【17-08】中国の金融政策の枠組み
2017年 9月11日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
IMFは、8月15日に中国に対する4条コンサルティングのスタッフペーパーを公表した。その中で、中国の金融政策の枠組みについて述べられており、それに対する中国当局のコメントも紹介されている。
IMFの主張
IMFは、まず、中国がより市場に基礎を置いた経済に移行するためには、引き続き金融政策の枠組みの現代化を進めることが必要であるとする。中国人民銀行の金融政策は、為替レートの安定、国内物価の安定、経済成長、金融セクターの安定という多種類の目標を設定しているが、金融政策でこのような多様な目標を同時に実現することは無理であるとした上で、公式に物価の安定が最優先の目標であることを明確にすれば、金融政策の有効性は大きく向上すると主張する。さらに人民銀行は政府によって設定された中期のインフレーションターゲットの達成に説明責任を負うべきであり、その実現のための実務面の独立性を有すべきであるとする。
具体的な政策手段としては、銀行間市場の7日物リバースレポレートを挙げており、通貨総量の目標や預金・貸出し基準金利の公表を取りやめること、異常に高い比率の預金準備を減少させることなどを提案している。
中国人民銀行のコメント
以上のIMFの主張に対して、スタッフペーパーには中国人民銀行の言い分も記載されている。
まず、人民銀行は、金融政策の目標として物価の安定が最優先の目標であるが、目標はそれだけではないとしている。中国人民銀行法によると金融政策の目標は貨幣価値の安定を維持し、またはこれにより経済成長を促すことである。中国は移行段階にある経済であり、金融政策の決定に当たっては物価の安定に最も高いウエイトが置かれるが、雇用、国際収支、金融セクターの安定という他の目標も同時に勘案されなければならない。
具体的な政策手段として、数量に比して価格や金利などが重要な役割を果たす市場に基礎を置くシステムへの移行が進んでいることには同意するが、通貨総量目標をなくすことは早計としている。また、現在の準備預金レベルが異常であるとは考えていないし、それを減少させることは金融緩和政策と受けとられかねない。さらに、7日物レポレートを政策金利と明言することも早計であり、基準金利を市場金利のガイドラインとして使用する必要性は引き続き存在すると述べている。
IMFの主張と中国の現状
IMFの主張は、先進国で行われている標準的かつ伝統的な短期金利を政策手段とする金融政策の枠組みに中国も早急に移行すべきというものである。また、政策目標としてはインフレーションターゲットを政府が定めて、中央銀行はその実施上の独立性を保つべきであるというような提案もなされているが、これは、従来日本についても言われてきたような主張である。
IMFは、4条レポートと同時に公表した中国についての「いくつかの課題(Selected issues)」というペーパーでも金融政策に関する項目を設けている。その中で銀行間市場の7日物リバースレポレートが、人民銀行の常設貸出ファシリティ7日物のレートを上限、公開市場操作における7日物レポレートを下限として推移するバンド(コリドー)が形成されてきており、金利を使った金融政策への移行が進んでいると指摘している。
しかしながら、同時に2週間物や4週間物など他のターム物金利も人民銀行がコントロールしており、銀行の預金貸出金利だけでなく銀行間市場金利のイールドカーブも依然として人民銀行が人為的に決定している。
2016年8月の本コラム でも述べたとおり、現在の中国の金融政策の枠組みは、次のようなものである。まず、金利体系全体を人為的に上下させることは、もちろん経済に影響を与える。しかし、銀行部門が基本的に公的部門にコントロールされており、金利の自由化を実質的には実現することができず、イールドカーブが人為的に定められている状況では、市場で資金の需要と供給が一致する保証がない。従って窓口指導のような量的コントロールがどうしても必要である。ひとつの短期金利をえらんで政策手段とするという、先進国の標準的な金融政策では中国の金融政策は完結しない。IMFの主張するような先進国的状況に到達するには、まだ長い時間が必要であり、中国当局が言うとおりIMFの提案は早急に過ぎるというべきであろう。ただ、IMFもかなり遠い将来の話であるとわかっていながら、少しでもその方向に中国の金融政策の枠組みの改革を進めるために、今から言い続けておこうというスタンスなのかもしれない。
市場経済に対する見方の違い
しかし、IMFと中国人民銀行の主張の差異の背景には、そのような時間的な長短の問題にとどまらず、そもそも市場に基礎をおく経済システムに移行することがよいことなのかという根本的な見方の違いが存在するように思われる。
IMFのスタッフペーパーではIMFの主張に対する中国当局のコメントが随所に記載されている。中国当局はIMFが求める市場原理を重視する方向に向けた改革に多くの局面で抵抗を示しているように伺える。例えば、IMFは公共投資など拡張的なマクロ政策によって成長を維持することのリスクを指摘しているが、中国政府は成長の質の向上が必要であることには同意する一方で、政府や民間債務の拡大は管理可能であるし今後抑制できると主張している。また、金融部門のリスクの拡大に対しても人民銀行の適切な流動性供給によって混乱とシステミックリスクを回避できると主張している。そして資本移動の自由化や税制の改革についてもゆっくりと進めるとしている。
前回の本コラム で述べたように、リーマンショック以降、中国では市場経済への移行について見直しが行われた。今回のIMFスタッフペーパーでもIMFが市場経済化にむけた様々な改革について早急な実施を求めているのに対し、中国政府は、政府のリスク管理が機能していることと改革のゆっくりとした進展を主張している。本稿で取り上げた金融政策の枠組みの見直しについても、中国はIMFの主張に配慮を示しつつも、実際には相当ゆっくりとしたペースで進めていくことになるものと予想される。
(了)