田中修の中国経済分析
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【18-02】習近平経済思想とは何か

2018年3月14日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 2017年10月の第19回党大会で、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想が採択されたが、その後12月の中央経済工作会議と人民日報社説2017年12月21日(以下「社説」)において、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」経済思想(以下「習近平経済思想」)が提起された。本年3月5日に李克強総理が全人代に対して行った「政府活動報告」においても、これを真剣に貫徹しなければならない、とされている。

 では、習近平経済思想とはどういう思想なのか。これまでの一連の議論を踏まえると、以下のようにまとめることができる。

1.時代認識

 中央経済工作会議では、まず「中国の特色ある社会主義は新時代に入り、わが国経済の発展も新時代に入り、わが国経済は既に高速成長段階から質の高い発展の段階に転換している」という時代認識が示された。

 従来の「新常態」は、「中国経済が高速成長から中高速成長に転換している」という認識を示していた。「中高速成長」が「質の高い発展」に置き換えられたことにより、「新常態」は「新時代」に置き換えられたのである。今後、「新常態」の使用頻度は次第に減少するであろう。

2.習近平経済思想の内容

(1)主要な内容

 中央経済工作会議は、習近平経済思想の主要な内容は、2015年の党5中全会で習近平総書記が提起した、5大新発展理念であり、これを体現したものが「質の高い発展」であるとする。

 「社説」は、「質の高い発展とは、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要を好く満足できる発展であり、新発展理念を体現した発展であり、イノベーションを第1の動力とし、協調を内生的な特徴とし、グリーンを普遍的な形態とし、開放を通るべき必然の道とし、共に享受することを根本目的とする発展である」とまとめている。

(2)その他の重要な内容

 「社説」によれば、5大新発展理念以外には、次の項目が、習近平経済思想の主要な内容となる。

  1. 経済政策に対する党中央の集中的・統一的な指導を強化する。
  2. 人民を中心とする発展思想を堅持し、「五位一体」(経済建設・政治建設・文化建設・社会建設・生態文明建設を一体的に進めること)の総体的手配を統一的に企画推進し、「四つの全面」(小康社会の全面的実現、改革の全面的深化、法に基づく国家統治の全面的推進、全面的な厳しい党内統治)の戦略的手配を協調して推進する。
  3. 資源配分において市場の決定的役割を発揮させ、政府の役割を更に好く発揮する。
  4. わが国の経済発展の主要矛盾が、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要とアンバランス・不十分な発展の間の矛盾へと変化していることに適応して、マクロ・コントロールを整備し、サプライサイド構造改革の推進を経済政策の主線とする。
  5. 問題志向により経済発展の新戦略を手配する。
  6. 正確な政策の策定・方法を堅持し、安定の中で前進を求め、戦略の底力を維持し、最低ラインを守るという考え方を堅持する。
  7. 経済発展の新常態に適応し、これを把握・リードすることを堅持する。

3.習近平経済思想の目標

(1)戦略目標

 習近平経済思想の戦略目標は、2035年までに現代化した経済システムを建設することである。

 「社説」は、「質の高い発展を推進するには、現代化した経済システムを建設しなければならず、これはわが国発展の戦略目標である」とする。物質・文化・生活のみならず、民主・法治・公平・正義・安全・環境にまで多様化・高度化した人民の需要を満足できるのが、現代化した経済システムなのである。

 習近平総書記は、2018年1月30日の党中央政治局集団学習会で「現代化した経済システムの建設」を取り上げ、「国家が強くなるには、経済システムが強くなければならない」と強調した。

 彼によれば、「現代化した経済システム」は、次の7つのシステムが1つとなった有機的総合体である。

  1. イノベーションがリードし、協同発展する産業システム
    • 実体経済、科学技術イノベーション、現代金融、人材資源の協同発展を実現しなければならない。
  2. 統一・開放され、競争が秩序立った市場システム
    • 市場への参入がスムーズで、市場の開放が秩序立ち、市場の競争が十分で、市場の秩序が規範化されていることを実現しなければならない。
  3. 効率を体現し、公平を促進する所得分配システム
    • 所得分配が合理的で、社会が公平で正義があり、全人民が共同富裕であることを実現しなければならない。
  4. 優位性が顕著で、協調して連動する都市・農村と地域の発展システム
    • 地域の良性の相互作用、都市・農村の融合した発展、陸・海の統一された全体としての最適化を実現しなければならない。
  5. ⑤資源が節約され、環境に友好的なグリーン発展システム
    • グリーン・循環・低炭素の発展、人と自然の調和のとれた共生を実現しなければならない。
  6. 多元化しバランスが取れ、安全で効率が高い全面的な開放システム
    • よりハイレベルの開放型経済を発展させ、構造の最適化・深い展開・効率向上への方向転換に向けて開放を推進しなければならない。
  7. 市場の役割(注)が十分発揮され、政府の役割がより好く発揮された経済体制
    • 市場メカニズムが有効で、ミクロ主体に活力があり、マクロ・コントロールが適度であることを実現しなければならない。

(注)2013年党3中全会で用いられた「市場の決定的役割」という表現が用いられていないことに注意。

(2)当面の重点目標

 2020年までの3つの堅塁攻略戦に勝利しなければならないとされた。

  1. 重大リスク防止・解消
    • 重点は金融リスクの防止・コントロールである。「マクロのレバレッジ率を有効にコントロールし、実体経済への金融のサービス能力を顕著に増強し、システミックなリスクを有効に防止・コントロールしなければならない」とする。
  2. 精確な脱貧困
    • 「特定の貧困層への精確な貧困支援に狙いを定め、貧困が深刻な地域に集中的に力を発揮し、脱貧困の質を高めなければならない」とされる。
  3. 汚染対策
    • 重点は、青空防衛戦に打ち勝つことである。「汚染対策を強化することにより、主要汚染物質排出総量を大幅に減少させ、生態環境の質を総体として改善しなければならない」とされる。

まとめ

 要するに、習近平経済思想とは、5大新発展理念(イノベーション・協調・グリーン・開放・成果を共に享受)を軸とした質の高い発展によって、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への多様化・高度化した要求を十分満足させられる現代化した経済システムを、2035年までに実現し、21世紀中葉への強国化に備えようとするものといえよう。