露口洋介の金融から見る中国経済
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【18-12】ターゲット付き中期貸出ファシリティの創設

2018年12月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 このところ、中国は金融緩和政策を進めてきているが、12月に入って、さらに新たな金融緩和手段としてターゲット付き中期貸出ファシリティが創設された。今回はこの措置について考えてみたい。

金融緩和政策の推移

 先月の本コラム でも述べた通り、中国人民銀行は、11月18日に公表した金融政策執行報告において、「2018年に入って流動性管理の目標を「合理的安定」水準から「合理的に充分余裕のある」水準に変更した」と述べ、2018年初ころからそれまでの「穏健中性」とされた引き締め気味の金融政策から事実上、緩和政策に転換していたことを明らかにした。

 2018年入り後、4月と7月に預金準備率をそれぞれ1%ポイントと0.5%ポイント引き下げることを発表し、さらに10月に1%ポイント引き下げた。今年に入って、累計2.5%ポイント引き下げられたことになり、人民銀行は年初以来金融緩和政策を進めてきた。

 12月に入ると、人民銀行は19日付で「人民銀行は、流動性の投入を一段と増加させ、市場流動性は合理的に充分余裕がある」と題した声明をウエブサイト上のニュース欄に公表した。その内容を見ると、「人民銀行は本日、リバースレポによる公開市場操作で600億元の流動性を市場に投入し、今週に入ってから累計4000億元投入しており、市場の流動性を合理的に充分余裕のある水準に保持している。銀行システムの流動性総量は増加し、市場金利は平穏に推移している。本日の7日物レポ加重平均金利(DR007)は2.67%で昨日に比して0.02%低下した。」と述べられている。通常公開市場操作の内容は、実施されるたびにウエブ上の「公開市場操作」という欄に金額や金利が淡々と公表されるだけであり、ニュースの欄に、しかも「合理的に充分余裕のある水準」という説明を加えて公表するのは異例である。11月に公表した金融政策執行報告で取り上げた、流動性を充分供給するという政策スタンスを着実に実行しているという点を強調し、マーケットに周知したかったものと思われる。

 人民銀行が重視する7日物銀行間市場金利(SHIBOR)は2018年初めころの2.8~2.9%の水準から12月には2.6%台まで低下している。より長いターム物ではさらに動きが明確であり、昨年12月まで上昇していたがそこから反転して、今年に入って大きく低下している。

 金融政策のスタンスについては、2016年11月の中央経済工作会議において、それまでの「穏健な金融政策」から「穏健中性な金融政策」と表現を変え、引き締め方向への転換を行った。しかし、2018年に入って金融緩和政策に転換すると、7月23日に李克強総理主催で行われた国務院常務会議において、「積極的な財政政策をさらに積極化すること」と合わせ、「穏健な貨幣政策において引き締めと緩和を適度なものとする」という表現となり、引き締め気味の金融政策を示す「穏健中性」から「中性」が取り払われた。人民銀行も8月1日に開催した2018年下半期工作テレビ会議において2018年下半期は「穏健な金融政策」を実施するとしていた。しかし10月の預金準備率の引下げの際の人民銀行の説明文を見ると、「穏健中性の金融政策」の方向性に変化はないとしており、「穏健中性」が復活している。人民銀行としては、明確な緩和であると言い切って、バブル的な部分の債務の膨張や、米ドル金利と人民元金利の差の拡大による人民元安圧力の増大が生ずることは避けたいという意図があったものと考えられる。

 そして、本年12月19日から21日まで開催された中央経済工作会議閉幕後の公表文では、「積極的な財政政策と穏健な金融政策を行う」としており、再び「引き締め気味」を意味する「中性」が消滅した。

ターゲット付き中期貸出ファシリティ(TMLF)

 中央経済工作会議が開幕した12月19日に、人民銀行はターゲット付き中期貸出ファシリティ(Targeted Medium-term Lending Facility: TMLF)の創設を公表した。公表文の題名は「中国人民銀行はターゲット付き中期貸出ファシリティを創設することを決定 金融機関の零細企業と民営企業向け貸出実行を支持することをターゲットとする」とされている。内容をみると、大型商業銀行、株式制銀行、大型都市銀行について、これらの金融機関の零細企業や民営企業向け貸出の増加状況に基づき、金融機関からの申請によって人民銀行が中期資金を提供するというものであり、従来の中期貸出ファシリティ(MLF)とは別にTMLFを創設し、貸出金利はMLFより0.15%優遇するというものである。現在MLFの金利水準が3.3%なのでTMLFの金利は3.15%となる。

 一方、中小金融機関については、零細企業や民営企業に対する再割引や再貸出の状況に応じて、再割引や再貸出の限度額を1000億元増加させることを決定した、とされている。

 従来のMLFは2014年9月に導入されたもので、一定の経営指標など条件を満たした商業銀行や政策性銀行に対し、人民銀行が担保を徴求した上で中期資金を貸出す制度である。今回のTMLFは、従来のMLFとは別の制度として創設されたものであり、零細企業や民営企業向けの貸出を増加させるため、大手の金融機関に対し優遇金利で資金を供給する制度である。零細企業や中小企業向け貸出の増加のためという制限が設けられているのがターゲット付きということの意味であるが、その限りにおいては金利低下の効果が生じるため、金融緩和措置であることは間違いない。

 再割引は商業銀行が割引いた手形などを人民銀行がさらに割引くことによって商業銀行に対して資金を供給する手段である。再貸出は、中央銀行が金融政策上の必要に応じて商業銀行に貸出を行う制度である。これらの限度額を増加させるということは、ベースマネーの供給を増加させることを意味し、金融緩和効果を持つ。

今後の展望

 今後の注目点としては、今回ターゲットを絞って行われた金利の引下げをMLF全体に及ぼすかどうかという点が挙げられる。流動性水準増加についての文書の公表や、TMLFの創設を矢継ぎ早に実施したことから見て、人民銀行が金融緩和政策を進めようとしていることは間違いない。一方、12月19日の段階でTMLF創設を公表した文章では、依然として「人民銀行は穏健中性の金融政策を継続的に実施する」と述べられている。依然として、金融緩和を明示することによるバブルや、人民元安圧力の増大などのリスクは存在すると考えたのであろう。その後、12月21日に公表された中央経済工作会議終了後の文章では「中性」が取れて「穏健な金融政策」とされている。今後、人民銀行がリスクとのバランスを図りながらも、この表現を使って、金融緩和スタンスを明確にするようであれば、MLF全体の金利引き下げや、より一層の金融緩和措置が実施される可能性が高まるであろう。人民銀行の次の一手が注目される。

(了)