【16-03】2016年政府活動報告のポイント
2016年 4月 8日
田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。このうち、2016年の経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである。
1.マクロ経済の目標
マクロ経済の主要予期目標は以下のとおりである。
(1)GDP成長率目標:6.5%~7%(2015年は7%前後、実績6.9%)
成長目標を引き下げた理由として、報告は「小康社会の全面的実現という目標とリンクさせることを考慮したものであり、構造改革推進の必要性を考慮したものであり、市場の予想の安定・誘導に資するものである。安定成長は主として雇用の確保・民生優遇のためであり、6.5%~7.0%の成長率は、比較的十分な雇用を実現できる」と説明している。
国家発展・改革委員会の経済報告ではさらに踏み込み、主として次の3点を考慮したとする。
①第13次5ヵ年計画期間に小康社会を全面的に実現するため、良好な基礎を固める
2020年に小康社会を全面的に実現するには、第13次5ヵ年計画期間に経済の平均成長率を6.5%以上にする必要があり、もし今年の成長率が6.5%より低ければ、あと数年成長率を高める必要がある。後年度圧力を避けるため、今年の予期目標を6.5%~7.0%に設定した。
②更に有効に雇用を促進する
経済成長と雇用の関係からみて、6.5%~7.0%の経済成長は1000万人以上の都市新規雇用増をもたらすことができる。
③更に積極的に予想を誘導し、自信を増強する
6.5%~7.0%の成長予期目標は、受容可能な経済成長の弾力性の範囲を拡大し、わが国の経済成長の潜在力と市場の予想を符合させ、自信を奮い立たせる積極的作用を発揮できる。
経済報告は同時に、「わが国の発展環境は更に錯綜・複雑さを増し、経済成長はなお底を探っているところであり、この目標を実現するには、より大きな力のある政策とより困難な努力が必要であることを見て取らねばならない」としている。
第13次5ヵ年計画の平均成長率をめぐっては、6.5%~7.0%の間で論争があったが、結局構造改革・構造調整派の主張する6.5%以上に落ち着いた。2016年を6.5%~7.0%としたのは、高めの成長目標を設定して構造改革・構造調整を遅らせようとする反対派との妥協の産物という面があろう。
(2)消費者物価上昇率:3%前後(2015年は3%前後、実績は1.4%)
(3)都市新規雇用増:1000万人以上(2015年は1000万人以上、実績は1312万人)
(4)都市登録失業率:4.5%以内(2015年は4.5%以内、実績は4.05%)
経済報告は、この2つの雇用目標につき、「雇用の最低ラインを維持することを際立たせるだけでなく、過剰生産能力を解消し、企業の合併再編を推進し、隠れた失業の顕在化に対応するため、一定の余地を残している」と説明している。
2.マクロ経済政策
報告は「我々のマクロ・コントロールは刷新の手段と政策の備蓄がなおある」とし、長期的な視野に立って、政策の余力を残しておくべきことを強調する。
財政・金融政策については、「積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、マクロ・コントロールの方式を刷新し、区間コントロール・方向を定めたコントロール・タイミングを見計らったコントロールを強化し、財政・金融政策と産業・投資・価格等の政策手段を統一的に企画・運用し、構造改革とりわけサプライサイド構造改革措置を採用して、経済発展のために良好な環境を作り上げる」としている。
(1)積極的財政政策:力を加えなければならない
2016年の財政赤字は2.18兆元を計上(前年度比5600億元増)し、うち中央財政赤字は1.4兆元(同2800億元増)、地方財政赤字を7800億元(同2800億元増)としている。財政赤字の対GDP比率は昨年度2.4%から3.0%に拡大した。
地方政府の債務対策としては、特別地方債[1]を4000億元計上するとともに、引き続き借換地方債を発行するとしている。楼継偉財政部長は3月7日の記者会見で、地方政府の2015年度末債務残高が16兆元であること、今年度満期が到来する債務が5兆元前後であること、中央・地方の債務残高の対GDP比が約40%であることを明らかにした。
財政赤字が大幅に拡大したこともあり、報告は「わが国の財政赤字率と政府負債率は、主要経済体のなかで相対的にかなり低く、このような計上は必要であり、可能であり、安全である」とする。
拡大した財政赤字の用途については、主として減税と費用引下げに用い、企業の負担を一層軽減するとし、具体的には3措置を示している。
①営業税の増値税への転換を全面実施する
5月1日からテスト範囲を建築業・不動産業・金融業・生活サービス業に拡大し、全ての企業の新たに増えた不動産に含まれる増値税を仕入れ税額控除の範囲に組み入れ、全ての業種の税負担を減らすだけで増やさない。
