【14-10】人民銀行の利下げの背景
2014年12月 3日
田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
人民銀行は11月22日から突如利下げを断行した。また、金利自由化も更に進めている。本稿では、利下げ・金利自由化措置の概要と人民銀行責任者の解説を紹介し、今回の措置の背景を解説する。
1.決定内容
2014年11月22日から、貸出・預金基準金利を引き下げる。金融機関の1年物貸出基準金利は0.4ポイント引き下げ5.6%とする。1年物預金基準金利は0.25ポイント引き下げ、2.75%とする。
同時に金利市場化改革の推進と結び付け、金融機関預金金利の変動区間の上限を、預金基準金利の1.1倍から1.2倍に調整する。その他各期間の貸出・預金基準金利も相応に調整し、かつ基準金利の期間別ランクを適切に簡素化・併合する。
2.人民銀行責任者の解説概要
(1)今回の政策調整は重点的にどのような問題を解決するのか?
今年7月、国務院が一連の措置を打ち出して後、関係方面が大量の施策を実施し、「資金調達難、資金調達コスト高」はいくらかの地域・分野で緩和傾向を示している。しかし、経済成長に下振れ圧力があり、構造調整は難関を乗り越える時期にあり、企業経営の困難がある程度増大している情況下、一部企業とりわけ小型・零細企業の資金調達コストに対する受容能力がある程度低下している。
今回の金利調整の重点は、基準金利の誘導作用を発揮させ、市場金利と社会資金調達コストを的確に誘導して引き下げ、実質金利が徐々に合理的水準に回帰することを促進し、企業の資金調達コストが高いという際立った問題を緩和し、経済の持続的で健全な発展のために中立的で適度なマネー・金融環境を提供することにある。
(2)今回の金利調整は金融政策の方向転換を意味するものなのか?
今回の金利調整はなお中立的なオペレーションに属しており、決して金融政策の方向に変化が発生したことを代表するものではない。現在、わが国の経済運営は合理的区間を維持しており、物価上昇率は総体として反落傾向を示している。中央銀行は経済のファンダメンタルズの運行態勢に基づき、金利手段を柔軟に運用して微調整を進め、適切な実質金利水準を維持する必要がある。
総じて見ると、わが国のマクロ経済はなお中高速成長を維持しており、物価上昇率は反落し、経済構造は不断に最適化・グレードアップしており、経済成長は要素・投資による駆動からイノベーションによる駆動へと転換している。このため、経済に対して強い刺激措置を採用する必要はなく、穏健な金融政策という方向は改めない。
(3)今回の政策調整は、金利市場化改革の推進と結びつく、どのような新措置があるのか?
今回の政策調整は、まさにマネーコントロールと改革深化を緊密に結びつけたものであり、コントロールの中に改革を根付かせ、マクロコントロールを整備・刷新し、金利市場化改革を更に推進したものである。具体的改革措置は、主として3方面に体現されている。
①非対称方式を採用して、貸出・預金基準金利を引き下げた
今回、貸出基準金利の下げ幅が預金基準金利より大きい。
貸出金利の角度から見れば、基準金利は金融商品の金利決定にとってなお重要な誘導的意義を備えており、今回の貸出基準金利のかなり大幅な引き下げは貸出金利決定の基準を直接的に引き下げるものであり、かつ債券等その他金融商品の利回り決定の引き下げをもたらすものである。
預金金利の角度から見れば、預金基準金利の小幅な引き下げが金利の変動区間の拡大と結びついていることは、金利を適切な水準上に維持し、預金者の合理的な実質収益を擁護し、個人消費を拡大し、内需を振興することに資するものである。
②預金金利の変動区間の上限を基準金利の1.1倍から1.2倍に拡大した
これは、2012年6月から預金金利の上限を基準金利の1.1倍に拡大して以後、わが国の預金金利市場化改革のさらなる重要措置である。預金金利の変動区間拡大後、もし商業銀行が上方への変動区間を十分活用すれば、上方への変動後の預金金利は調整前の水準に相当することとなる。
同時に、金融機関が自主的に金利を決定する余地が更に広がることは、金融機関が金利決定メカニズムの整備を促進し、自主的な金利決定能力を増強し、経営モデルの転換を加速し、かつ金融サービス水準を高めることに資するものである。同時に、健全な市場金利形成メカニズムを整備し、資源配分における市場の決定的役割を更に好く発揮させることに資するものでもある。
③預金基準金利の期間別ランクを簡素化・併合した
預金・貸出基準金利の期間別ランクの使用情況及びその重要性等の要素を結びつけ、今回預金・貸出基準金利の期間別ランクについて簡素化・併合を進めた。5年物定期預金の基準金利はもう公表せず、貸出基準金利を、1年以内(含む1年)、1-5年(含む5年)、5年以上の3ランクに簡素化・併合した。
これは金融機関が金利を自主的に決定する余地を更に広げるものであり、金融機関が経営理念を積極的に転換し、市場による金利決定能力を高めるよう誘導することに資するものである。また、市場基準金利体系の建設を強化し、金利政策の伝達メカニズムを健全化し、金利の市場化改革を更に推進するために有利な条件を作りあげることに資するものでもある。
(4)金利市場化改革を今後どのように推進するのか?
