【15-08】第13次5ヵ年計画の新発展理念
2015年12月 1日
田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
はじめに
10月26-29日に開催された党5中全会は、第13次5ヵ年計画党中央建議(以下「建議」)を採択した。本稿では、この「建議」の最大の眼目である5大新発展理念について、習近平総書記自身が5中全会で行った「建議」案の説明(以下「説明」)、張高麗副総理が人民日報11月6日に掲載した論文(以下「張高麗論文」)、国家発展・改革委員会の徐紹史主任が11月3日に行った記者会見(以下「徐紹史会見」)を手掛かりに概説する。
1.「新常態」最初の5ヵ年計画
第13次5ヵ年計画は、中国経済が「新常態」に入ってから策定される最初の5ヵ年計画であり、このことは、習近平総書記自身が「説明」で強調している。
彼はまず、新常態の下では、
①成長速度は、高速から中高速へ転換しなければならず、
②発展方式は規模・速度型から、質・効率型に転換しなければならず、
③経済構造調整はフロー・能力拡大から、主としてストック調整・フロー最適化の併存へと転換しなければならず、
④発展動力は主として資源・低コスト労働力等の要素投入への依存から、イノベーション駆動に転換しなければならない、
という、2014年12月の中央経済工作会議で定義された「4つの転換」を再び主張し、「これらの変化は人の意志に基づく転換ではなく、わが国の経済発展の段階的特徴の必然的要求である。『建議』を制定するに際しては、これらの趨勢と要求を十分考慮し、新常態に適応し、新常態を把握し、新常態をリードするという総要求に基づいて戦略・計画を進めなければならない」と述べた。
経済が新常態に入ったのであれば、発展のあり方にも新しい理念が必要となる。このため、新たに「5大発展理念」が提起されることになった。
2.5大発展理念
習近平総書記は「説明」において、「発展理念は、発展行動の先導であり、全局、根本、方向、長期を規定するものであり、発展の考え方、方向、注力点の集中的体現である」とし、発展理念が正しければ、目標と任務さらには政策措置もしっかりと定まるとした。
「建議」は①イノベーション、②協調、③グリーン、④開放、⑤共に享受、という5大発展理念を提起した。この5大発展理念は、習近平総書記によれば、「第13次5ヵ年計画ないし更に長期のわが国発展の考え方・方向・注力点の集中な体現であり、改革開放30年余りのわが国発展経験の集中体現でもあり、わが国の発展ルールに対するわが党の新たな認識である」とされている。
3.具体的内容
「5大発展理念」については、「徐紹史会見」が、わかりやすく解説しており、これに「張高麗論文」を適宜補ってみていくこととする。
(1)イノベーションによる発展を推進する
「徐紹史会見」は、次のように述べている。
「イノベーションは、発展をリードする第一の動力である。新常態の下、中国が直面する最大の試練は、『中等所得の罠』を乗り越えることであり、この難題を突破するための根本の出口は、イノベーションによる発展にある。
第12次5ヵ年計画期間、中国の科学技術イノベーションは大きな進歩を得たが、イノベーション能力・自主的な技術・知名ブランドに欠けており、科学技術成果の転化率と科学技術の進歩への寄与率は、先進国となお大きな格差がある。
第13次5ヵ年計画期間は、イノベーションを国家発展の全局の核心に位置づけなければならない」。
「張高麗論文」は、具体的に次の項目を掲げている。
①科学技術のイノベーションという要にしっかり取り組み、全面的なイノベーションにおける科学技術のイノベーションの牽引作用を発揮させなければならない。
②大衆による起業・万人によるイノベーションを推進し、発展動力の転換を早急に実現しなければならない。
③新技術・新産業・新業態の勢い盛んな発展を推進し、現代産業の新たな体系を建設しなければならない。
④科学技術等の関連分野の改革を深化させ、イノベーションを進展させる体制メカニズムの保障を強化しなければならない。
⑤マクロ・コントロールの方式を刷新・整備し、経済運営を合理的区間に維持しなければならない。
(2)協調的な発展を推進する
「徐紹史会見」は、次のように述べている。
「中国は、協調的な発展の方面で、比較的際立った3つの問題が存在する。
①都市・農村の二元構造と、都市内部の二元構造という矛盾が、依然比較的際立っている。
②地域の発展がアンバランスであり、東部・中部・西部・東北地方の間がアンバランスになっている。
③社会の文明程度・国民の素質と、経済社会の発展水準が、なお釣り合っていない。
このため、第13次5ヵ年計画期間は、協調的な発展という要求に基づき、地域間の協同、都市と農村の一体化、物質文明と精神文明の協調発展を引き続き推進しなければならない。協調的な発展の中で発展の空間を開拓し、脆弱分野の強化の中で発展の持続力を増強する」。
