田中修の中国経済分析
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【17-03】19回党大会報告の留意点

2017年11月29日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 10月14-24日に開催された中国共産党の第19回党大会は、習近平総書記の報告を採択して閉会した。筆者は11月上旬に北京を訪問し、複数の政府に近い中国人エコノミストに面会し、報告の経済面での特徴をヒアリングした。本稿では、現段階における報告の留意点を、経済中心に紹介する。

1.中国の特色ある社会主義は新時代に

 まず、「中国の特色ある社会主義は、新時代に入った」という認識が示された。これは中華民族が立ち上がり、豊かになり、強くなり、偉大な復興を迎える時期に入ったことを意味するとされるが、「立ち上がり」は毛沢東の業績、「豊かになり」は鄧小平の業績、そして「強くなり偉大な復興を迎える」のは習近平の業績ということを示唆しているのであろう。

 これまで、習近平総書記は中国の現状認識について、「新常態に入った」と繰り返し強調してきたが、「新常態」という言葉は今回使用されていない。これからは、「新時代」がこれに取って替わるものと思われる。

 ここで注意すべきは、中国の特色ある社会主義は、「世界において急速な発展又は自身の独立性を維持することを希望する国家・民族に対し全く新しい選択を提供する」としていることである。

 2008年のリーマン・ショック以前には「ワシントンコンセンサス」という言葉が存在した。これは、米国・IMF・世界銀行が新興国に対して要求した構造改革の処方箋であり、財政の健全化、金利・為替レート・貿易の自由化、直接投資の受入拡大、国営企業の民営化、規制緩和、所有権法の確立が含まれる。

 しかし、世界金融危機で米国の威信が低下し、中国が2009-10年の大型景気対策でいち早く景気を回復するなかで、今度は左派から「北京コンセンサス」という言葉が登場した。むしろ一党独裁・政府主導型の経済モデルの方が欧米に勝っており、新興国はむしろ中国を手本とすべきという考え方である。

 だが大型景気対策の副作用(過剰債務・過剰生産能力・過剰住宅在庫・インフレ)が顕在化し、米国経済が回復するにつれ、このような議論は次第に鳴りを潜め、2013年の党18期3中全会では、オーソドックスな構造改革路線が復活していた。ところが、今回は再び「北京コンセンサス」的な発想が頭をもたげている。これは注意を要する。

2.社会の主要矛盾の変化

 18回党大会においては、「人民の日増しに増大する物質・文化への需要と、落後した社会生産能力の矛盾という、この社会の主要な矛盾に変わりはない」とされていたが、19回党大会では、新時代の主要な矛盾は、「人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要とアンバランス・不十分な発展の間の矛盾」であるとされた。

 ここでいう人民の「素晴らしい生活への需要」は、単に物質・文化面での生活の豊かさのみならず、民主・法治・公平・正義・安全・環境面の要求が含まれる。こうみると、中国は欧米と同じような民主・法治主義を目指しているようにみえるが、胡錦濤政権時代に行われた「普遍的価値論争」の経緯からすると、必ずしもその保証はない。

 二期目に入った胡錦濤総書記は、政治民主化への道を若干でも進めようと、しきりに「民主」を口にするようになる。その意を受けて、温家宝総理は、2007年2月、科学・民主・法制・自由・人権は人類の「普遍的価値」であり、中国も取り入れるべきであるという趣旨の論文を発表した。普遍的価値は、2008年5月の日中共同声明にも盛り込まれた。

 これに対し、江沢民派・保守派は、中国は「中国の特色ある社会主義」に基づく価値観を厳守すべきで、西側と共通した「普遍的価値」は存在しない、との見解を示したとされる。この後、両派での論争が激化したが、リーマン・ショックの発生により、米欧資本主義が動揺し、「中国モデル」の優位性が強調されるに至り、江沢民派・保守派が優勢となり、2011年3月、江沢民派の呉邦国全人代常務委員長は、全人代において、中国は多党制による政権交代、指導思想の多元化、三権分立と二院制、連邦制、私有化は行わないと明言した。これは、江沢民派の勝利宣言であり、以後「普遍的価値」は全面否定された。

 習近平総書記が江沢民の立場を引き継いでいるかは定かでないが、報告の中で「社会主義核心価値体系を堅持する」という文言があることからしても、ここでいう「民主・法制」は欧米のそれとは内容が異なる可能性がある。

