田中修の中国経済分析
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【14-09】経済が減速してもマクロ・コントロールは現状維持

2014年11月 4日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

 国家統計局は7-9月期のGDP成長率を発表した。本稿ではその特徴と、李克強総理の当面の反応を紹介する。

1.経済目標との関係

(1)GDP成長率

 1-9月期のGDPは41兆9908億元であり、実質7.4%の成長となった。1-3月期は7.4%、4-6月期は7.5%、7-9月期は7.3%である。

 今年の目標は「7.5%前後」であるので、1-9月期7.4%成長は、一応目標の範囲内におさまっていると言えよう。

(2)物価

 9月の消費者物価は前年同期比1.6%上昇し、1-9月期は同2.1%の上昇である。今年の目標は3.5%以下であるので、物価は安定している。

 一部にはデフレを懸念する声もあるが、前月比では、8月より0.5%上昇(8月は0.2%)しており、上昇は加速している。むしろ、これから冬季に入るので、生鮮野菜・果物の価格が高騰し、再び物価が上昇する可能性もあろう。

(3)雇用

 1-9月期の新規就業者増は1082万人で、前年同期比で16万人増であった。今年の目標は、新規就業者増1000万人以上であるので、すでに前倒しで目標は達成された。

 また、9月末の都市登録失業率は4.07%であり、これも目標の4.6%以内におさまっている。

(4)個人所得

 1-9月期の都市住民1人当たり平均可処分所得は2万2044元であり、前年比実質6.9%増加した。農民1人当たり平均現金収入は8527元であり、同実質9.7%増加した。

 目標は経済と同歩調の伸びであるので、都市住民の所得は経済成長率を下回り、農民の所得はこれを上回っている。ただ、都市と農村を平均した全国住民1人当りの可処分所得は1万4986元であり、実質8.2%増と経済成長率を上回った。

2.李克強総理の経済に対するコメント

 李克強総理は10月21日午後、人民大会堂においてAPEC財務大臣会議に出席する各国代表と面談し、経済の現状について次のように短くコメントした(新華網北京電2014年10月21日)。

 「総じて見ると、中国の1-9月期の経済運営はなお合理的区間にあり、かついくらかの積極的・深刻な傾向的変化が出現した。サービス業が主導し、新たな業態が急速に湧き起る構造的変化は更に顕著となってきている。行政の簡素化と権限の開放等の改革が誕生を促した新たな発展動力は、急速に成長している。雇用、省エネ・省資源等の指標等の指標は予想よりも好い。

 同時に、外部環境は依然として複雑で変化に富み、中国経済の発展に影響を与える下振れ圧力・困難は依然小さくなく、改革措置の効果が十分に現れるにはなお一定のプロセスが必要である。

 総じて言えば、我々は中国経済に対し自信に満ち溢れており、直面する試練に対しても油断はしていない。奮発して成果を挙げるという精神状態により、年間の主要任務を実現する」。

3.新華社の解説

 李克強総理のコメントは極めて短いものであったため、新華網2014年10月22日は、李克強総理の真意につき、大要次のような解説を加えている。

(1)李克強総理の話は、21日に公表された7-9月期のGDP数値に対する最も好い注釈である

 数字から見ると、7-9月期の成長率7.3%は2009年1-3月期以来の低さである。

 顕著に低下した経済成長に対して、多くの人が中国経済年間7.5%の目標を達成できるのか懸念している。李克強総理の2つの「心構え」(自信に満ち溢れているが、油断はしない)は政府の態度を表明したものであり、世界の憂慮・疑念に回答したものである。

 GDP成長率が反映するのは国家経済全体の発展速度であり、一定程度経済の質を示しているといってよく、我々が各政策措置を制定するために根拠を提供するものであるため、数字に注意することは必要である。

 しかし、経済はそもそも複雑な総合体であり、決してGDP成長率で単純に表現できるものではなく、数字のみに注意を払うのは偏った見方である。とりわけ、中国経済は30年余りの急速な発展を経て、巨大な経済総量を蓄積しており、もはや単純に速度を追求してはおらず、構造の最適化と転換・グレードアップをより重視している。必要なのは、質・効率が高く、ルールに則り、持続可能な成長である。

