本に留学を希望する学生も多く、日本への留学の案内の掲示も大学内でよく目にします。私が受け入れた留学生はほぼ全員が中国国家建設高水平大学派遣計画の学生でしたが、今は一人っ子政策の影響もあり裕福な家庭の学生が多く、私費で日本に留学を希望する学生も増えてきました。また、現在中国にはアフリカや中南米諸国からの留学生を多く見かけます。日本からの留学生も見られるようになりました。相互に交流が進み、これからもっと日本からの留学生が増加してほしいと思います。言葉は、少なくとも私の周囲の人は日本語を話すので問題はないのですが、それ以外は英語でも問題はありません。中国では、小学校から英語を教育するようになるとのこと、これから、ますます中国での生活が容易になると思います。中国は学生や若い研究者の留学先としてもお勧めしたいと思います。
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