②規定に反して設立した政府基金を取り消し、いくらかの政府基金は徴収停止・合併を行い、水利建設基金等の徴収免除範囲を拡大する
③18の行政機関等に払う手数料の免除範囲を、小型・零細企業から全ての企業・個人に拡大する
以上の政策により、2016年度の企業・個人負担は、5000億元余り軽減されることになる。
同時に、必要な財政支出・政府投資を適切に増やし、民生等の脆弱部分への支援を増やすとしている。楼財政部長は3月7日の記者会見で、中央基本建設支出を5000億元計上し、中央管轄の、地域をまたがった、公益性の比較的強い、重大な基本建設プロジェクトに集中的に用いるとする。このほか、生産能力削減プロセスで発生する人員の再就職支援として、2016年度と17年度にそれぞれ特別奨励資金を500億元計上するとしている。
財政・税制改革については、次の項目を挙げている。
①中央と地方の歳入の見直し
中央と地方の権限と支出責任の区分改革を推進し、増値税の中央と地方の分割割合を合理的に確定する。地方の収入が適当な税目を地方に渡し、税収管理権限を地方に適切に委譲する。
②財政移転支出の見直し
中央特別移転支出(わが国の補助金に相当)の規模を一層圧縮し、2016年度は一般性移転支出(地方交付税に類似したもの)の規模を12.2%増やす。
③地方政府債務の管理
規範的な地方政府の起債メカニズムを確立し、財政力が強く、債務リスクがかなり低い地方政府については、法定プロセスに基づき債務限度額を適切に増やす。
(2)穏健な金融政策:柔軟・適度でなければならない
2016年のM2の伸びは13%前後(2015年は12%前後、実績は13.3%)とし、社会資金調達規模残高の伸びは13%前後とする。
金融政策は「公開市場操作・金利・預金準備率・再貸付等の金融政策手段を統一的に企画・運用し、流動性の合理的充足を維持し、伝達メカニズムを円滑にし、資金調達コストを引き下げ、実体経済とりわけ小型・零細企業、『三農』等への支援を強化する」としている。
周小川人民銀行行長は3月12日の記者会見で、「成長率目標を実現するために過度な金融政策を採用して刺激する必要はない」とし、「柔軟・適度」の意味については、「金融政策をいくらか緩和寄りにするとともに、経済情勢の検討・判断とリアルタイムの情況に応じて動態的に調整を進めることだ」と説明している。
金融制度改革は、次の項目が挙げられている。
①現代的な金融監督管理体制の改革・整備し、実体経済への金融サービスの効率を高め、金融リスク監督管理の全面カバーを実現。
党5中全会において、習近平総書記は、「最近頻繁に顕在化している局部的なリスク、とりわけ最近の資本市場の激烈な変動は、現行の監督管理の枠組みに、わが国の金融業の発展に適応していないという体制的矛盾が存在することを示している」とし、「現代金融の特徴に符合し、監督管理を統一的に企画・協調した、有力・有効な現代的金融監督管理の枠組みを至急確立しなければならない」とした。7・8月の金融市場の混乱は、人民銀行・銀行業監督管理委・証券監督管理委・保険監督管理委の4者による監督管理体制を統合・再編する必要性を示唆している。
②金利の市場化改革の深化。
③人民元レートの市場化形成メカニズムを引き続き整備し、合理的均衡水準における人民元レートの基本的安定を維持。
3.過剰生産能力の解消
報告は次の政策を掲げている。
①鉄鋼・石炭等困難な業種の生産能力削減に重点的に取り組み、市場メカニズムによる淘汰、企業が主体、地方が組織し、中央が支援することを堅持し、経済・法律・技術・環境保護・品質・安全等の手段を運用して、新たな生産能力増加を厳格に抑制し、落後した生産能力を断固として淘汰し、秩序立てて過剰生産能力を退出させる。
②合併再編、債務再編あるいは破産・清算等の措置を採用して、「ゾンビ企業」を積極かつ穏当に処置する。
③財政・金融等の支援政策を整備し、中央財政は1000億元の特別奨励補助金を計上し、従業員の再配置・再就職に重点的に用いる。
この点につき、李克強総理は3月16日の記者会見で、「大規模な一時帰休の波が出現することを避ける。特別補助金は必要があれば増やすし、当然、地方も相応に計上・フォローすることになる」と述べている。
④総合措置を採用して、企業の取引・物流・財務・エネルギー使用等のコストを引き下げ、企業からみだりに費用を徴収する行為に断固として歯止めをかけ、規定に反した行為については、厳格に取り締まる。
4.国有企業改革
報告は、「今年と来年、改革により発展を促し、国有企業の質・効率を向上させる堅塁攻略戦を断固として戦わなければならない」とする。
具体的な改革項目としては、中央国有企業について、革新・発展、再編・統合、整理・退出に分けて構造調整を推進、株主の多元化改革を推進、企業の人事制度改革の深化、国有資本投資・運営会社の改組・設立加速、資本管理を主とした国有資産監督管理機関の機能転換推進、地方へ国有企業改革の自主権をより多く賦与、国有企業から社会機能を剥離等が掲げられている。
[1]収益性のある建設プロジェクトに用いられる地方債。特別会計にあたる地方政府基金で管理されるため、一般会計予算には計上されていない。