【18-02】M2の伸び率低下と人民銀行の金融政策
2018年 2月27日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行が2月14日に公表した「2017年第4四半期中国貨幣政策執行報告」に、金融機関の貸出の増加率と現金、流動性預金に定期性預金などを加えた広義の通貨流通量であるM2の増加率の乖離について、詳細な説明が記載されている。中国の金融政策の手法を理解するために重要と思われるので、その内容について概観してみたい。
貸出とM2の関係
中国の広義通貨供給量M2は2017年末で167.7兆元(約2850兆円)、前年比+8.2%の増加となり、前年の+11.3%に比べ伸び率は大きく低下した。一方、金融機関の人民元貸出残高は120.1兆元、前年比+12.7%の伸びと、前年の13.5%に比べると少し低下しているが依然として高い伸びを維持した。
日本銀行の場合、2008年6月に従来のマネーサプライ統計の見直しを行い、名称もマネーストック統計と変更した。同様の通貨関連統計について米国FRBはMoney stock、欧州中央銀行はMonetary aggregatesという名称を使っているなど、先進国ではマネーサプライという名称は使われていない。この背後には、通貨の量は供給で決まるわけではなく、需給のバランスで決まってくるという考え方が存在する。これに対し中国人民銀行のホームページでは通貨供給量(中国語では「货币供应量」)という言葉が使われており、英語の表示はMoney Supplyとなっている。人民銀行のホームページでの説明によると、中国ではこの通貨供給量が金融政策の中間目標と位置づけられている。また、実務的にも、中国では銀行の貸出量の伸び率を人民銀行がコントロールする「窓口指導」が依然として金融政策の主要な手段となっており、銀行のバランスシートの資産側である貸出の伸び率が決まれば、負債側の預金の伸び率もほぼ決まってくるため、マネーサプライの伸び率もおおよそ決まってくる。従って、中国では通貨の量は依然として主に供給側で決まっており、金融政策の重要な伝達経路とされている。
人民銀行の説明
2017年には貸出の増加率とM2の増加率が乖離したこと、また、GDP伸び率が2017年に6.9%と前年の6.7%より大きくなったにもかかわらずM2の伸び率が低下していることについて、人民銀行は「2017年第4四半期中国貨幣政策執行報告」のコラム、「M2の増加速度の変化およびその実体経済との関係」において概要以下のように説明している。
銀行が貸出、証券投資、外国為替の購入、銀行間取引を行うことによって預金が生み出されM2が増加する。一方、銀行が債券や株式を発行したり、資本金を増加させたりする場合は取引先の預金が減少し、M2を減少させる。
2017年中に人民元建て貸出は13.5兆元増加しており前年より増加額は0.9兆元上回っている。これはM2伸び率の上昇要因である。また、銀行部門の外貨購入額の減少幅が前年を下回っており、これもM2の伸び率を引き上げる要因である。一方、2017年のM2の伸び率の低下には、主に以下の3つの要因が影響している。
① 銀行による株式その他の投資が従来の急速な拡大から縮小に転じたこと。従前、銀行が理財商品や資産管理商品を購入するなど、銀行の信用供与のかなりの部分が実体経済ではなく金融市場内部で循環していたが、このような金融システム内部のレバレッジの抑制が進み金融市場での資金循環が減少した。2017年の銀行の株式その他の投資は前年比で大幅に減少し、M2の増加速度を4%ポイント以上引き下げた。
② 銀行の債券投資の減少。2016年までの2年、地方政府債と企業債の発行が活発だったことから、銀行も債券を大量に購入した。しかし2017年に入って地方債と企業債の発行が前年比減少しそれに伴って銀行の購入額も減少した。この要因によってM2の増加速度は0.4%ポイント引き下げられた。
③ 政府預金が予想より増加した。政府預金の増加はM2の減少をもたらす。企業や個人が税金を納付すると企業や個人の預金が減少し、政府預金に振り込まれる。2017年には経済が好調で、財政収入が予想以上に増加し政府預金が増加した。これによってM2の増加速度は0.3%ポイント引き下げられた。
また、M2の伸びが低下している一方で経済成長率が堅調に推移したことについては、以下の3点がその要因としてあげられる。
① M2の伸び率が低下する一方で貸出や社会融資総量は堅調な増加を維持しており、実体経済に対するサポート力は弱まっていない。銀行による株式その他投資の一部分は理財商品などオフバランスのチャンネルを通じて実体経済に対し「貸出類似商品」として機能していたが、これらに対する監督が強化された後、一部はオンバランスの貸出や信託貸出に移行し、実体経済を支え続けている。
② 銀行の株式その他投資の一部分は金融システム内で資金が循環していたものであり、この部分の圧縮は資金連鎖の長短や金融機関の収益には影響するが、実体経済への影響は大きくない。
③ 経済の構造改革の進展に伴い、M2の増加速度が少し低めでも質の高い経済の発展をサポートすることができるようになった。供給側構造改革や市場における競争原理の浸透に伴い、経済成長はサービス業を中心とした「身軽な形式」となり、通貨の流通速度が上昇し、相対的に少ない通貨の増加によって経済の堅調な増加をもたらすことができるようになった。
数量コントロールを中心とした金融政策
上で見たマネーサプライの増減要因の説明については、日本銀行でも2003年12月分まで「マネーサプライ(M2+CD)増減と信用面の対応」というデータを公表していた。その内容を見ると、マネーサプライの増減が対外資産、貸出・事業債・株式など民間向け信用、政府向け信用、地方公共団体向け信用、その他(金融債、信託・投信など)の増減によって説明されており、人民銀行の今回の説明のしかたとほぼ同じ考え方である。
中国人民銀行の今回の説明から、中国が現時点ではマネーサプライという数量指標を金融政策の中間目標として位置づけており、その供給面の分析を行っていることが理解できる。
なお、同じコラムの最後の部分で人民銀行は、「金融市場と金融商品の複雑さが増すに従ってM2の測定可能性、コントロール可能性そして実体経済との相関性は低下してきている。通貨数量統計の改善を図ると同時に、金利等の価格指標にさらに注目し、数量型コントロールを主体とする方式から価格型コントロールを主体とする方法に徐々に転換していくべきである」と述べている。これは、人民銀行自身が中国の現在の金融政策が依然として数量コントロールを主たる手段としたものであると認識していることを示している。日本を始めとする先進国の中央銀行の平常時の金融政策である金利をコントロールする方式への移行は依然として今後の課題として残されている。