富坂聰が斬る!
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【15-02】ネズミ獲り

2015年 4月21日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 習近平による腐敗官僚狩りは、とどまるところを知らない。

 党機関紙記者が語る。

 「すでに〝トラもハエも叩く〟というスローガンは、習近平政権の進める反腐敗キャンペーンの代名詞として国内外で定着しているようですが、昨夏からは、ここに不正な蓄財をした後に海外に逃げた官僚を指して使われる『キツネ』が加えられ〝キツネ狩り〟が展開されています。昨年末にかけては海外で逃げ場を失って帰国するキツネたちのニュースが国内で大きな話題となりました。そして最近、このスローガンには新たに〝デブネズミ〟が登場しているのです。〝組織に巣くったデブネズミを追い出せ〟という使われ方ですが、デブネズミが登場する頻度は急速に高まっています」

 中国語の「碩鼠」は、肥えて太ったネズミのことだ。中央・地方の行政組織に巣くい、公費をジャブジャブ使って私腹を肥やしている問題もそうだが、組織の非効率の原因としても厳しい批判の対象となっている。

 海外に逃げ出したキツネを捕える〝キツネ狩り〟と対比させ、国内にとどまって共有財産を貪る官僚の排除は〝ネズミ獲り〟と呼ばれている。公費を浪費する官僚への風当たりは急速に厳しさを増してきている。

 腐敗官僚を追い詰めるキャンペーンの風向きを、次々と動物にたとえながら変化させてゆく手法は、国民を熱狂させ、習近平人気を不動とするだけでなく、メディアにも不断の材料を提供する役割を果たすため、メディアの受けも好評である。

 習近平指導部のしたたかさを感じさせるやり方だが、こうした動物の名前を新しく加えながら少しずつターゲットを拡大してゆくというキャンペーンから見えてくる特徴は、単に対象範囲を広げているということだけではない。

 トラとハエがスローガンの中心であった時期からキツネとデブネズミが加わるのに従いそこには〝質〟の変化も起きたと考えられている。

 「基本的には大衆の側に立って、官僚がそれまで一手に握ってきた権力に思い切ってメスを入れるということなのですが、メスの種類や目的は一種類ではないということです。官僚組織に蔓延った汚職体質を改善すると同時に緩んだ規律を引き締めるというのがメインストリームです。これは『正風粛紀』であり、『享楽主義との戦い』に分類されるものですが、それ以外にも習近平主席自身が言及しているのが『形式主義との戦い』と『官僚主義との戦い』です。これは大胆に解釈すれば、人民に奉仕する官僚という位置付けを取り戻すことです。

 そしてもう一つ、習主席が言及しているのが『組織のダイエット』という目的です。これは官僚機構に蔓延ってしまった無駄遣い、浪費といった問題を叩きのめすという戦いを意味します。デブネズミはまさにこの組織ダイエットの文脈で理解されるべきターゲットなのです」(国務院OB)

 実際、中国のメディアは各地で架空のポストに親族をつけて不正に報酬だけを得ていたという問題――勤務実態のない名前貸し――などを報じてきていて、次々に処分されている実態が浮き彫りにされている。

 またキツネ狩りに関しても、本当の目的は海外に流出する資金の流れを断つことだとされている。CCTVなどの報道によれば、中国がキツネ狩りに力を入れ始めたのは、〈2012年までに海外に逃亡した官僚たちによりおよそ1兆ドルといわれる不正な資金の流出を取り戻すため〉ともいうのだ。

 APECの前後で中国が各国との間で犯罪人引渡し条約の締結について熱心に働きかけたのは記憶に新しい。

 もっとも本当に持ち出された資金を回収することは簡単ではないのだが、それでも今後も同じペースで流出することだけは何が何でも防ごうということなのだろう。

 こうした指導部の取り組みに対して、いま中央には一つのうがった見方が広がっているという。

 「これは綱紀の粛正という以外に発展の資源を浪費しないことのためにやっているのではないかというのです。もちろん半分冗談ですが、今後の中国経済の停滞に備えて少しでも切り詰めておきたいという切迫した理由が、〝キツネ狩り〟と〝ネズミ獲り〟にはあるということです」

 いずれにせよ元陸軍中将の谷俊山の収賄額が200億元(2015年4月1日『財経ネット』)だと聞かされれば、そんな浮ついた時代がいつまでも続くとは思われないのが普通の感覚に違いない。