【15-10】人民元のSDR構成通貨入り問題(補足)
2015年10月14日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
今年6月の本コラム で人民元のSDR構成通貨入り問題について述べ、8月のコラムでは8月11日の人民元為替制度改革がSDR構成通貨入りを狙ったものであると述べた。本件については書ききれなかったことが多いので、補足したい。
新たな実務上の要請
8月のコラムでは、中国が8月11日の為替制度改革において人民元対ドル基準レートを3日連続で合計4%以上切下げたのは輸出促進を狙ったものではなく、前日の終値を参考に基準レートを決めることによって、為替レート決定方式をより市場ベースに近づけSDR入りすることを狙ったものであると述べた。
IMFは、8月4日に“Review of the Method of the Valuation of the SDR - Initial Considerations”というスタッフペーパーを公表し、記者会見を開いた。このスタッフペーパー自体の作成日付は7月16日となっている。
2000年のIMFの決定によって、輸出額が大きいことと、「自由利用可能通貨」であることがSDR構成通貨の条件とされた。今回のスタッフペーパーではこれに加えて「実務上の要請」として①人民元為替レートの問題、②人民元金利の問題、③人民元のリスクヘッジの問題が指摘された。このうち②のSDRに使われる人民元金利の指標としては中国中央登記決済有限公司が公表する3ヶ月もの国債金利が、財政部が恒常的な発行をコミットすることを条件に有望とされた。③の人民元のヘッジ手段についてはオフショア、オンショア両市場においてスワップ、オプションなど金利や為替レートのヘッジ手段が利用可能であるが充分ではないことが指摘されている。これについては本年7月14日に、海外の中央銀行や国際金融機関、ソブリンウエルスファンドなどにオンショア市場のスワップやレポなどの商品に投資することを幅広く認めたが、その効果を見極めたいとされている。
①の為替レートの問題については、二つのことが要求されている。第一は市場ベースの人民元レートが存在すること、第二はオンショアとオフショアの人民元レートの乖離が少ないことである。第一の市場ベースの人民元レートについては、さらに2つに分かれる。まず毎日公表されるSDRの対ドルレートを定めるために実務上ロンドン、ニューヨーク、そしてユーロ圏の市場で定まる人民元対ドルレートが必要とされる。ロンドンにおいては適切な為替レートが得られることが確認された。ニューヨークとユーロ圏については確認中とされている。次に、人民元の対SDRレートを得るために、市場で決定される代表的な人民元対ドルレートが必要とされる。スタッフペーパーでは人民元の代表的レートとして毎朝外貨交易センターが公表する基準レートは市場の実勢を反映していないので適切ではなく、外貨交易センターが毎日作成するベンチマークレートのうち終値に近い3時に公表されるレートが適切であると指摘している。このレートであればロンドン市場の開始時間に近く、SDRの対ドルレート決定に使われるレートとの乖離も最小化できる。8月11日の為替制度改革は、基準レート決定方式を、外貨交易センターの終値を参考として決定する方式に変更したものであり、スタッフペーパーの提案を忠実に実現したものである。
第二のオンショアとオフショアの為替レートの乖離の問題については、もしこの乖離が大きいと、オフショア人民元を使ってオンショア人民元取引のヘッジを行うことが困難になることが指摘されている。8月11日以降人民元の対ドル基準レートは若干元高となっているが、オフショア人民元はオンショア人民元に比べて元安方向に大きく乖離して推移した。中国人民銀行はこれに対して元買い介入を行ったほか、9月1日には金融機関が先物で外貨を売却する際、20%の外貨準備金を無利息で積み立てることを義務付ける規制を公布し、市場の人民元安期待をけん制した。この結果9月末にはオフショア市場の元安方向の乖離は解消された。これらもIMFの指摘に対応したものである。
中国はIMFと密接に議論している
今回のスタッフペーパーでは、SDRの構成通貨のウエイトの決め方についても論じられている。従来は輸出量と、外貨準備として保有されている金額が基準となっていた。これを、より金融取引を反映したものに変えることが検討されている。スタッフペーパーでは外貨準備保有量がその通貨の重要性を示しているとは言えず民間の取引も重要であること、輸出より金融取引が大きいにもかかわらず輸出の比重を大きくしすぎていることが理由として指摘されている。この指摘は、現状のウエイトの決め方で人民元を構成通貨に入れるとSDR金利が急上昇してしまうことが背景にあると考えられる。現在の米ドル、ユーロ、英ポンド、円のウエイトはそれぞれ41.9%、37.4%、11.3%、9.4%であるが、人民元が構成通貨入りする場合のウエイトは現在の決め方では14~16%になると推計されている。人民元3ヶ月国債の金利は現在2%程度であるが、現行の4通貨の金利はほとんどゼロ近傍である。SDR金利の上昇はSDR借り入れ国の負担を重くする。そうした負担を緩和するために当初は人民元のウエイトを小さくすることが検討されているものと思われる。
さらに今回のスタッフペーパーでは、現在の構成通貨とウエイトの終了時期を2015年末から2016年9月末に9ヶ月延長することが提案され、8月11日の理事会で承認された。一部の報道では、人民元のSDR構成通貨入りの決定が延期されたとされているが、それは間違いである。SDR構成通貨の見直しは今年11月のIMF理事会で検討されるが仮にここで人民元のSDR入りが決定された場合、SDRユーザーが金利や為替レートの変更に対応するための時間が必要であることが延長の理由である。すなわち、11月に人民元がSDR入りしてもよいように対応したものである。
スタッフペーパー公表時の記者会見でもIMFサイドから興味深い発言があった。従来からのSDR入りの条件である輸出量については、中国はユーロ圏、アメリカについで第3位であり、充分条件を満たしている。一方、自由利用可能通貨であるか否かについて、スタッフペーパーは様々な数量指標を提示している。例えば人民元は外貨準備通貨としては7位、国際的な債券発行額では8位などとなっている。これについて記者から「まだ自由利用可能通貨というには不十分であるように見えるがどのように評価するか」との質問があった。IMFは、第一関門の輸出量基準は順位で判断する。これをクリアした通貨について実質的に自由に利用できるかどうかを判断する場合、順位は関係ないと回答している。つまり、自由利用可能通貨については、数量指標が7位であれ8位であれ、IMF理事会が充分自由に利用可能であると判断すればよいということになる。
IMFは、過去数ヶ月、中国との間で非常に緊密な作業を行っており、中国は何をすべきか知っているとも述べている。
人民元は遅かれ早かれSDR入りする
以上のように、IMFは人民元のSDR構成通貨入りを前提にその課題を具体的に検討し、中国はその課題を解決しようとしている。11月のIMF理事会で人民元がSDR入りするか否かは不明であるが、仮に今回入らなくてもさらに5年待つ必要はなく、IMF理事会の判断で来年再び検討することも可能である。人民元は遅かれ早かれSDR構成通貨になるであろう。
なお、前回の本コラムで中国がSDDS参加国となる方針であることを指摘したが、10月6日、中国人民銀行はIMFに対し、全面的にSDDSを採用することを通知し、中国はSDDS参加国となった。
(了)