【14-02】ユーロ・人民元直接交換取引の開始
2014年10月 7日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
9月30日、ユーロと人民元の直接交換取引が開始された。従来から直接交換取引であった米ドルに加え、人民元が直接交換取引を行う相手通貨は日本円、オーストラリアドル、ニュージーランドドル、英ポンド、ロシアルーブル、マレーシアリンギットと今回のユーロで8通貨(注)となった。特に世界で為替取引量の多い4大通貨である米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドとはすべて直接交換取引が行われることとなり、人民元の国際化や中国の対外決済通貨の多様化をより一層進める契機となる出来事といえる。
(注)その他に、2013年10月にシンガポールドルと、2014年7月に韓国ウォンと人民元の直接交換取引が合意されているが、いまだに開始されていない。
直接交換取引の概要
この直接交換取引とは、銀行間市場における為替売買取引を対象としたものである。銀行と顧客との為替売買は人民元と円やユーロなどの間でも従来から銀行が顧客から円を買って人民元を売るというように直接取引であった。中国では銀行間の為替売買取引は上海にある中国外貨交易センターと呼ばれる取引所に取引を集中する義務がある。2010年にこの外貨交易センターで人民元の取引相手通貨としてマレーシアリンギットとロシアルーブルが認められ、この2通貨については当初から人民元との間で直接交換取引が行われたが、メジャーな先進国通貨でドル以外に人民元との間の直接交換取引を初めて開始したのは円だった。
2011年12月に当時の野田総理が北京を訪問し温家宝総理と会談して「日中両国の金融市場の発展に向けた相互協力の強化」について合意した(以下「日中金融協力合意」)。その第1項目は「両国間のクロスボーダー取引における円、人民元の利用促進」であり、第2項目が「円・人民元間の直接交換市場の発展支援」であった。この第2項目にもとづき、2012年6月1日に上海と東京の銀行間為替売買市場で同時に円・人民元の直接交換取引が開始された。
それ以前はどうなっていたか。中国と日本の間の貿易取引や直接投資などクロスボーダー取引の送金通貨に占める円の比率は3~4割程度、人民元は1%程度、それ以外は米ドルと見られていた。3~4割程度の比率を占める円建て取引については、中国側の輸入業者は人民元を円に換えて日本に送金し、輸出業者は受け取った円を人民元に換えて、中国国内で使用する。例えば輸入業者が人民元を円に換える場合を考えると、中国国内の銀行に人民元を売って円を買うことになる。この取引に応じた銀行は銀行間市場で人民元を売って円を買おうとする。このとき、円と人民元の売買が十分活発に行われていなければ、同じタイミングで同じ量の人民元を買って円を売ろうとする相手の銀行を見つけるのは困難である。従って、当該銀行は「人民元売り・円買い」の取引を「人民元売り・米ドル買い」、「米ドル売り・円買い」と言う二つの取引に分解して行うことが一般的であった。これは人民元・ドルの売買量、円・ドルの売買量が十分多いからである。この様な状況は円以外のユーロなど他の通貨の場合も同じである。このため、2011年中の上海の外貨交易センターの為替売買取引で人民元の取引相手通貨にしめる米ドルの比率は99.3%とほぼ100%に近い水準となっていた。
円・人民元の売買を米ドルをはさんで行う方法は、円と人民元の売買ニーズが相対的に少ない場合には取引コストが低くなるという点で合理性がある。しかし、日中間の貿易取引の増加に伴い、円・人民元直接取引のニーズも急速に増加し、米ドルを間に挟まないほうがコストが低く取引できる可能性が高まってきた。また、銀行間市場での取引コストが低下すると銀行と顧客の間の取引のコストも低下する可能性がある。さらに、米ドルの決済はニューヨークで行われるので、上海の営業時間に人民元を引き渡した先は、上海時間の夜にならないとニューヨークの営業時間にドルを受け取ることができないという時差に伴う決済リスクを負う。円と人民元の直接交換取引を行えば、このような時差リスクも回避することができる。このような観点から、円・人民元の直接交換取引の開始が提案された。これが日中金融協力合意の第1項目である。
さらに、銀行と顧客の間の円・人民元の売買コストが低下すると、日本と中国との間のクロスボーダーの送金を従来のドルではなく円か人民元で行おうとするインセンティブが働く。ドルの利用を減らし、円か人民元の利用を増やすことができれば、日中両国の企業にとって為替リスクを抑制することが可能になる。これが同合意の第2項目である。
