露口洋介の金融から見る中国経済
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【17-03】人民元為替レートは安定

2017年3月22日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 前回人民元為替レートについて本コラムで取り上げてから半年が経過した。この間の動向について振り返ってみたい。

名目実効為替レートの安定

 昨年9月の本コラム では、今後、さらに実効為替レートの緩やかな低下が続く可能性がある一方、実効為替レートが高くなりすぎた状況の修正が終了し、その後緩やかに上昇またはフラットな変動に移行する可能性もあると指摘した。そして、いずれの見方が正しいかもうしばらく様子を見る必要があると述べた。

 中国外貨交易センター(CFETS)が公表している3種類の名目実効為替レートの動きを見ると、全てにおいて2016年7月ごろからフラットな動きに移行しており、すでに半年以上にわたって、横ばい圏内の安定した動きを示している。

 CFETSで人民元の取引相手通貨として認められている24通貨を使ったCFETS指数で見ると、2016年7月8日に94.25だったのが2017年3月10日には94.23、また、BISが試算している名目実効為替レートのウエイトを使ったBIS指数(基準年2014年)では、同じ期間に95.23から95.43、SDRの構成通貨を使ったSDR指数で見ても、95.42から95.67と、この期間にそれぞれ若干の上下はあったものの、ほぼ横ばいで推移している。BIS自身がウエブサイトで公表している各通貨の名目実効為替レートで見ても人民元の名目実効為替レート(基準年2010年)は同じ時期に117.43から117.57とほぼ横ばいである。なお、これらの名目実効為替レートは数字が大きい方が人民元高を意味する。

 従って、昨年の夏ごろ以降、現在までのところ人民元の名目実効為替レートは、ほぼフラットな変動に移行したということとなる。

対米ドル基準レートは低下

 一方、人民元の対米ドル基準レートを見ると、2015年8月11日の為替レート制度改革によって1ドル=6.1162元から3日連続で6.4010元まで5%弱の低下を示した後(数字が大きくなると人民元安)、基本的には低下トレンドをたどり、上記の期間で見ても2016年7月8日の6.6853元から2017年3月10日の6.9123元まで人民元安が進んでいる。ただし2017年1月4日に6.9526元まで人民元安が進んだ後は横ばい圏内での推移となっている。

 昨年夏ごろまでの対米ドルでの人民元安は人民元の名目実効為替レートの低下と同時に生じたものであるが、その後2017年1月までの対米ドル人民元安は、アメリカの利上げ期待などによってユーロなど他の主要通貨に対して米ドル高が進んだため、人民元の名目実効為替レートが安定的に推移する中で生じたものである。

 対米ドルの人民元安のみを見て、最近まで人民元安が進んでいたとみる向きもあるが、それは間違っている。為替レートの水準は実効為替レートでみるべきであり、昨年夏以降、人民元の為替レートは安定している。

人民銀行の意図

 昨年9月の本コラム でも述べたが、2014年春以降のユーロの対米ドルレートの急落に際して、人民元の為替レートは対米ドルペッグに移行した。その結果、人民元の名目実効為替レートは急上昇した。2015年8月11日以降の人民元の名目実効為替レートの低下はこの上がりすぎを調整したものと見ることができる。BISの試算する人民元の名目実効為替レートでみるとピーク時の2015年7月の127.41から2016年8月には117.07まで低下し、その後安定しているが、急上昇を始めた2014年春以前のピークである2014年1月の115.63と比べるとまだ高い水準にある。ただ、2014年春以前の年率5%程度の上昇トレンドから見ると、ほぼ妥当な水準に復帰したとみることが可能で、調整は2016年夏ごろに終了したということができる。

 その後、人民銀行は名目実効為替レートが安定するように人民元の為替レートをコントロールしている。人民元為替レートは2015年8月まで基本的にはバスケット通貨全体に対して上昇トレンドを維持しながら、事実上対米ドル下方硬直性があり、企業や個人は米ドルや外貨を出来るだけ人民元に交換することが合理的だった。その過程で外貨準備が増大し、ピーク時の2014年6月末には約4兆ドルと中国の対外総資産の6割以上を占めるに至った。ちなみに日本の外貨準備は、中国に続く世界第2位で1兆2千億ドル超あるが、対外総資産に占める比率は16%程度である。

 しかし、2014年後半には、名目実効為替レートの急激な上昇から、さすがにその低下が見込まれ始め、特に2015年8月以降は米ドルに対する事実上の下方硬直性が失われたことが明らかになった。そこで市場では人民元を売って外貨に交換する動きが増加し、人民銀行の想定以上に人民元安が進む可能性が高まったため、人民銀行は外貨売り人民元買いの為替市場介入を行い、その結果、外貨準備が減少し、2017年2月末には約3兆ドルとなっている。

 このような状況は、それまでの対外総資産が外貨準備に過度に集中していた状況を修正する過程であり、ある意味では正常な現象である。こうした状況で、人民銀行が外貨売りの市場介入を行っているということは、為替レートの運営に関して、過度の元安を防ぎ、名目実効為替レートを安定させることを主たる目標としていることを意味している。

今後の見通し

 人民元の為替レート制度は、「市場の需給を基礎とし、バスケット通貨を参考に調節される管理された変動相場制」であり、具体的に日々の対米ドル基準値については「前日終値+バスケット通貨の変化」によって形成されている。人民銀行は、これらのルールに従って、人民元の為替レートをコントロールしている。2015年8月11日の為替レート制度改革以降、人民元の対米ドル基準値はそれ以前と比べて変動幅が大きくなり、また上下双方に動くようになっており、変動の弾力性は明らかに増加している。一方で、3月5日から開催された全国人民代表大会における李克強総理や周小川人民銀行総裁の記者会見において、人民元の為替レートは「合理的な均衡水準での基本的安定を保つ」と強調されている。人民元の名目実効為替レートの動向は、今後も状況に応じて変化するであろうが、しばらくの間は、昨年夏からのトレンドを引き継ぎ、おおよそフラットに推移するようにコントロールされるものと思われる。