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【19-05】中国の地方大学を起点とした日中協同による環境戦略

2019年2月19日

井芹寧

井芹寧(いせり やすし):
温州大学 生命及び環境科学学院 特聘教授

略歴

福岡県出身:1981年愛媛大学大学院修了後,環境コンサルタントの西日本技術開発株式会社に入社,2005年 社会人Doctorとして九州大学大学院で博士学位(海洋システム工学)取得,定年退職後2017年より現職。研究分野は水圏環境共生学

1. 中国で研究活動をすることになったきっかけ

 私の研究者人生には人の輪を通じた二つのステップがあります。第一に環境コンサル業界で研究を主体に取組んでこられたこと,第二に大学から中国の水質保全に取組む機会を得たことです。

 私を中国での研究活動に導いた数々のきっかけは,45年前から川の流れのように繋がっています。源は卒論テーマに悩んでいる時の,愛媛大学 故伊藤猛夫先生とのダム湖岸での赤潮に関する会話であり,修士課程時に恩師の同大学 故香川尚德先生に提案するために研究ノートに記した藻類抑制フェンスの絵です。この二つが源流として私の流れ方向を定め現在に至っています。一昨年の中国政府レポートの中にも,当時の絵を基本とした提案が描かれています。また,社会人となった後は,学位取得を薦め,営利的マイナスになる研究体制を守っていただいた上司,私の技術の国への橋渡しをしていただいた埼玉大学浅枝隆先生,会社を訪れ経営者に直談判していただいた元九州大学楠田哲也先生,博士課程における恩師の元九州大学小松利光先生,これらの方々の導きがなければ,研究開発を続けることはできなかったと思います。さらに,人生の流れとして山地渓流から平地扇状地に広がる発展の時期において,九州大学久場隆広先生から中国の水環境保全に参加する機会をいただいたことにより,方向性が決定的となりました。その場で温州大学の日本視察のCoordinatorを担ったことで,今の特聘教授としての私があります。視察対応の各過程が採用試験のようなものだったのかもしれません。今でも,人生の流れを導いていただいた方々に感謝が絶えません。若い研究者の方には,人との出会いを大切にして,時間的にわずかな出会いでも,意識して関係の軸糸を紡ぐように意識を持っていただきたいと思います。

2. 研究テーマ,所属する研究室の基本状況など

 研究室は0からのスタートで,研究内容は大学から任されています。教官2名,院生5名と一緒に試行錯誤で,実験設備の組み立てから始めています。大学からの基本資金や,政府の科研費,企業からの委託金等,5,000万(日本)円程度が初期資金となっています。研究テーマは1) 水域生態系の物質循環を健全化するシステム開発。2) 環境条件と生体内ストレス物質の関連性を指標とした水域生態修復。3)Cyanobacteriaの寄生生物等を活用したBloomの制御。がメインです。自然界への技術適用として,土着の環境浄化微生物群を活性化させる方式を検討しています。新規考案設備は日中の技術を融合させ組み立てています。これまで20件ほどの特許申請と,実用新案を創出できました。申請時には将来の共同研究を見据えて,日本の研究者の方も発明者として申請するよう心がけています。

 日中の研究者の相互連携を構築することも目的となっており,佐賀大学とは協定を結び,学生交流もスタートしました。他の日本の4大学とも共同研究をめざしているところです。更に,具体的な日中共同研究への推進を目的に,温州大学へ招聘した,もしくは招聘計画中の日本の研究者は10名に達しています。これらの成果は,過去出会った研究者の方々との相互信頼が基盤となっています。中国国内でも人のネットワークで,温州市政府,太湖管理局及び巣湖研究院等で講演をする機会も得られ,中国側の政府機関から日本の研究機関との仲立ちを,直接依頼されるようになりました。

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温州市水利局での報告会

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温州大学・温州市政府・日本企業合同水質浄化試験

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温州大学学院院生日本環境技術視察の引率(太平環境科学センターにて)

