田中修の中国経済分析
トップ  > コラム&リポート 田中修の中国経済分析 >  【14-05】金融のリスクとその対策

【14-05】金融のリスクとその対策

2014年 7月 2日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 全人代財政経済委員会は6月24日、「金融監督管理を強化し、金融リスクを防止する活動情況に関する調査研究報告」を公表した(北京青年報2014年6月25日)。他方、人民銀行の劉士余副行長は同日、全人代常務委員会に対し、「金融監督管理の強化・金融リスクの防止政策の情況に関する国務院報告」を行った。本稿では、その概要を紹介する。

1.全人代財政経済委員会の報告

 「現在、わが国の金融運営は全体として平穏であり、金融リスクは総体としてコントロール可能である」としながら、「実体経済のリスクと金融リスクが相互に交錯し、金融リスクの複雑性・隠蔽性・伝染性がある程度上昇し、一部分野の金融リスクはある程度際立っている」として次の4つのリスクを指摘している。

(1)金融構造が不合理で、信用リスクが銀行システムに過度に集積している

①不良債権の反転上昇圧力が引き続き大きくなっている

 国内経済の成長鈍化と構造調整等の要因の影響を受けて、銀行の不良債権が引き続きかなり速く増加している。不良債権残高と不良債権比率が共に上昇しており、うち商業銀行の不良債権残高は、既に連続10四半期上昇している。

②一部の分野で貸出リスクがかなり際立っている

 鉄鋼、太陽光パネル、船舶等の生産能力過剰業種の不良債権比率が上昇し、地方政府の融資プラットホームの債務償還圧力が大きく、不動産市場の動向が不明朗である。

③債券のデフォルトリスクがある程度表面化している

 債券の信用リスクも相当部分銀行システムに集中している。今年に入り、城投債は集中換金のピーク期を迎えており、しかもこの時期の地方財政収入は鈍化しているため、一部の債券にデフォルトが出現し、さらには集中的な爆発のリスクが日増しに増大している。

(2)金融市場の不確定性が増大し、流動性のリスク要因が増大している

①わが国銀行業の流動性管理の難度が増大している

 国際金融危機以降、わが国のマネーサプライ・社会資金調達総額は持続的にかなり速く伸び、流動性の総規模が顕著に拡大した。これに伴い、短期金融市場の変動が激化し、局部的・段階的な流動性の逼迫が時々発生している。また小型・零細企業の資金調達難、資金調達コストが高い問題は、なおかなり際立っている。

②金融機関の流動性リスクも増大している

 商業銀行の預金業務競争は日増しに激烈化し、預金の伸びは引き続き鈍化している。他方、少なからぬ銀行が短期的な同業間取引と理財資金(60%は6ヵ月以内)を利用し、これを中長期貸出で運用しているため、資金の期間が過度にミスマッチとなっている。

③クロスボーダーの資本流動リスクは軽視できない

 米・欧・日の量的緩和政策の動向及び退出の時間・テンポ・進度・方式、将来の貨物のクロスボーダー貿易収支の不確定性、国外直接投資の動向の変化、人民元に対する予想の変化等の要因も、クロスボーダー資本流動に直接影響する。

(3)高収益の理財商品の換金デフォルトのリスクが上昇しており、監督管理の強化が必要である

①理財業務の法律関係は不明瞭である

 個人財産の管理需要が急速に発展するに伴い、銀行・信託・証券等金融機関は各種の業種が交差し市場横断的な理財商品を売り出してきた。これらの理財業務は、明確な法的根拠と有効なリスク解消メカニズムが欠乏しているため、リスクが累積する分野となっている。

②准金融機関の監督管理が不十分である

 小額ローン会社、信用保証会社、質屋、ファイナンスリース会社等の准金融機関が急速に発展しているが、少なからぬ機関の発展は粗放であり、リスクコントロールの制度が不健全で、監督管理の不十分あるいは欠乏等の問題が大量に存在する。

