田中修の中国経済分析
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【14-02】2014年政府活動報告のポイント(1)

2014年 3月28日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 3月5日、全人代が開催され、李克強総理が総理就任後最初の政府活動報告(以下「報告」)を行った。2014年の経済政策の主要なポイントは以下のとおりである。

(1)構成の変化

 2013年報告は重点政策が9から4に減らされ、簡素化が図られていたが、再び項目数が元に戻った。

 政策の優先順位としては、11月の党3中全会決定を受けて、改革と開放が1位・2位に躍り出た。従来の「発展方式の転換」は「内需増強」「イノベーション」「生態文明」に3分割され、それぞれ3位・6位・9位となった。2013年は都市と農業・農村の発展が一体として2位に位置付けられていたが、農業・農村と都市化が別項目となり4位・5位に配置された。「社会建設」が「民生の保障・改善」から独立してそれぞれ7位・8位となった。

(2)2013年にマクロ・コントロールの考え方・方式を刷新したことを強調

 経済情勢の大きな変動に対し冷静さを保ち、「安定成長・雇用維持の下限とインフレ防止の上限を明確に固守し、経済が合理的区間で運営されていさえすれば、発展方式の転換と構造調整に精力を集中してしっかり取り組み、手を緩めず、マクロ政策の基本方向を動揺させないことを維持した」とする。

 具体的には、「昨年上半期、輸出が大幅に変動し、経済が持続的に下降し、中央財政収入には一度長年にも稀なマイナス成長が出現し、インターバンク短期市場金利が一度異常に上昇して、国際的に中国経済は『ハードランディング』する可能性があるとの声が出現した」が、「短期的な刺激措置を採用せず、(財政)赤字を拡大せず、マネーを過剰に発行せず」に経済を合理的な区間におさめ、市場に「精神安定剤」を飲ませたとしている。

 この経済に上限と下限目標を設定し、経済がこの範囲内にあれば発展方式の転換と構造調整に集中し、安易に短期的景気刺激策を発動しないというマクロ・コントロールの新たな方式は、就任以来李克強総理が強調していたものである。

(3)経済・社会の抱える困難・問題

 次の9点が列挙されている。

①経済が安定の中で好転しているその基礎はまだ堅固ではなく、成長の内生的動力はなお増強が必要である。

 2013年の7-9月期のGDP成長率は7.8%であったが、10-12月期は7.7%と鈍化している。4-6月、7-9月期に勢いが盛り返し、10-12月、1-3月期に再び停滞するのが最近の中国経済の傾向である。

②財政・金融等の分野でリスクの隠れた弊害が存在し、一部の業種の生産能力が深刻に過剰となり、マクロ・コントロールの難度が増大している。

 地方政府の債務が2012年末で27.8兆元(うち必ず政府が返済を要するものが19.1兆元)、2013年6月末で30.3兆元(同20.7兆元)となっており、2012年末の債務総額の対GDP比は53.5%(うち政府返済の可能性が高いものは39.4%)となっている。

 また2013年の銀行貸出8.89兆元以外の社会資金調達規模が8.4兆元に膨らんでおり、理財商品・信託商品を中心とするシャドーバンキングのリスクも指摘されている。

 さらに、2009-2010年の過剰投資により、鉄鋼・アルミ・セメント・造船・板ガラス・風力発電・太陽光パネルといった業種の生産能力が過剰となり、収益を圧迫している。

 このような情況のなかで安易な景気刺激策を発動すれば、財政・金融・生産能力過剰リスクが更に増大することになるため、マクロ・コントロールは難しくなっているのである。

③農業の増産・農民の増収の難度が増大している。

 特に最近では食糧安全保障の問題がクローズアップされている。

④一部の地域の大気・水・土壌等の汚染が深刻であり、省エネ・汚染物質排出削減の任務が非常に困難になっている。

 PM2.5をはじめ、環境汚染は深刻である。

⑤雇用の構造的矛盾がかなり大きい。

 若年の出稼ぎ農民労働力が不足する一方で、大学卒業者の就職難が深刻である。また、生産能力過剰業種のリストラが進めば、新たな一時帰休者が増加する可能性もある。

⑥住宅、食品・薬品の安全、医療、養老、教育、所得分配、土地収用・家屋立ち退き、社会治安等の方面で大衆が満足していない問題が依然かなり多く、生産安全の重大・特大事故が頻発している。
⑦社会の信用体系が不健全である。

 2013年に入り債券・信託商品のデフォルト騒ぎも発生しており、信用不安が広がっている。これは金融商品のリスクが十分に開示されていないことに原因がある。

⑧腐敗問題が容易に多発し、公職者の中に汚職・職務怠慢の現象が依然存在する。

 最高人民検察院の報告によれば、2013年の汚職摘発案件は3万7551件、5万1306人であり、うち県処長クラス以上の国家公務員は2871人、庁局長クラスは253人、省部長クラスは8人であった。また最高人民法院の報告によれば、2013年に審理が集結した汚職事件は2.9万件で、3.1万人が有罪となった。