3. 大学の特筆すべき設備や支援制度

 私が所属する学院では河川流域の水質保全管理と有用藻類の生産基地として政府から認定を受け,実用・社会実装の活動が始まったとところです。特に,水質保全施設として分散型の汚水処理や異常発生藻類等の制御に関して最新の技術を有しています。大学の成果としては研究段階の設備で終わりやすい日本と異なるところは,これらの設備が既に実用化レベルで稼働していることです。

 教官としての基本給与は,日本と比較して低額といわざるをえませんが,成果評価による報奨金制度が有り,SCI論文,特許,Project採択等に対して報奨金が出ます。大型Project採択に対しては,温州市政府からも助成金が加算されます。

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研究室院生と現地水質調査

4. 日本と中国の研究環境の違いについて

 近年の日本の大学では事務処理に忙殺される状況が研究力を衰退させていますが,こちらでは,大学からの事務的なサポートに関して,日本では考えられないぐらい実質的で,私の研究の後押しとなっています。また,中国での研究効率化の支えの一つとしてSNSの存在があります。役所や大学の事務連絡,学会の連絡,各種委員会の連絡等がWeChat(旧QQ)というSNS上で統括的に実施されています。投稿した意見等は大学や政府に記録が残りますので,皆さん責任を持って発言されています。巨大容量データの送付が簡単にできたり,グループ会話も可能なので,情報共有や人交流のPlatformになっています。日本では人との出会いは,名刺交換から始まりますが,情報は名刺に書かれている内容に限られます。こちらは,携帯による個人SNSアカウントQRコードのスキャンが主流です。設定により,簡単に相互の人脈ネットワークの共有が可能となります。WeChatは銀行とも連携しているので,各種支払いや,大学IDカードの金銭管理,交通機関利用等全て携帯で済ませることになります。日本でも商用レベルでQR決済がはじまっていますが,中国の方式は,商売のためではなく,足腰が悪い老人が税金を支払う窓口まで行けない問題を解決したいという発想からはじまったものです。この理念があったからこそ,急速な社会実装が可能となったと思います。中国の科学分野においてSNSによる連携とデータ体系化は科学技術の加速度的発展の基盤の一つとなっています。

 日本では,研究遂行に必要な各種手続きに関して,自ら動かないと表面的な情報しか得られない状況にありますが,中国ではSNS上で日本研究者のグループがあり,専門的な情報交換だけではなく,生活面での相談等もみんなで助け合って解決する等,非常にまとまりのあるグループとなっています。JSTからも最新情報の提供を丁寧に行ってくれます。Off-line meetingも活発で,研究連携にも発展する場にもなっていると思います。更に,若い研究者にとっては,各研究分野で第一人者の先生方も参加されるので,直接交流できる等,日本ではできない経験もできます。

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大学院水圏生態共生学講義

5. 中国での研究活動を考えている研究者へのアドバイス

 日本,中国,また,米国,東南アジア,アフリカ,中南米,中東での私の経験の中では,中国においては想像以上に幅広い社会や自然が広がっており,その未知の部分に触れることは,ご自身の研究領域のインスパイアーに直結すると思います。特に,日本で発信されている現在の中国情報は,現実とのギャップが大きいので,実際足を踏み入れてご自身で感じられることが重要です。

6. おわりに

 中国は自然,生活環境面では本気で改革を進めていくまっただ中にあります。政府のトップが年末に貧困地区の視察を行ったことは日本でもニュースになりましたが,習書記の住民に対する路上演説の中での「皆さんゴミの分別はきちんとしましょう」という一言がそれを表しています。同様な環境問題を解決してきた日本の技術や仕組みは,この国では非常に多くの人々の幸福を創出することが可能です。また,それが研究成果だけではなく,日中の相互理解や科学技術世界標準化,地球環境問題解決にも繋がる場でもあるといえます。私の人生の流れる川としてはいったん河口に達し一区切りしましたが,中国の場で大海に流れ出て,更に挑戦者として進んでいけるのを幸せに感じています。

 私の年齢は62歳ですが,こちらで働くことで20年は気持ちが若くなったような感覚が得られています。若手だけではなくシニアの研究者もどしどし中国で活躍されることを期待します。

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大研究室全員忘年会時の集合写真

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