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【17-07】第5回全国金融工作会議の開催

2017年 8月 4日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2017年7月14日、15日に第5回全国金融工作会議が北京において開催された。同会議の内容について検討したい。

過去の会議

 全国金融工作会議は1997年11月に第1回が開催され、その後、5年ごとに開催されている。第1回の会議は、アジア通貨危機直後の時期で、中国でも銀行部門の不良債権の累積が大きな問題となっていた。同会議の決定に従い、翌1998年以降、政府が2700億元の特別国債を発行して、不良債権の処理で減少する国有商業銀行の資本の充実に充てることや、4つの資産管理公司を設立して不良債権の処理を進めることなどが行われた。また、証券監督管理委員会、保険監督管理委員会を設立し、証券会社と保険会社に対する監督機能を人民銀行から移管することが決定された。

 2002年2月に第2回の会議が開催された。この会議では、4大国有商業銀行のうち中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行の株式制銀行への改革と海外市場での上場が決定された。また、中国銀行、建設銀行に対する外貨準備を使った資本注入も決定され、これらは会議後順次実施された。さらに銀行業監督管理委員会を設立し、銀行監督機能を人民銀行から移管することも決定された。

 第3回の会議は2007年1月に開催された。同会議では、農業銀行を上場し、4大国有商業銀行の株式制銀行への改革を完成させることが決定された。また、国家開発銀行の商業銀行化の方針が決定され、これを先行事例として政策性銀行の改革を進めることが決定された。さらに外貨準備を利用して対外投資を行うソブリンウェルスファンドとして中国投資有限公司を設立することも決定された。

 第3回目までは、毎回会議開催後に政府組織の新設や国有銀行改革の更なる進展など、大きな展開が見られた。また、国有商業銀行の不良債権を処理し、上場して、民間資本の導入が進められた。これは、政府から独立して収益とリスクのバランスを独自に判断し経営する商業銀行への改革を狙ったものである。さらに政策性銀行についても国家開発銀行を先行事例として商業銀行化を進める方針が確認されるなど、金融システムの民営化、市場経済化が推進される方向にあった。

 しかし、2012年1月に開催された第4回会議では様相がかなり異なったものとなった。金融機関改革の深化や金融の対外開放を進めるなどの項目が存在する一方で、政策性金融機関は政策性業務を主体とする、金融監督を強化しシステミックリスクを防止する、などの項目が加えられた。また、金融政策と財政政策、監督政策、産業政策の強調をはかり、経済発展と金融安定を促進するという方針も示された。

 この会議の結果を受けて、2015年には残る2行の政策性銀行である中国輸出入銀行と中国農業開発銀行について政策性業務を主体とすることが公表され、商業銀行化の動きの見直しが行われた。また、預金・貸出金利の規制についても、人民元のSDR入りに向けて2015年10月に、最後に残った預金金利の上限規制を撤廃したが、その後銀行団体の申し合わせという形で規制が継続している。これらについては2016年7月と11月の本コラムにおいて取り上げた。

 2007年の第3回から2012年の第4回の方針の転換は、その間の2008年に生じたリーマンショックの影響と見られる。自由な市場経済への改革を進める方向から、規制とコントロールを強化し金融システムの安定を重視する方向へと方針転換が行われた。これはアメリカ発のリーマンショックとその後の世界経済の停滞、それを克服するために中国が強いられた大規模な財政政策と金融緩和政策の後遺症に直面し、市場経済化を進めることに疑問が生じたためと考えられる。

今回の全国金融工作会議

 今回の第5回会議については、習近平国家主席と李克強国務院総理のスピーチが公表されている。習主席は、金融は本来の姿に戻り、実体経済のために貢献することをその出発点、立脚点とすべきであるとして実体経済から遊離した利益の追求を戒めた。また、システミックな金融リスクの防止を金融行政の永遠の課題と指摘した。資源配分における市場機能の発揮という表現もあるが、それとともに社会主義市場経済改革の方向を堅持し規律性を強化すると述べている。

 新たな施策として習主席は国務院金融安定発展委員会の設立を打ち出した。中国では金融機関の監督機関が人民銀行、銀行業監督管理委員会、証券監督管理委員会、保険監督管理委員会に分かれているが、新たな委員会はこれを統一的に管理するものとして設立され、人民銀行が監督機関の中で指導的立場に立つこととされた。李総理のスピーチでは、これは中国の状況に応じた金融監督体制の改革であり、あらゆる金融業務が監督管理の対象から逃れられなくするものとされている。

 習主席はまた、人民元の国際化や資本取引の自由化は徐々に推進するとしており、金融業の対外開放についても穏当にかつ開放順序を誤らないように行うものとしている。さらに、金融の分野に対する共産党中央の集中的で統一した指導を堅持することを強調した。

今回の会議の解釈

 国務院金融安定発展委員会について、事前には日本の金融庁のようなすべての業態を監督する機関ができるのではないかとの見方もあったが、業態別の監督機関は残しつつ、それらの関係を調整する委員会の設置という形に収まった。従来も類似の協議機関は存在したが、今回は監督機関の中で人民銀行に指導的立場を与えたようにみえることが注目される。それがうまく機能すれば監督機関同士の齟齬が回避され、より効率的に監督が行われるようになるであろう。これは今後の運用次第ということであろう。

 会議の全体的な方針は、金融システムの安定を最優先とするというものである。これは昨年12月開催の中央経済工作会議で提起された「金融リスクの抑制にさらに重要な位置づけを与える」という方針と合致するものであるが、その実現のために金融機関に対する規制やコントロールを強化することが打ち出されている。また人民元の国際化や資本取引の自由化のペースはゆっくりとしたものになりそうである。これらは長期的な流れとして2012年の第4回会議で転換した方針をさらに推し進めたものといえる。

 一方、規制やコントロールの強化は非効率を生み、経済成長を抑制するというコストを伴う。また、銀行経営に対する政府のコントロール強化によって銀行が独自に収益とリスクのバランスを判断することなく融資を行う可能性がある。その結果、政府の目論見に反して将来不良債権が増加する恐れが十分ある。今後の推移を見守りたい。

(了)