3.(習近平)新時代中国の特色ある社会主義思想の提起

 「18回党大会以降、わが党は、重大な時代の課題をめぐり、新時代中国の特色ある社会主義思想を形成した」とされた。これは、「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『三つの代表』重要思想、科学的発展観を継承し発展させたもの」であり、全党・全人民の行動指針として、習近平の名を冠して党規約にも盛り込まれた。これは、9月18日の党中央政治局会議では「党中央が提起した治国理政の新理念・新思想・新戦略」とされていたが、10月14日の党7中全会コミュニケでは、「習近平総書記の一連の重要講話精神と治国理政の新理念・新思想・新戦略」となり、党大会で全面的に表現が改められたものである。

 この思想の中心は、次の8点を明確にした点にある。

  1. 小康社会の全面的実現の基礎の上に、2段階に分けて今世紀中葉に、富強・民主・文明・調和がとれ美しい社会主義現代化強国を実現する。
  2. 新時代のわが国の社会の主要な矛盾は、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要とアンバランス・不十分な発展の間の矛盾である。不断に人の全面的発展・全人民の共同富裕を促進しなければならない。
  3. 中国の特色ある社会主義事業の総体的手配は「五位一体」(経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態文明建設)であり、戦略手配は「四つの全面」(小康社会の全面的実現、改革の全面深化、全面的な法に基づく国家統治、全面的な厳しい党内統治)である。中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化への自信を確固としなければならない。
  4. 改革全面深化の総目標は、中国の特色ある社会主義制度を整備・発展させ、国家のガバナンス体系・ガバナンス能力の現代化を推進することである。
  5. 全面的な法に基づく国家統治の推進の総目標は、中国の特色ある社会主義法治体系の建設である。
  6. 新時代の強軍目標は、党の指揮に従い、戦闘に勝利でき、優れた気風をもつ人民軍隊の建設であり、人民軍隊を世界一流の軍隊に築き上げることである。
  7. 中国の特色ある大国外交は、新しいタイプの国際関係を推進し、人類運命共同体の構築を推進しなければならない。
  8. 中国の特色ある社会主義の最も本質的特徴は、中国共産党の指導であり、中国の特色ある社会主義の最大の優位性は、中国共産党の指導である。

4.2020年から21世紀中葉までの期間を二分

 「2つの百年」目標のうち、第1の目標が達成される2020年から、21世紀中葉までの第2の百年目標達成までの期間が2つに区分された。

 前半の2035年までをみると、ここで主要な制度改革が終了し、中国は現代化を完成することとされている。本来これは20世紀中葉までに達成すればよかったはずであり、目標が15年前倒しされたと考えてよい。2030年代後半には、文革世代が75歳の高齢者となり、中国は一気に本格的な高齢社会に突入する。それまでに、所要の改革・制度設計を完成させようというのであろう。中国人エコノミストの言によれば、この段階で中国の国民生活水準は、現在のスペインと同レベルにまで達することになる。

 また35年までに中間所得層が拡大して、都市と農村、地域間の経済格差と庶民の生活水準の格差が顕著に縮小され、基本公共サービスの均等化が基本的に実現するとし、「共同富裕」の実現に大きく政策のカジを切っている。

 さらに、「生態環境が基本的に好転し、美しい中国という目標が基本的に実現されている」とされており、環境対策が重要な柱になっている。人民の需要の中にも「環境」が含まれており、強いだけでなく「美しい中国」の実現が大きな課題とされているのである。

 21世紀中葉までの政策課題としては総合国力と国際影響力がトップレベルの国家となることが目指されており、まさに「強国化」が中心である。ただ同時に、全人民の「共同富裕」の実現も挙げられている。

5.経済面の記述

 分量は少ないが、次の点が注目される。

(1)質を第一・効率を優先

 経済発展の質の変革・効率の変革・動力の変革を推進し、全要素生産性を高め、市場メカニズムが有効で、ミクロ主体に活力があり、マクロ・コントロールが適度な経済体制を構築するとされている。

 質・効率が優先されるため、以前のような「10年でGDP倍増」といった成長目標は、今回盛り込まれなかった。

(2)「サプライサイド構造改革」の内容が多様化

 2015年に習近平総書記が提起したときは、「過剰生産能力の削減、過剰住宅在庫の削減、脱レバレッジ(債務比率の削減)、企業のコストの引下げ、脆弱部分の補強」の5大任務とされていたが、今回はそれに加え、製造強国の建設、インフラネットワークの建設、企業家精神の発揚、知識型・技能型・イノベーション型の労働者の大軍を育成、が盛り込まれており、内容が豊富になっている。