③インターネットによる業界を超えたファイナンス等のニュータイプの金融業務のリスクの端緒が初めて表面化している

 これらは有効な法規が欠乏しているために、監督管理政策も不明確となり、業務運営が不規範となり、資金の安全・情報の安全・不当販売等のリスクも顕在化している。

(4)法規に違反した金融活動が多発し、地域的リスクも軽視できない

①現在、違法な資金集めの情勢は依然深刻である

 一部の非資金調達型信用保証会社、不動産仲介、投資コンサルタント、質屋、農業合作社、第三者財テク機関、ネットワークプラットホーム等は、「顧客代理財テク」「民間貸借」等各種の方式を採用して、違法な資金集めの活動を展開し、社会の安定に深刻な影響を及ぼしている。

②違法な証券先物経営活動が、いくら禁止してもやまない

 たとえば、ある機関は、免許も得ていないのに証券業務に従事し、発行者・投資家を欺いている。ある者は、証券投資コンサルタントの名で投資家の資金を騙し取っている。

③金融機関の従業員の規定に反した金融活動が依然多発している

 ある金融機関は内部管理が厳格でなく、従業員は規定に反して金融業務を代理し、金融商品を虚偽販売し、はなはだしきは国内外の違法犯罪活動に従事している。

2.人民銀行の金融リスク対策

 「今後、金融行政は実体経済に奉仕するという本質的要求をしっかりと把握し、金融改革を全面的に深化させ、穏健な金融政策を引き続き実施し、金融監督管理を強化・改善し、システミック・地域的な金融リスクを防止する」とし、7つの重点対策を発表した。

(1)総量を安定させ、構造を最適化し、実体経済に金融が奉仕する政策を更にしっかり行う

 小型・零細企業、「三農」及び個人住宅消費への金融サービスを引き続き改善する。鉄道等重大インフラ、重大装置製造業、戦略的新興産業、都市化及びバラック地区の改造等、重大民生プロジェクトに対する金融支援を増やす。

(2)金融リスクのモニタリング・分析を強化し、金融リスクの隠れた弊害を遅滞なく解消・処理する

①地方融資プラットホーム、各種シャドーバンキング業務、金融の相互保証等のリスク分野に対するモニタリング・分析を引き続き強化する。

②政府債券を主体とした地方政府の起債による資金調達メカニズムの確立を模索し、地方政府の土地収入への依存を軽減し、地方政府の融資プラットホームの債務リスクを積極かつ穏当に解消する。

③信託・理財等のハイリターン商品が引き起こす可能性のある換金リスクを妥当に処理する。

(3)金融監督管理を引き続き強化・改善し、監督管理の協調メカニズムを整備する

 行政審査・許認可を引き続き減らすと同時に、金融監督管理を確実に強化し、金融機関の経営行為を規範化しなければならない。地域的金融リスクの防止と違法金融活動取締りにおける地方政府の重要な役割を確実に発揮させる。

(4)金融の改革開放を引き続き深化させ、金融システムのリスク抵抗能力を不断に増強する

 金利の市場化改革を早急に推進し、人民元の資本項目兌換化を推進する。預金保険制度の確立を加速し、金融機関破産条例の制定を検討し、法規に重大な違反があり経営不振により債務超過となった金融機関については、法に基づき市場からの退出を実施する。

(5)金融市場システムを整備し、市場メカニズムの制約作用を強化する

 上場会社の質を高め、市場による合併再編を奨励し、上場廃止制度を整備する。債券市場の監督管理の協調を強化する。政府債券の発展を積極的に推進し、資金調達コストを引き下げる。

(6)クロスボーダー資本流動の監督管理システムの整備を加速し、短期資本流動の衝撃を防止する

(7)金融インフラの現代化を推進し、国家金融情報の安全を擁護する

おわりに

 このように、全人代も金融リスクに強い関心をもち、人民銀行もこれに対し総合的なリスク対策を打とうとしている。しかしながら金融リスクの拡大は、金融の自由化の遅れによる預金のシャドーバンキングへの流出と、地方政府の財源不足による違法な資金調達問題がその根本にある。問題解決のためには、金融改革を推進するとともに、セーフティネットを早期に確立し、同時に中央・地方の財源配分問題を抜本的に見直さなければならず、小手先の政策ではリスクを先送りするばかりとなる。財政・金融両面での早急な改革が望まれる。