「張高麗論文」は、具体的に次の項目を掲げている。
①東部・中部・西部を統一的に企画し、南方・北方を協調させ、地域の協調発展を推進しなければならない。
②都市・農村の発展が一体化した健全な体制メカニズムを整備し、都市・農村の協調発展を推進しなければならない。
③深度ある融合・良性の相互作用・相互の協調を堅持し、新しいタイプの工業化・情報化・都市化・農業現代化を同歩調で発展させなければならない。
④物質文明と精神文明の協調発展を推進しなければならない。
⑤軍・民の結合、軍が民に根ざすことを堅持し、経済建設と国防建設の融合した発展を推進しなければならない。
(3)グリーンな発展を推進する
「徐紹史会見」は、次のように述べている。
「現在、長期に累積された大気・水・土壌汚染の問題は、中国で比較的際立っており、生態環境の改善に対する人民大衆の呼び声は比較的強烈である。
このため、第13次5ヵ年計画期間、中国は資源節約・環境保護という基本国策を堅持し、資源節約型・環境友好型の社会の建設を加速し、グリーン・低炭素・循環的な発展を推進して、中国さらには世界の生態安全のために貢献しなければならない」。
「張高麗論文」は、具体的に次の項目を掲げている。
①程度をわきまえ秩序立てて自然を利用し、人と自然の調和・共生を促進しなければならない。
②全面的に節約し効率を高めて資源を利用し、低炭素・循環的な発展を推進しなければならない。
③環境対策を強化して、生態環境の質の総体的な改善を実現しなければならない。
④生態の保護・修復を強化し、生態の安全障壁を牢固に築き上げなければならない。
⑤生態文明の健全な制度体系を整備し、制度を用いて生態環境を保護しなければならない。
(4)開放的な発展を推進する
「徐紹史会見」は、次のように述べている。
「今日の中国は、既に世界最大の貨物貿易国、最大の外貨準備国となっており、外資吸収と対外投資でも世界の前列にいる。中国と世界経済は既に相身互いの構造を形成している。
このため、第13次5ヵ年計画期間は、よりハイレベルな開放型経済を発展させ、世界経済のガバナンスに積極的に参加し、より広範な利益共同体を構築しなければならない」。
「張高麗論文」は、具体的に次の項目を掲げている。
①対外開放の戦略的配置を整備し、国際経済協力・競争の新たな優位性を早急に育成しなければならない。
②対外開放の新体制を形成し、法治化・国際化・簡便化したビジネス環境を整備しなければならない。
③共に協議し、共に建設し、共に享受するという原則を堅持し、「シルクロード経済ベルト・21世紀海のシルクロード」建設を推進しなければならない。
④内地と香港・マカオ、大陸と台湾地域の協力を深化させ、共同での繁栄・発展を促進しなければならない。
⑤世界経済のガバナンスに積極的に参加し、国際的な責任・義務を積極的に引き受けなければならない。
(5)共に享受する発展を推進する
「徐紹史会見」は、次のように述べている。
「近年、中国は民生の改善と保障の上で大量の政策を実施し、顕著な成果を得た。しかし、人民大衆の期待に比べれば、公共サービスと社会保障体系はなお不完全であり、均等化の程度も十分高くはなく、社会管理と矛盾への取締り能力はなお不足している。
このため、第13次5ヵ年計画期間、我々は『発展は人民のためにあり、発展は人民に依拠し、実現した発展の成果は人民が共に享受する』ことを堅持しなければならない」。
「張高麗論文」は、具体的に次の項目を掲げている。
①公共サービスの供給を増やし、公共サービスを共に建設する能力と共に享受する水準を高めなければならない。
②精確な貧困扶助・脱貧困を実施し、脱貧困の堅塁攻略戦に断固として打ち勝たなければならない。
③引き続き都市・農村の個人所得を増やし、合理的な所得分配構造を形成しなければならない。
おわりに
習近平総書記は「説明」において、「我々は、建議決定後、建議に基づき第13次5ヵ年計画要綱を制定しなければならず、2つの文件の間に合理的な分業がなければならないことを考慮した。このため、建議の内容上の重点は、発展理念の確立、発展の方向、考え方、重点任務、重大措置の明確化であり、具体的政策手配は要綱の規定に留保し、建議のマクロ性、戦略性、指導性をより好く体現し発揮させた」としている。この意味で、今回の「建議」は、正にこの「5大発展理念」を示すことに最大の意義があったといえよう。
この「5大発展理念」は長期の発展のあり方を示し、新華社によれば「理論的刷新、マルクス主義の中国化の最新の成果」とされている。このことからすると、今後この「5大発展理念」は、習近平総書記の在任中にさらに理論的精緻化が進み、最終的に鄧小平理論、「3つの代表」重要思想(江沢民)、科学的発展観(胡錦濤)のように、習近平総書記の指導思想の重要な構成要素をなす可能性がある。