富坂聰が斬る!
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【17-02】米中の摩擦

2017年 4月18日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 4月6日と7日の2日間にわたって米フロリダ州パームビーチにあるドナルド・トランプ大統領の別荘で行われた米中首脳会談は、北朝鮮による挑発的なミサイル試射や米軍による突然のシリア・アサド政権軍へのミサイル攻撃によって、安全保障問題がクローズアップされることとなった。

 太平洋を挟んだ2大国のトップ会談となれば、安全保障問題が注目されるのは仕方のないことだが、中長期的視点に立てば、やはり重要なのは米中の2国間関係が安定軌道に乗ったのかという視点であり、同時に両国が経済パートナーとしての関係をきちんと構築できたのか否かが注目されるべきだろう。

 その意味からも本稿では、朝鮮半島問題やシリア問題ではなく、通商問題の視点からみた米中首脳会談にスポットを当てよう。

 まず、良好な大国関係の構築では、会談を終えた習近平国家主席が「私とトランプ大統領は長時間の話し合いを通じて意思疎通をはかり、互いに理解を深め、相互信頼を増進し、多くの重要な共通認識に至り、良好な関係を打ち立てることができた」と満足げに語っている。

 これに対しトランプ大統領も「習近平主席と私の関係は、十分良好な関係へと発展させることができたと認識している。われわれは今後も、会談を重ねてゆくことを期待する。そして両国間に潜在する極めて困難な問題も解決に導くことができると信じている」(在京アメリカ大使館)と応じている。

 米国に新大統領が誕生して初の首脳会談ということで中国側には少なからず警戒心が働いていたと思われるが、米中はとりあえず良好な関係という軌道に乗ることができたのだろう。

 興味深いのは、攻勢に出るトランプ陣営に対して中国側が防戦一方との印象を受けた今回の首脳会談のなかで、中国側は意外にも多くの提案を行っていることだ。

「中米貿易が協力を強化するということの前途には、大きな広がりがある。双方はこのチャンスを逃してはならない。中国は米国が『一帯一路』という枠組みに参加することを歓迎する」(習近平国家主席)

 また、米中両国の合意の中には、「双方は今後一定期間の重点協力分野と努力目標を確定した。双方は今後、二国間投資協定交渉を引き続き推進し、インフラ建設やエネルギーなどの分野での実務協力を模索し展開していく。」(『人民網日本語版2017年4月8日』〈中米首脳会談 積極的シグナルを発信〉)というように中国の悲願でもある投資協定をそのなかに放り込んできているのも確認できるのである。

 中国側も防戦一方とみせながらもしたたかな交渉をしたことをうかがわせた。

 いずれにせよトランプ大統領が選挙戦のなかで触れた対中貿易への不満は、そもそも誤解に基づく根拠の薄い批判だった。

 その点、中国は時間をかければいずれ軌道修正は可能だと踏んでいたはずだ。

 事実、トランプ大統領の事実誤認に基づく批判は、アメリカ国内からもそれを疑問視する声が上がる。

 少し長いが、以下に『人民網』(日本語版 3月28日 〈中米の経済関係を把握するには現実を見る必要がある〉)に掲載された記事のなかから米中経済摩擦の実相について抜粋して紹介しておきたい。

「(前略)イェール大学シニア・フェローのスティーブン・ローチ氏による透徹した指摘のように、米国は101カ国との間に貿易赤字を抱えている。実は中国の対米貿易黒字は、中国が利益を得て、米国が損失を被っているということを意味するものではない。米国の消費者に目を向けると、中米貿易は米国の家庭にとって年850ドル以上を節約する助けとなっている。研究によると、企業レベルでは、中国の対米貿易黒字のうち約40%は中国で経営する米国企業によるものであり、20%は他の外資系企業によるものだという。ましてや、中米の経済が各自モデル転換を進めるにともない、双方間の貿易構造にも転換が生じている。過去10年間に米国の対中輸出は年平均11%増加したが、中国の対米輸出の伸びは年平均わずか6・6%だった。今や中米間のサービス貿易額は1000億ドルを超え、米側が黒字を維持している。」

 12日、シリア問題での安保理決議の否決を受けて行った記者会見では、トランプ大統領が「習近平主席とは気が合う」と発言。また同じ日の米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道によれば、トランプ大統領は米財務省が近く公表する為替報告書で、中国を「為替操作国」と認定しないとの考えを示したというのだ。

 こうした反応は、シリア問題をめぐる米ロの対決の中で、中国が明確にアメリカ寄りの姿勢を示したことへの見返りだと考えられるが、このことは同時に、中国の対応次第ではトランプ政権が中国との距離をぐっと縮める可能性があることを証明したことにもなる。

 つまり日本には、今後、アメリカが突然AIIBへの参加を表明するなど、唐突に梯子を外してくるといった事態にも備えておかなければならなくなったということだ。