(2)我々が中国経済に対し自信に満ち溢れているのは、正にGDP成長率鈍化の背後にある、いくらかの積極的・深刻で傾向的な変化を見て取っているからである

 たとえば、

①サービス業が主導し、新たな業態が急速に湧き出る、構造の最適化が更に顕著となっている。

 1-9月期の第3次産業の付加価値がGDPに占めるウエイトは46.7%であり、前年同期比で1.2ポイント上昇した。

②行政の簡素化・権限の開放等の改革が誕生を促した、新たな発展動力が急速に成長している。

 今年に入り、政府が打ち出した一連の政策措置は引き続き効果を発揮しており、企業と市場の活力が不断に発揮されている。

③雇用・省エネ・省資源等の指標は予想より好い。

 1-9月期の都市新規就業増は1000万人を超えており、目標任務を前倒しで達成した。1-9月期のGDP単位当りエネルギー消費は、前年同期比で4.6%低下した。

④地域の構造にある程度改善をみた。

 中西部地域は、一連の地域発展戦略の推進の下で、後発の優位性が引き続き発揮されている。

⑤現在、(党4中全会において)法に基づく、よりレベルの高い国家統治の方策が検討されていることも、中国経済の成長の潜在的な「推進装置」となる。

(3)我々が中国経済の直面する試練に対しても油断していないのは、我々が内外の経済情勢に対し、はっきりとした深刻な認識を有しているからである

①内部環境

 相当な期間、中国経済は引き続き、成長のギアチェンジの時期、構造調整の陣痛の時期、前期の刺激政策の消化期という「3つの時期が重なる」試練に直面することとなる。

 とりわけ、経済構造調整の陣痛は予想を上回り、生産能力過剰、不動産の持続的調整等の要因は、関連企業の生産と消費・投資に影響を与え、改革・イノベーション等の措置に十分な効果が現れるには、なお一定のプロセスが必要である。

②外部環境

 世界の経済情勢は依然として錯綜し複雑であり、国際経済の成長動力が不足しており、回復が不安定な状況は元のままであり、中国経済発展に影響を与える下振れ圧力・困難は小さくない。

(4)正に「中高速、構造最適化、新動力、多くの試練」という「新たな常態」に入っている中国経済からすれば、GDP成長率の微量な増減はもはや政府の主要な注目点ではない

 正に李克強総理が2014年夏季ダボスフォーラムの開幕式の挨拶で述べたように、「中国経済を見るには、眼前・局部・1つの科目のみを見てはならず、傾向・全局・総合点を見なければならない。我々は区間コントロールという基本的考え方を堅持する。経済成長が7.5%前後を維持さえすれば、少し高くても、少し低くても、いずれも合理的区間に属している。とりわけ見て取るべきは、安定成長は雇用を維持するためのものであり、コントロールの下限は比較的十分な雇用である」。

 このため、世界が中国経済を解釈する際、速やかに新たな思考に切り換えるべきであり、もはやGDP成長率の小数点以下に目を釘付けにすべきではなく、経済成長動力の転換と経済発展方式の転換に多く注意を払うべきである。

 我々が「2つの心構え」を十分にして、精神状態を良好に調整しさえすれば、経済発展における新たな傾向をよく加護・誘導できるし、経済が安定の中で前進し、安定の中で質を高めるという良好な勢いを足固めして強化でき、年間の主要な経済任務・本来の目標の実現が期待できるのである。

 このように、経済は減速したものの、雇用をはじめとする主要目標はクリアーされており、経済構造調整も一応の進展をみているため、李克強総理としては現在の「区間コントロール」(インフレ目標を上限とし、雇用・成長率目標を下限とした合理的区間を設定し、経済がこの範囲内にあるときは大型景気対策を発動せず、経済改革・経済構造調整に専念するというもの)、及び「方向を定めたコントロール」(投資・融資を農業・農村・農民、小型・零細企業、水利、鉄道、バラック住宅の改造、都市インフラ整備に重点的に振り向けるもの。「景気微刺激策」とも称される)を基本的に維持する方針と考えられる。

 すでにエコノミスト・シンクタンクの中には、2014年の年間成長を7.3-7.4%程度と予測するものも出ている。にもかかわらず現時点で大きな対策を発動しないのは、国民・国有企業・地方政府の成長率への過度な期待を修正し、2015年の成長目標を引き下げ、経済改革・経済構造調整に政策の重点を置きたいという習近平指導部の意向を反映したものであろう。