今回預金金利の変動区間の上限を更に拡大したことは、金利形成において市場メカニズムの決定的役割を更に大きな程度発揮させることに資するのみならず、将来預金金利規制を全面的に開放するために堅実な基礎を打ち固めた。
基準金利の期間別ランクの簡素化・併合も、金融機関が金利市場化の方向に適応し、金利決定能力を育成・増強することに資するものであり、これは資源配分において市場の決定的役割を更に発揮させるものである。
今後、我々は各金利市場化改革措置の実施効果を密接にモニタリング・フォロー・評価し、かつ内外経済・金融の発展情勢と改革に必要な基礎条件の成熟程度を総合的に考慮し、適時企業・個人に対して大口預金の発行を推進する等の方式を通じて、引き続き預金金利の市場化を順序立てて推進する。同時に、市場化された金利体系と金利伝達メカニズムを更に整備し、中央銀行の金利コントロール能力とマクロコントロールの有効性を不断に増強する。
3.背景解説
今回の措置の背景としては、以下の点が考えられる。
(1)中央経済工作会議対策
まもなく2015年の経済政策の基本方針を定める中央経済工作会議が開催される。経済の下振れ傾向は現在も続いているため、もし人民銀行が何も手を打たなければ、人民銀行に非難が集中する可能性があった。大会議の直前に突然金融緩和政策が打ち出された例は、これまでにもある。
また、今回の会議では成長率目標の引き下げが議論されることになる。高成長を好み目標引き下げを嫌う者の反対意見を抑え込むためにも、ある程度事前に景気下支えの手を打っておく必要があったと思われる。
(2)物価の安定
現在消費者物価は低位に安定しており、当面急騰の危険性はない。このため、実質金利が以前より上昇しており、これが中小企業の資金調達を困難にしている。今回の対策は中小企業の資金調達コスト引き下げに主眼があり、中小企業救済策の意味合いが強い。中小企業は雇用吸収能力が高いので、その経営が安定していれば、成長率目標を引き下げても雇用は維持できるからである。
(3)シャドーバンキングへの配慮
近年シャドーバンキングが急拡大した背景には、預金金利が低く抑えられていることへの預金者の不満があった。もし単純に預金金利を引き下げてしまえば、再び銀行預金がシャドーバンキングに流出する可能性がある。今回預金金利の上方変動の上限を基準金利の1.1倍から1.2倍に引き上げたことにより、銀行は預金金利を調整前の水準に維持することが可能となった。
(4)預金金利自由化への準備
今回預金金利の変動幅を拡大するとともに、期間別の預金金利のランクを簡素化・併合したことは、預金金利の完全自由化に向けた一歩と考えられる。しかし、急激な金利自由化は利鞘縮小により銀行の利潤を激減させ、経営を悪化させる可能性がある。現在、預金保険制度が未だ確立していない中、景気後退により銀行の不良債権が増加傾向にあるので、健全性を損なわない程度に銀行を金利自由化に徐々に馴らしていく必要があった。
(5)新しい金融政策手段の限界
今年に入り人民銀行は、対象を絞った預金準備率引き下げや、新しい金融政策手法を用いて銀行に必要資金を供給するなど、様々な手を使い短期金利を低めに誘導するオペレーションを行ってきたが、金融市場の未成熟もあり、必ずしも貸出金利の低下にうまくつながらなかった。このため、貸出基準金利を直接動かすという伝統的手法に最後は頼らざるを得なかったのであろう。