富坂聰が斬る!
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【18-04】米中経済戦争

2018年8月22日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 いま日中関係改善のための追い風が吹いている。

 原因は何か。

 ずはり米中経済戦争が激化し、長期化の兆しが出てきているからだ。

 では、なぜ米中経済戦争が日本と中国の関係に影響を与えるのか。

 日本人の好きな思考にあてはめれば、「対米関係の悪化に直面した中国が、弱気になって近づいてきた」と解釈されそうだが、残念ながらそう単純な話ではない。

 簡単に経緯を整理しておこう。

 アメリカの対中貿易赤字問題に端を発した今回の関税合戦は、途中、中国の大手通信国有企業、中興通訊(ZTE)による対イラン不正輸出への制裁が絡み、中国の劣勢が顕著となった。

 理由は簡単だ。ZTEに代表される中国で先進技術を担う企業の多くが米国のサプライヤーに大きく依存しており、そこからの部品の供給なくして高付加価値の製品などを生産できないことが、この制裁で明らかになってしまったからである。

 ただ、これはゼロサム的思考に値することではない。これまで合理的に形成されたサプライチェーンを無理やり断ち切れば、大きなコストが双方にかかるからだ。つまり、米国が中国に飲ませる劇薬には期限があるということだ。

 ここで重要な視点は、トランプ政権の仕掛けた制裁が、ZTEという偶然によって効果を得ているものの、それはさまざまな計算を働かせた上で導かれた結果ではないということだ。

 そのことはトランプ政権が誕生してからずっとアメリカの対中貿易赤字問題が重要なテーマであったにもかかわらず、中国が問題解決に真剣に取組もうとはしてこなかったことからも明らかだ。関税の発動をにおわせていた段階でも、それは同じだった。

 そして、いま中国が最も気をもんでいるのが、ZTEの痛手で傷ついた中国に対して、一気呵成に安全保障問題でも中国の勢いを削ごうとする動きが出ていることだ。

 なかでも台湾問題を絡めようとする動きに対し、中国は神経質になっている。

 台湾問題とは、中国共産党も合理的判断を抜きに対抗せざるを得ない問題なのだ。換言すれば、この問題で米国に屈すれば共産党が中国を支配することはできなくなるからだ。

 そんなことになれば、誰にとっても不幸な状況しか生まれない。

 アメリカの意図が次世代通信の5GネットワークやAIで中国を退け、圧倒的な存在であることにあるのであれば、何も大きな犠牲を払って中国とゼロサムの闘いをする必要はない。

 大袈裟なことを書いているようにも受け取られるかもしれないが、アメリカのアジアへの理解が、とくに現政権の強硬派の中にきちんとあるとの前提で考えてよいものなのか、やはり疑うべきではないだろうか。

 そして、この不安の払しょくのために重要となるのが日本の役割である。

 言い換えれば、〝通訳〟として米中の間に入ることだ。

 例えば、中国が妥協しやすい環境を提供すると同時に、トランプ砲が実際の対中ビジネスで効果を上げられるようにきちんと導くことができれば、米中双方からも感謝され、日本の国際的な地位も高められる。

 トランプ砲が向くべき方向は、中国の知的財産の保護の改善やローカルルールの押しつけである。なかでも進出企業に対する技術移転の強要などをやめさせるように仕向けることができれば、欧州の経済界からも日本が感謝されよう。

 ZTEの問題で煮え湯を飲んだ中国は、アメリカ以外の国のサプライヤーに期待することも考えられ、その候補としてまだ日本が果たせる役割――あと数年も経てばそれも危うくなるかもしれないが――もある。

 現実問題としてアメリカが本気で中国に制裁している中で、日本が中国に助け船が出せるかといえば、簡単ではないが、そうはできなくとも中国が日本を無碍にできる環境ではなくなっているのだ。

 つまり日中関係を、日本が大きな妥協をすることなく大きく改善できる前提が整っているのがいまなのである。

 だが、中国自身も対米関係を非常に重視している。習近平政権下で、国内で自らの実績をアピールし過ぎたためにアメリカを強く刺激した点を反省し、対米外交を修正してくるはずだ。

 その意味では、日本への追い風も、いつまでも吹いているわけではない。日本外交の迅速な対応が望まれるときだ。