富坂聰が斬る!
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【17-05】EVの未来

2017年11月 6日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 今秋、中国が本格的に電気自動車(EV)の普及に向けて舵を切ったとの報道が世界を駆け巡った。この動きはヨーロッパの動きとも連動し、自動車産業の未来を大きく変えてしまうことになると、日本でも大きな話題となっている。

 現状、世界の自動車販売台数の伸びは、大袈裟に言えば世界の伸びがそのまま中国国内での伸びと重なっている。つまり世界の各自動車メーカーの帰趨は中国市場での出来次第であり、その中国がEVにシフトすれば、世界がその影響を受けることは避けられないと考えられている。

 なかでも心配されるのが、日本が技術を積み上げてきたガソリンエンジンにかかわる部品メーカーが、突如として需要減にさらされてしまうことだ。

 いったい中国はどこまで本気なのか。

 北京を訪れ、EVシフトの見通しを尋ねてみると、それぞれの立場で意見が真っ二つに分かれることにまず驚かされたのだった。

「中国でEVシフトの旗振り役を担っているのは政治では国務委員の馬凱氏で、組織としては工業情報部(工信部)です。もちろん、一番上で命じているのは習近平でしょうが」

 と語るのは上海を拠点に活躍する経済アナリストである。

「この政策は中国の問題を解決するという意味でも、未来を切り開くという意味でもマストでしょう。

 まず環境への対策です。ご存知のように中国の都市部は大気汚染が深刻な状況にあります。PM2.5の問題の元凶が本当は石炭ではなく自動車の排出ガスであることは誰もが知っていることです。

 そして次は産業としての重要性です。中国の経済発展においてGDPへの貢献が最も大きいのは相変わらず不動産業界ですが、二番目は実は自動車なのです。そして、この産業は『マーケットと技術を交換する』という中国の戦略がうまく機能しなかった業界でもあるのです。つまり、外国にマーケットを提供しても、それなりの技術が中国に落ちなかったということです。しかし、もしEVに大きく舵を切ればガソリンエンジンでは埋められなかった差を一気に埋めてしまえるかもしれないのです。それが大きな動機になっていることは言うまでもありません。

 そして最後がエネルギー問題です。これはメディアで見落とされがちな視点なのですが、中国ではいま石油の輸入依存が高まっていることへの警戒があるのです。

 実はEVはこの問題にも効果的なのです」

 EVの利点をならべてみると、確かに中国がEVに向かって行くのは必然であるようにも思える。

 では、政府はどのようにしてEVを普及させようとしているのか。

「まずは2020年まで、財政的な支援をするということです。これは単なるバラマキになることを避けるため、消費の段階での補助ではなく川上に向けて出されます。これにより電池の値段を下げさせ、普及を目指すというものです。何といってもEVの技術は電池に始まり、電池に終わるというのが実情ですからね」(同前)

 ただEV普及に向けた消費者へのインセンティブという点では、補助金以上に大きな影響があると考えられているのがナンバーの取得に関する手続きだ。

 やはり上海の投資コンサルタントが語る。

「例えば、住民の所得が高くて自動車への需要の高い上海や深圳では、自動車の購入資金よりも大きな悩みはナンバーの取得ができないことです。上海では、いまナンバーを取得するため平均で9万元(約153万円)、深圳では5万元(約85万円)も出して、何カ月も待たなければならないのです。時間と費用のコストは大変なものです。これがEVなら、即日、またほとんどただで手に入るのですからね。このインセンティブは大きい」

 ただし、これはあくまで都会の話。中国でEVが爆発的に普及する前提である田舎でのインセンティブにはならないと語るのは、自動車工業会の幹部だ。

「問題はいろいろあります。何より電池の進化が本当に実用に適するレベルに起きるのか否かは誰にも保証できないのです。特に心配なのは充電時間です。現在の長さに耐えられる消費者がどれほどいるのか......。ですから政府の補助もとりあえず2020年までになっているのです。その後には『見直し』となることも、当然のこととして、あります」

 2021年からは新たにポイント制による補助が始まるが、これが大幅に見直される可能性もあるというのだ。

 だが、業界の反応は概して強気である。それは新たに認可されたEVのメーカー(現状で15社)だけに限らない。

 中国で認可されていないEV車を販売しているメーカーの幹部はこう語る。

「われわれが手掛けている低速EVはナンバーをもらって正式に登録できませんが、しかし実際に中国の道路にはあふれています。それも電動バイクまでいれれば相当な数です。ですからわれわれのような企業も含めれば、いま中国には100社以上のEVメーカーがひしめいているのです。そしてわれわれが提供する低速EVは価格も手ごろで1万元から2万元です。ですから市場は国内だけではない。インド、パキスタン、イランなどでは国情にもマッチして非常に売れています。まさに中国の進める〝一帯一路〟の先兵となるのが低速EVです。

 中国国内でも海外でも、いまバイクに乗っている人が今後自動車に切り替えてゆくことを考えれば、最初に手を出すのが低速EVである可能性は高い。政府が正式に認可してくれなくても、われわれは十分に高い利益を上げていける」

 彼らが主張するように100キロ圏内であれば、普通の自動車と何も変わらないのだとすれば、需要は確かにありそうだ。また電池の寿命が短いという問題も、価格が安ければ気にならないかもしれない。

 今後〝一帯一路〟沿線国の国民の所得が上がり、その成果としてバイクを自動車に乗り換える動きが本格化するときには、こうした手軽な低速EVの商機が高まるというのもうなずける。

 いずれにしても中国のEVをめぐる動きには、凄まじい活気が包含されていることだけは間違いなさそうだ。