【15-01】反腐敗のターゲット
2015年 2月17日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
風が吹けば桶屋が儲かる。
そんな古いたとえを持ち出したくなるような懸念が、いま中国と関係の深い各国で広がり始めているという。その理由は習近平政権下で推し進められている反腐敗キャンペーンの波風が、いよいよ国境を越えて大きな影響を及ぼし始めているからだというのだ。
ではいったい、どのような影響が懸念され始めているのだろうか。
「トラもハエも叩く」をスローガンに進められてきた習近平の反腐敗キャンペーンが、直接的には国内での高額消費を冷やし、間接的には役人の消極的なサボタージュという抵抗を招いて、中国経済の足を引っ張っていることはよく指摘されることだ。前者は茅台酒の値段の暴落や欧米の高級時計メーカーの路面店が大都市から続々と引き上げていることでも明らかだ。また〝不作為〟問題とも呼ばれる後者の問題では、李克強首相が度々「不作為は腐敗と同じ」と強い口調で批判を繰り返していることからもその根深さは理解できる。
汚職の取り締まりとぜい沢禁止令により中国で最も自在にお金を使うことのできる層を委縮させているのだから消費に響くのは当然のことだ。
だが、政権の選択として「目下の課題は、格差に対し不満を募らせる人民への対策」となるのも無理からぬところだ。そこは経済的な犠牲には多少目を瞑っても政治課題を優先させなければならないのである。
習政権のこの姿勢は二〇一五年の幕が明けても変わることはなかった。一月二日に南京市書記が身柄を拘束され、人々は習政権の決意を再認識したのだが、春節後にもこれは変わることはなさそうなのだ。
二月十一日、党中央は春節後も中央巡視隊が休みなく第一ラウンドの巡視に入ることを宣言したのだが、その最初のターゲットに選ばれたのが全二十六社の国有企業となったことも同時に公表したのである。
つまり今年の反腐敗のターゲットが国有企業になったことを意味する決定だった。
中央規律検査委員会は、その第一弾のターゲットとなる二十六社のリストを公開しているが、それらは国務院直属の央企と呼ばれる国有企業の中の国有企業という以上に深い意味を持つ名前がズラリと並んだことに関係者は衝撃を覚えたという。試みに以下にその名前を並べて見よう。
- 中国核工業集団公司
- 中国核工業建設集団公司
- 中国石油天然気集団公司
- 中国海洋石油総公司
- 国家開発投資公司
- 中国東方電気集団有限公司
- 中国電子信息産業集団有限公司
- 中国電力投資集団公司
- 国家核電技術有限公司
- 中国中化集団公司
- 中国五砿集団公司
- 中国華能集団公司
- 中国建築工程総公司
- 国家電網公司
- 中国南方電網有限責任公司
- 中国船舶重工集団公司
- 中国遠洋運輸集団総公司
- 中国機械工業集団有限公司
- 中国通用技術集団控股有限責任公司
- 中国大唐集団公司
- 中国国電集団公司
- 中国電信集団公司
- 中国移動通信集団公司
- 宝鋼集団有限公司
- 武漢鋼鉄集団公司
なかでも中国核工業や中国船舶重工業、中国機械工業などは企業とはいっても軍との関連も密接で、厚い秘密のベールに包まれてきた神秘の存在であった。
そうした企業に今年は中央規律検査委員会を筆頭に中央組織部、会計検査院、国有主要基幹企業幹事会などが加わった査察チームが派遣され徹底的に問題を焙り出すというのだから波乱の一年になることは間違いない。
二〇一四年にもすでに七〇人を超える国有企業の高官が逮捕されているが、今年はその比ではない人数が失脚することになるのだろう。当局の狙いは、反腐敗で上層部に政治的な敗北を与えた後、彼らに染み着いた浪費体質にメスを入れることだとも言われる。それができれば、二〇一四年末時点で六十六億元にも達したといわれる負債の問題にも光明が見えてくるのかもしれない。
一方、各国が心配するのは、もともとやりたい放題だった国有企業が突然の監査により慌ててつじつま合わせに走るのではないかという心配だ。
すでに昨年の夏ごろから始まった「キツネ狩り」により約半年間で七百人の海外逃亡者(うち四十名が元政府高官)が捕まえたと伝えられる。
中国が「キツネ狩り」に力を入れるのは二〇一二年までに約一兆ドルともいわれる不正な資金の流出を取り戻すためともされ、すでに中国は昨年末までに五十億ドルの資金を取り戻したとも言われている。
こうした動きのなか、キツネや国有企業が今後、海外で不動産を投げ売りし始めたらどうなるのか。価格暴落を懸念する声が静かに出始めているのだ。