富坂聰が斬る!
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【17-01】新社会階層

2017年02月16日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 中国では長らく、驚異の経済発展を遂げる中国を説明するなか、その一方の問題点を指摘するとき、決まって「国進民退」という言葉が使われてきた。

 これは国有経済の占める割合が多く、そのため賄賂が横行し社会に歪みが生じていることを意味した言葉だ。

 1992年、鄧小平の南巡講話後の急激な経済優先への傾斜のなかで使われた「民進国退」からの変化も表していた。

 こうした社会の変化はいずれも時代の追い風を受けた〝貴族〟を誕生させるのだが、いま習近平が取り組む経済の構造転換の中でも時代の寵児ともとれる一団が中国社会に生まれているという。

 それが「新社会階層」である。

 2017年1月10日付で出された『人民ネット 日本語版』の記事は、その新階層が中国の今後の経済発展のなかで中心的な役割を担うのではないかという期待を込めて報じている。そのタイトルは、

〈高収入と驚異的な消費能力!中国7200万の「新社会階層」〉

 というものであった。

 2017年に入って以降、「新社会階層」に関する記事が頻繁に国内のメディアを賑わしているが、そのきっかけは『人民ネット』も触れている通り、

〈中国共産党中央統一戦線活動部(統戦部)宣伝弁公室はこのほど、現在の中国で、新たな社会階層に属する人々の数が約7200万人に達し、うち党員以外の人が95・5%を占め、約6900万人に上ることを明らかにした〉

 からである。

 そもそも新社会階層とは、2015年に統戦部が発表した『中国共産党統一戦線工作条例(試行)』のなかで規定された人々を指しているのだが、より具体的な定義として民間企業及び外資企業の管理職または技術者、或いはコンサルタントや法律職の従事者、そしてフリーランサーなどのなかで、中国の特色ある社会主義事業の建設者であり、全面建設小康社会の実現において重要な作用を担う人々だとされている。

 何とも難解な表現になってしまうが、ごく簡単に理解すれば非公有の社会に生まれ新しいライフスタイルをもった高収入な人々と解して間違いないのだろう。つまり硬直した国有経済と民間の間に生み出された比較的に自由な業種にいる人々である。

 2015年に定義された当時、こうした新社会階層の人々は約5000万人とされていたのだが、それが『人民ネット』の記事によれば7200万人に達しているというのだから、急拡大していることが分かる。

 しかも非党員が95・5%を占めているというのだ。

 さらに興味深いのは、ぜい沢禁止令を発し、「群衆(大衆)路線」を前面に打ち出している習近平が大きな目標に掲げる「全面小康社会」の建設に、この新社会階層が重要な役割を果たすことが期待されているというのだ。

 つまり「国進民退」でも「民進国退」でもなく、その間の「中間」を伸ばすことで社会全体をけん引させようという目論見なのである。

 このあたりの多様性こそが、習近平の中国が単なる先祖返りではないとされる要因なのだろうが、現在までのところ、新社会階層の人々は中国社会のニーズにうまく合致していると考えられている。

 2017年1月16日付『長安街知事』の記事によれば、新社会階層の人々の持ち家比率は、60・8%。これは全国平均の57・2%を上回っているが、そこに埋めがたい差を感じるほどではない。

 また同様に北京、上海、広東省に暮らす新社会階層の人々の持ち家の面積の平均は、約38・15平方メートルで、同じ地域の平均持ち家面積の33・19 平方メートルと比べて約14・94%広いという。

 これは反腐敗キャンペーンの中で明るみに出された巨大な富の蓄積に慣れた人々には、極めて受け入れやすい差だと考えられる。

 そして党として期待されるのは、彼らがよく稼ぎよく使う体質を持っていることだ。

 先の『人民ネット』からもう少し引用してみよう。

〈個人所得から見ると、「新社会階層」の過去1年間の平均収入は16万6403元(1元は約16.9円)と、社会全体の平均(7万5184元)をはるかに上回り、2.21倍だった。世帯収入では、「新社会階層」の過去1年間の世帯総収入は平均28万8826元、社会全体の平均(14万7573元)の1.96倍。消費水準・消費能力の面を見ると、統計データによると、北京・上海・広州3都市の「新社会階層」の過去1年間の世帯支出平均額は、社会平均水準の1.71倍に相当する13万1459元だった。〉

 新社会階層の膨らみが今後の中国社会の安定因子となるのか否か。注目が必要だ。