【16-09】人民元為替レートの動向
2016年 9月21日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
昨年8月11日に行われた人民元対ドル基準値の制度改革から1年を経過した。ここでもう一度人民元為替レートの動向について見ておきたい。
為替レートの推移
人民元の対ドル基準値は上下の変動を伴いつつも人民元安の方向に推移し、2016年8月末では1ドル=6.6908元と、改革前の昨年8月10日の6.1162元と比べると9%を超える人民元安となっている。一方、バスケット通貨に対する変動を近似する人民元の実効為替レートをBISの統計で見ると、名目でも物価上昇率を加味した実質でも2015年7月末から2016年7月末までの1年間で7%程度の低下となっている。
また、人民銀行が公表する名目実効為替レートであるCFETS人民元為替レート指数は2014年末を基準値100としているがこの時点と比べると、対ドル基準値は2016年8月末で同じく9%を超える人民元安となっている一方、CFETS指数は同8月末で5%超の低下に止まっている。
実効為替レートは対ドル基準値の人民元安に比べると相対的に安定しているが、それでも低下しているのは確かである。
当局の説明
2015年8月の人民元レート制度の改革は、直接的にはSDRの構成通貨に入るため、米ドルペッグから離脱し、市場の需給とバスケット通貨への連動を強めるために行われた。8月11日の人民銀行の公表文では「前日の終値を参考に主要通貨の為替レートの変動を総合的に考慮する」とされている。2015年12月には中国外貨交易センターによるCFETS指数など3種類の名目実効為替レートの公表が開始され、人民銀行は「人民元為替レートは対米ドルレートのみを参考とするべきではなくバスケット通貨を参考とすべきである」とされた。
その後、2016年5月に公表された2016年第一四半期貨幣政策執行報告において為替レート制度の改革について、人民銀行は概要以下のように述べている。
「2015年8月11日に、人民元の対米ドル基準値は前日の終値を参考に市場の需給を反映することとした。同年12月11日には人民元為替レート指数を公表し、バスケット通貨に対する人民元の基本的安定をより良く維持していくことを強調した。これらの原則に基づき、現在“終値+バスケット通貨に対する変動”による対ドル基準値の形成メカニズムが構築されている。」
人民元の対ドルレート基準値はマーケットメーカーが毎朝外貨交易センターに報告するレートを加重平均して作成されるが、マーケットメーカーは、外貨交易センターにおける前日の午後4時30分の対ドル終値とバスケット通貨に対して人民元が安定するような対米ドルレートの変化を足し合わせて報告するように求められた。前日の終値は市場の需給を反映するものであり、「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調節する管理された変動相場制」というメカニズムがより強化されたわけである。
さらに本年8月に公表された2016年第二四半期貨幣政策執行報告においては概要以下のように説明されている。
「2016年の旧正月(2月7日~14日)以降、“終値+バスケット通貨に対する変動”による対ドル基準値の形成メカニズムが構築された。2月15日から6月30日までの間に人民元の対ドルレート終値は、当日の基準値に対して累計2489ポイント安くなった。これは市場の需給を反映したものである。一方、ドルが他の通貨に対して小幅に安くなったため、バスケット通貨の観点からは人民元の対ドル基準値は少し上昇すべきであり、2月15日から6月末まで、人民元の対ドルレート基準値の前日終値に対する変化幅の累計は1295ポイント人民元高であった。これを足し合わせて人民元の対ドル基準値は2月15日の6.5116から6月30日の6.6312まで累計1194ポイント安くなった。」
バスケット通貨に連動するだけであるなら人民元の対ドル基準値は上昇しなければならない状況にあったが、市場の需給が人民元安方向に振れたので、結果として人民元レートはドルに対して低下し、実効為替レートもある程度低下したということである。
どう評価すべきか
以上で示されているのは、対ドル基準値を重視するのではなくバスケット通貨に対する変動、すなわち実効為替レートの変動を重視するという考え方である。
ところで、人民銀行は上記の第2四半期執行報告で「人民元の合理的均衡水準における基本的安定を保持する」と述べている。また李克強総理も6月のダボス会議の開幕式で「人民元に長期低下の基礎は存在しない」としている。一方で実際の人民元の実効為替レートは低下傾向にある。これをどう解釈すべきであろうか。
人民元為替レートは中国人民銀行の市場介入や銀行に対する指導によって操作することが可能と考えられる。2016年6月に成立した外為市場自律メカニズムは主要な商業銀行が参加し、外貨交易センター副総裁が事務局長を務めるが、その中に為替レートワーキンググループが設立されている。これも為替レートの乱高下を防ぎ、ある程度コントロールするための手段を整備したものと見ることができる。
従って、昨年8月の為替レート制度改革以来人民元の実効為替レートが低下傾向にあるのは、バスケット通貨に対して人民元が緩やかに低下することを当局が容認していると見ることができる。そして、今後については、さらに実効為替レートの緩やかな低下が続き、それを以て基本的安定を保持していると主張するということもあり得る。
ただ、2014年春に人民元が事実上の米ドルペッグに入ってから2015年8月の改革まで人民元の実効為替レートは名目でも実質でも急上昇しており、現在の水準でも2014年春ころと比べると依然としてかなり高いレベルにある。従って実効為替レートの緩やかな低下は高くなりすぎた水準を修正する過程であり、修正終了後はバスケット通貨に対して緩やかに上昇するトレンドに戻るか、または、フラットな変動に移行すると見ることも可能である。そうだとすると、実効為替レートは早晩下げ止まり、横ばい圏内の動きか緩やかな上昇に転ずる可能性がある。
実効為替レートの方向性についていずれの見方が正しいか、もうしばらく様子を見る必要がある。
一方、これまでの人民元為替レートの変動を見ると、対米ドル基準値ではなく実効為替レートの変動をより重視する考え方に変わったのは確かであろう。人民元の対米ドル基準値は、昨年8月の改革以降、以前のように基本的には趨勢的に上昇するだけという局面は終わりを告げ、他通貨の動きも反映して、上下双方向に動き始めており、その変動幅も大きくなっている。これまでのところ改革によって人民元の対ドル基準値が以前と比べてより弾力的に変動するようになったと評価することが可能だろう。
(了)