 そして報告は、「これらの問題は、発展プロセスで生まれたものもあれば、政策が不十分だったことにより生み出されたものもある」としている。

(4)2014年の情勢認識

 「2014年、わが国の直面する情勢は依然錯綜し複雑であり、有利な条件と不利な要因が併存している」とする。

 国際経済情勢については、「世界経済の回復はなお不安定・不確定要因が存在し、一部の国家のマクロ政策の調整は変数をもたらし、新興経済国も新たな困難・試練に直面している。グローバル経済の構造は深い調整期にあり、国際競争は更に激烈化している」としている。FRBの量的緩和政策の段階的退出の影響を気にかけているのである。

 また中国経済については、「正に構造調整の陣痛の時期・成長速度のギアチェンジの時期にあり、難所を乗り越える重要な正念場に達しており、経済の下振れ圧力は依然かなり大きい」としつつも、「わが国の発展はなお大きく発展できる重要な戦略的チャンスの時期にあり、工業化・都市化が引き続き推進され、地域の発展の挽回余地は大きく、今後一時期経済が中高速成長を維持するための基礎と条件を有している」とし、内外情勢が困難なかで、構造調整と発展方式の転換を進めれば、経済発展の主動権をなおも確保し、中成長を当面維持することが可能という認識を示している。

(5)マクロ経済の目標

①GDP成長率目標:7.5%前後(2013年は7.5%、実績7.7%)

 前年と同じ成長目標を定めた理由として、報告は「これは小康社会の全面的実現という目標とリンクするものであり、市場の自信の増強と経済構造の調整・最適化に資するものである。安定成長は雇用を維持するためのものであり、都市の新規雇用増という需要を満足させるだけでなく、農村の移転労働力が都市に入り仕事に就く余地を残すものであり、根本的に都市・農村の個人所得を増やし、人民の生活を改善するためのものである」と説明している。

 しかし、2014年は党3中全会決定の改革事項を本格的に実施し、発展方式の転換・経済構造調整を進める年であり、改革派からは7%に目標を落とすべきとの主張が出ていた。昨年の中央経済工作会議においても、「発展をGDPの増大と単純化してはならず、経済発展の質・効率を高め、再び後遺症をもたらすことのないような速度の実現に努力しなければならない」とされていたのである。にもかかわらず7.5%の目標が設定されたということは改革慎重・成長優先の勢力に指導部が押し切られたということであろう。

 だが、改革・転換・調整を進めながら7.5%の成長を維持することはかなり無理が伴う。このため報告も、「今年の経済成長目標を実現するには、少なからぬ積極要因があるが、苦しく辛い努力を払わなければならない」としているのである。

 3月13日、李克強総理は内外記者会見において「(成長率の予期目標は)弾力性があり、やや高くても、やや低くても、我々は容認する。我々はGDPを片面的に追求はしない」としており、雇用や個人所得の伸びが順調であれば、7.5%の達成にこだわらないことを示唆している。

②消費者物価上昇率:3.5%以内(2013年は3.5%、実績は2.6%)

 これは、「昨年の物価上昇の残存効果と今年の新たな物価上昇要因を考慮したものであり、我々がインフレを抑制し民生を保障する決意・自信を表明するものである」とする。しかし同時に、「今年の物価押し上げ要因は少なくなく、油断してはならない。物価をしっかりコントロールし、大衆の生活に大きな影響を生み出すことを確実に防止しなければならない」と注意を促してもいる。生鮮野菜・豚肉・国際一次産品価格・資源価格改革・賃上げ等、中国には様々なインフレ要因が存在するからであろう。

(6)マクロ経済政策の基本的考え方

 2013年の方針を踏襲することとし、「マクロ・コントロール政策の枠組みを整備し、成長を安定させ雇用を維持するという下限と、インフレ防止という上限をしっかり守り、積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施する」としている。なお、雇用について2014年は、1)都市新規雇用増は1000万人以上(2013年は900万人、実績は1310万人)2)都市登録失業率は4.6%以内(2013年は4.6%、実績は4.1%)が目標とされている。

①積極的財政政策

 2014年の財政赤字は1兆3500億元を計上(前年度比1500億元増)し、うち中央財政赤字は9500億元、中央が地方に代わって発行する債券を4000億元としている。ただ財政赤字の対GDP比率は2.1%に安定を図っている。

②穏健な金融政策

 金融政策は「適度な緩和・引締めを維持し、社会の総需要の基本的均衡を促進し、安定的なマネー・金融環境を作らなければならない」とする。2014年のM2の予期伸び率は13%前後(2013年実績は13.6%)と前年の目標を維持している。

 また、「財政・金融と産業・投資等の政策の協調的組合せを強化し、政策をしっかり蓄え、適時・適度に事前調整・微調整を行い、中国経済という巨船の安定した遠洋航海を確保しなければならない」としている。