円・人民元直接交換取引の開始
2012年6月1日に、中国外貨交易センターでは円・人民元取引専門のマーケットメーカー10行を認可した。この中には日本の銀行3行が含まれている。マーケットメーカーは常時円・人民元の売買レートを提示する義務を負い、クレジットラインがある限り、他の銀行が提示レートで取引を希望する場合は応じなければならない。これによって銀行間市場で円・人民元売買を希望する銀行は常に容易に取引相手を見つけることができるようになった。前述のとおり中国では銀行間為替売買は外貨交易センターに集中する義務があるため、外貨交易センターの取引ルールとして定めることによって円・人民元直接交換取引を強制的に実施することが可能であった。
一方、日本では同じく2012年6月1日に主要な銀行が自発的に常時円・人民元の売買レート提示を開始した。
中国外貨交易センターでは人民元の取引相手に占める円の比率は円・人民元直接交換取引開始前の2012年第1四半期には0.14%に過ぎなかったが、開始後の2013年第1四半期には6.65%に急拡大している。その後、日中間の貿易や直接投資の低迷を受けてこの比率は1.97%まで低下しているが、第3位のユーロの比率が0.86%にとどまっており、円は依然として米ドルに次ぐ2位を保持している。米ドルの比率は2012年第1四半期の99.18%から2013年第1四半期には92.14%に低下した。
日本では、銀行間市場での円・人民元直接交換取引はまったく行われていない状況から、取引の開始に伴い1日あたり100億円から150億円程度の取引が行われるようになった。この金額も現状では減少しているようであるが、依然として相当の取引が維持されている。
さらに、中国では主要な銀行が公表している対顧客の人民元・円の売買レートと仲値の差額(スプレッド)の仲値に対する比率が直接交換取引の開始に伴って以前の0.40%から0.35%に引き下げられている。また日本でも主要な銀行が提示する円・人民元売買レートと仲値の差額(スプレッド)は以前の片道40~50銭から30銭に引き下げられている。これらの動きは企業など顧客の円・人民元売買のコストを減少させるものであり、日本と中国の間の送金決済をドルではなく、円か人民元で行うことを促進するものである。
日本にとっての課題
中国は2012年6月の円・人民元に続いて2013年4月にオーストラリアドル、2014年3月にニュージーランドドル、2014年6月に英ポンド、そして2014年9月にユーロとの直接交換取引を開始した。銀行と顧客の間の公表スプレッドはこれらすべての通貨について直接交換取引開始以前の0.40%から0.35%に低下している。それぞれの国と中国の間の取引をドルではなくそれぞれの通貨で行うことを促進するものである。中国は対外取引を過度にドルに依存して行っていると大きな為替リスクを負うと認識しており、米ドルの比率を減らし、人民元か相手側通貨の比率を上げることによって利用通貨の多様化を図っている。日本を含めた相手側通貨の発行国から見ると、自国通貨での取引が増えると為替リスクが低減するし、人民元の取引が増えると自国市場における人民元売買が増加し、自国市場の活性化につながる。人民元との直接交換取引は中国とその相手国双方の利益になる。円・人民元直接交換取引の開始は、日本にとっては東京市場の活性化と円の国際化を同時に目指すものである。
イギリスやユーロ圏のドイツ、ルクセンブルグ、フランスは人民元クリアリング銀行を自国に設置している。また、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスの中央銀行やヨーロッパ中央銀行(ECB)は、中国人民銀行との間で貿易投資を促進するためそれぞれの通貨と人民元を融通しあう通貨スワップ協定を締結した。このようにして自国通貨と人民元の直接交換取引を開始した国・地域は、自国における人民元取引をより効率的で安全に行える体制を整えている。
日本は、直接交換取引こそ最初に実施したものの、2012年秋以降の政治環境の悪化により、人民元取引のバックアップとしての通貨スワップ協定も、人民元クリアリング銀行の設置も実現していない。今後、日中関係が改善すれば、円の国際化、東京市場の活性化のためにもこれらの実現に努める必要がある。さらに円・人民元の決済をより安全なものとするためには、日本銀行と中国人民銀行の決済システムをリンクして円と人民元の同時決済を行い、決済リスクを除去することも実現すべきである。