【17-03】宇宙開発
2017年 6月14日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
世界の大国間の競争は、「海洋」、「宇宙」、そして「サイバー」という三つの空間で鎬を削る。そうしたトレンドは、今後も続いてゆくと考えられている。
この視点から見たとき、中国はその潤沢な予算を宇宙にも惜しみなく投じ、積極的な開発に邁進している。そのことがあらためて浮き彫りにされたニュースだった。
今年6月9日、科学調査船「向陽紅09」に搭載された有人潜水艇「蛟竜号」がマリアナ海溝での作業に入ったことが報じられた。深海・遠洋にも中国の手が伸びていることを示したのだが、そのニュースが世界を駆け巡るのとほぼ同じタイミング(5日から9日まで)で注目を浴びたのは、北京で開催された世界宇宙探査大会2017年(GLEX2017)だった。
中国宇航学会が主催するGLEX2017は、世界の宇宙事業に関わる最先端の技術者や組織が一堂に会する場所の一つとして知られている。
大会の初日には習近平国家主席がわざわざ祝賀のメッセージを寄せて、やはり中国が宇宙事業に力を傾注していることを示したのだった。
さて、ではこの大会において中国が最も目玉としたニュースとはいったい何だったのだろうか。
それは言うまでもなく月探査機「嫦娥4号」に関するものであった。
間もなく中国が行うとされる月の裏側への探査に関し、2018年には月探査機「嫦娥4号」の打ち上げが順調に進んでいると自信を示したのである。
月の裏側とは、つまり「深宇宙」のことを意味しているのだが、この「深宇宙」の開発には米ロも以前から非常に力を入れてきている。
米中ロがそろって「深宇宙」開発に邁進する理由については後述するとして、この探査が科学技術の分野でも多くの国と科学者の関心の的であることは、〈(「嫦娥4号」には)オランダ製低周波探査装置、ドイツ製月面中性子・放射線量探査装置、スウェーデン製中性原子探査装置、サウジアラビア製月小型光学イメージング探査装置という、4つの国際協力科学装置が搭載される〉(「人民網日本語版」2017年6月8日)ことが決まっている点を見てもよく分かる。
月は自転の関係により地球からは常に一つの面しか見えないが、その裏側まで探査機を飛ばすとなれば通信の中継の高度な技術が必要である上に電磁波の影響で低周波数の通信に限られるという問題にも対処せざるを得なくなる。
いわゆる内外の技術をこの探査機に結集させる必要があり、黒竜江省のハルビン工業大学が開発した2つの小型衛星の搭載や広東省の中山大学が提供するレーザー角反射鏡といった技術が持ち寄られるとされる。
また宇宙農業にもつながる技術とされる月面での微生態については重慶大学の技術が活かされるというのだ。
ただ中国の「深宇宙」開発と聞かされれば、やはり真っ先に思い浮かぶのは軍事利用である。
深宇宙は、軍事分野では早くから敵に事前に察知されることなく相手を攻撃できる能力として注目されてきた。
月の裏側は常に地球からは死角となる。そのため、攻撃される側からすれば、まったく見えないところから突然ミサイルが飛んでくるのだから恐怖に違いない。
こんな態勢を整えられれば、ライバルに対して大きなアドバンテージを得ることは自明だ。
例えば現在、中国が強く反発する米軍による朝鮮半島へのTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)配備だが、このTHAADで中国が最も警戒しているのは2000キロメートル先まで正確に物体をとらえるXバンドレーダーである。これによって中国の動きはガラス張りになってしまいかねないと考えられるのだが、このレーダー網を逃れるために中国がなんとしてもほしいのが潜水艦発射型ミサイルの有効性が確保される深い海であり、また今回の「深宇宙」なのである。
もちろん中国の宇宙開発のすべてが軍事から説明されるものではない。ただ、中国が今後、2020年には火星探査も計画し、火星を一周して土壌サンプルを持ち帰るなどの計画を推進してゆくその裏側では、米中ロ三カ国の間の「空間」をめぐる競争という側面が拭えないのも一つの現実である。
2025年には中国が宇宙ステーションを持つ唯一の国となることは知られているが、そのほかにも天文大科学装置、高海抜宇宙線観測ステーション(LHAASO)を完成させ、ここに届く宇宙線情報を中国が各国に提供する役割などを担うとされるのだ。このことを考慮すれば、中国にはますます一国の利益ではなく大国としての役割を求めてゆかなければならないのだろう。