(3)「強国」の多用

 イノベーションの項目では、科学技術強国・品質強国・宇宙強国・インターネット強国・交通強国が列挙されている。ここが政策の重点となろう。

 また、「知的財産権の創造・保護・運用の強化」も重視されている。

(4)人材育成の重視

 「サプライサイド構造改革」の項目でも、質の高い労働人材の育成が記述されていたが、イノベーションの項目では、国際レベルの戦略的科学技術人材、科学技術リーダー人材、青年科学技術人材とハイレベルのイノベーション団体の育成が記述されており、農村振興戦略の項目でも、「農業にあこがれ、農村を愛し、農民を愛する『三農』政策の人材群を育成する」とあり、人材育成が至るところで強調されている。少子高齢化が進む中で中成長を維持するには、労働力の質の強化が重要と認識されているのであろう。

(5)「雄安新区」の明記

 「北京の非首都機能の分散を糸口として、北京・天津・河北の協同発展を推進し、雄安新区を高い起点から計画し、高い基準により建設する」としている。「雄安新区」は、習近平政権の目玉プロジェクトとなった。

(6)財産権の重視

 社会主義以上経済体制の項目の冒頭で、「経済体制改革は、財産権制度と要素の市場による配分を重点とし、財産権による有効なインセンティブがあり、要素が自由に流動し、価格の反応が柔軟で、競争が公平で秩序立ち、企業が優勝劣敗となることを実現しなければならない」とされている。2016年に民間投資が一時落ち込んだことをきっかけに、私有財産権の保護を再び改革派が強く主張するようになっており、ここでも財産権が強調されている。

(7)「国有企業」から「国有資本」へ

 社会主義市場経済体制の項目で、「国有資本の優良化・強大化」という表現がある。従来習近平総書記は「国有企業の強大化」を強調していたのであり、これをわざわざ「国有資本」と言い換えた背景には、経営面からの政府の撤退が含意されている可能性がある。改革派は、停滞ないし後退していた国有企業改革について、再度2013年の党3中全会レベルにまで表現を引き戻そうとしたのではないか。中国人エコノミストも、「この部分が報告でも最もセンシティブな部分である」とコメントしていた。

(8)財政改革

 「権限・責任が明らかで、財政力が協調し、地域のバランスがとれた中央・地方の財政関係の確立を加速する」としている。楼継偉前財政部長のリーダーシップで、予算制度改革と、支出面での中央・地方財政の関係整理は進んだが、収入面での財源配分の見直しはまだこれからである。このため、税制改革・地方税制度の整備が必要とされるのである。

(9)金融改革

 7月の全国金融工作会議を反映し、「金融政策とマクロプルーデンス政策という2つの柱による健全なコントロールの枠組みを整備し、金利・為替の市場化改革を深化させる。金融監督管理の健全な体系を整備し、システミックな金融リスクを発生させない最低ラインをしっかり守る」とされている。

(10)開放

 「シルクロード経済ベルト・21世紀海のシルクロード」建設を重点とし、貿易では「貿易強国」の建設を目指している。

 外資に対しては、「ハイレベルの貿易・投資の自由化・円滑化政策を実行し、参入前の国民待遇にネガティブリストを加味した管理制度を全面的に実行し、大幅に市場参入を緩和し、サービス業の対外開放を拡大し、外資の合法的な権益を保護する」としている。また、西部地域の開放強化、自由貿易試験区への改革自主権賦与も盛り込まれている。

 従来強調してきた、「国際経済ガバナンスへの積極参加・発言権の強化」については、米国トランプ政権を意識してか、今回は言及していない。

おわりに

 今回のヒアリングで、多くの中国人エコノミストは、「今回の習近平総書記の報告はあくまで政治報告であり、経済政策の中身はこれから議論される」としていた。直近の会議としては、まもなく開催される中央経済工作会議があり、18年3月の全人代政府活動報告を経て、秋の党3中全会へと、次第に経済政策の詳細が固まっていくものと思われる。それが、より改革の方向へと進むのか、再び揺り戻しが起こるのか、注目したい。