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【17-11】IMFの中国金融安定評価レポート

2017年12月18日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 12月6日、IMFは中国の金融システム安定評価(FSSA : Financial System Stability Assessment)レポートを公表した。本レポートはIMFの金融部門評価プログラム(FSAP : Financial Sector Assessment Program )により、中国を訪問した代表団の調査に基づき作成されたものである。

レポートの分析の要点

 今回は2011年以来6年ぶりのFSAPとなる。今回のレポートは、中国経済が2011年以降も大きな経済成長を実現し続けているが、経済成長を支えるために景気刺激的な金融・財政政策が行われてきたと指摘している。そしてその結果、金融部門の信用供与が拡大し、企業・家計部門の債務の急速な拡大を招き、銀行、証券、保険と投資信託や銀行の理財商品などシャドーバンクを加えた金融部門全体の総資産の対GDP比率は、2010年の263%から2016年に467%まで急増した。従って、経済成長と金融リスクの間にコンフリクトが生じているとしている。また、このうち銀行部門が310%、シェアでは68.4%を占め、依然として支配的な立場にある。そして信用総量の対GDP比率のトレンドからの乖離(クレジットギャップ)は25%を超えており、これは近い将来信用の縮小をもたらす可能性が非常に高いレベルとなっていると指摘している。

 次にレポートは、規制回避のための金融商品が急増しており、銀行部門以外の規制のゆるい分野にリスクの高い融資がシフトしていると述べている。ただし、ここでも銀行が各種の金融機関の連携の中核にいるとも指摘している。

 さらに、国有企業や地方政府の資金調達機関などが発行する債務に対する政府の暗黙の保証があると広く考えられており、株式市場や債券市場が混乱した場合も政府が安定させると考えられている。このような暗黙の保証がモラルハザードを生み、過度のリスクテイクに結びついていると指摘している。

レポートの提案の概要

 レポートは、2017年4月に習近平総書記が共産党中央政治局の会議で「金融システムの安定は国家安全保障の重要な一部であり経済の健全な成長の基礎である」と述べたことを取り上げ、中国が金融安定を最優先課題として取り組んでいることを評価している。そのうえで以下のような提案を行っている。

 まず、高い成長ターゲットが信用供与の急増を招いていることから、レポートでは特に地方レベルで高い成長目標を掲げることを抑制することを提案している。これは、中国自身が掲げている量的成長から質の高い成長への移行という目標とも符合するとも指摘している。

 次に、中国の金融部門はシャドーバンクの部分も含めて銀行部門がいまだに支配的な地位にあるため、レポートでは、銀行部門に対しストレステストを行っている。極端な悪化シナリオのもとでは、4大銀行の自己資本は問題がないが、それ以下の規模の銀行は大部分が資本不足に陥ることが予想されるという結果となった。

 レポートでは、銀行部門の自己資本の強化を提起している。中堅以下の銀行については、ストレステストにおいて脆弱性が予想されているし、大銀行についても金融システムにおける重要性と、他の金融機関との連携の密接さからみて自己資本のさらなる強化が必要としている。

 そして規制の回避によるリスクの高い融資へのシフトに対してレポートは、今年7月の全国金融工作会議で設置が決まった金融安定発展委員会傘下に小委員会を設けることを提案している。中国では金融監督当局が中国人民銀行、銀行業監督管理委員会、証券監督管理委員会、保険監督管理委員会と業態別に分かれているが、金融安定発展委員会はすべての業態を統一的に管理するものとして設立された。その下部組織として専ら金融安定に責任を負う小委員会を設けようというものである。

 また、レポートでは、予定されている人民元為替レートの弾力化や資本取引の自由化は、金融機関の破綻リスクを増しかねないことから近い将来の進展は困難であろうと述べている。

中国の反応

 本レポートには、IMFの金中夏中国代表理事(人民銀行から派遣)の概要以下のようなコメントが付されている。

  1. 成長率ターゲットについては第19回党大会でも、政策目標は中国人民のよりよい生活を実現することとされており、数量目標を廃し、成長の高さではなく成長の質と効率に目標をシフトさせている。GDP目標と金融リスクを関連付けることは単純すぎる見方であり、潜在成長率よりも低い成長はそれ自体リスクを生みかねない。
  2. クレジットギャップについては、世界的な金融緩和状況が債務拡大の背景にあり、一方、中国経済が2016年後半に伸びを高めたことにより中国の金融緩和は中立的な方向に修正された。これに伴って、ギャップはすでに縮小に向かっている。
  3. 銀行部門のストレステストの結果を見ると、4大銀行については極端なシナリオのもとでも自己資本が充分であり、中堅銀行についても支払い不能には陥らないことを示している。人民銀行は、流動性の不足がシステミックリスクを生むことを許さない方針であるし、預金保険機構の設立によって、銀行の支払い不能のリスクは対処可能となっている。
  4. 政府による暗黙の保証には法的根拠がない。20年前に破綻した広東国債信託投資公司の例では政府は保証を与えず、これは国際的にもよく知られたケースである。法的根拠のない状況での暗黙の政府保証は確かなものとは言えない。
  5. IMFが人民元為替レートの弾力化を支持しており一方でリスクマネージメントの重要性を指摘していることは適切である。中国は為替レートの市場化・弾力化を推し進めてきた。一方で、海外の金融政策の変化によって資本の流出が生じたことから、金融安定を保持するために市場に立脚したマクロプルーデンス措置をとって金融リスクを抑制した。
  6. 中国当局は相互に連携が進んだ複雑な金融システムにおいて規制のギャップが生じかねないことを充分認識している。今年7月の金融安定発展委員会の設置や、人民銀行の機能の強化などはIMFの提案と符号するものである。

留意点

 中国自身が金融システムの安定維持を経済政策の最優先課題としていることもあり、高すぎる成長目標を掲げないことや業態横断的な監督管理を行うことなど、IMFと中国当局の間に大きな齟齬はないようである。IMFはシャドーバンクなどの拡大に警鐘を鳴らしながらも、結局銀行部門が最重要でありその自己資本を厚くすることが望ましいとしている。2016年11月の本コラムでも述べた通り、金融システムに多少のショックが生じても、銀行部門のショック吸収能力と政府の対応能力が高ければ、影響は軽微なものに抑えられるということであろう。

 また、IMFは為替レートの弾力化や資本取引の自由化についてもすぐに進展することは見込めないとして、自由化の停滞を半ば認めたように見える。この点については前回の本コラムでも述べたが、これらの自由化の進展はしばらく望めそうにないようである。

 なお、11月10日に証券業と保険業について外資の出資比率上限をこれまでのそれぞれ49%、50%から51%に拡大し、数年内に撤廃すること、中資系銀行に対する外資の出資比率を25%に制限する規制も撤廃することが公表され、金中夏中国代表理事のコメントでも対外開放の成果としてこの点が強調されている。これらはそれぞれの業態にとっては非常に重要な開放措置であるが、資本取引の自由化という意味では直接投資のごく一部についての緩和に過ぎない点に注意が必要である。

(了)