地球温暖化問題解決に向けた日中学術交流の勧め
福西 浩(日本学術振興会北京研究連絡センター長) 2008年6月20日
地球の平均気温は現在14.5℃で、1906年から2005年までの100年間で0.74±0.18℃上昇した(IPCC第4次報告)。しかし過去 50年 間の気温上昇率は10年間当たり0.13±0.03℃で、過去100年間の気温上昇率の2倍になっており、人間活動による温暖化が心配されている。地球温 暖化は、単に地球全体の平均気温が上昇するという変化ではなく、世界各地で激しい気候変動を引き起こしつつあり、異常気象、生態系の破壊、砂漠化、水不足 と農業生産量低下、感染症の拡大、津波・サイクロン・森林火災等の自然災害の多発など、経済活動と社会生活に深刻な影響を与え始めている。この温暖化問題 を解決することは人類の生存にとって緊急の課題であり、国際的な連携が必要となっている。ここでは「地球温暖化とは何か」についてまず述べ、その解決のた めに日中の学術交流の振興がきわめて重要であることを述べる。
1.地球温暖化とは
南極大陸やグリーンランドの氷床コアの分析から、地球は過去に何度も氷河期などの激しい気候変動を経験していることが明らかになっており、人間活動による インパクトがなくとも地球の平均気温は激しく変化してきた。それでは地球の平均気温はどのようにして決まるのであろうか。地球はさまざまな要素(大気圏、 水圏、地圏、生物圏、人間圏)から構成される複雑系で、「地球システム」と呼ばれている。この地球システムを維持するエネルギー源は、太陽が放射する光の エネルギー(大部分は可視・近赤外線)で、大気圏外では太陽方向で1平方メートル当たり1368 W(ワット)の大きさになる。地球の表面積1平方メートル当たりでは342 W となる。地球内部からの地熱エネルギーは太陽エネルギーの1万分の1程度にすぎないので、地球全体の平均気温を変化させるほどの効果はない。この平均気温 の変化が過去100年で0.7℃とほぼ一定に保たれているのは、図1に示すように、流入する太陽放射エネルギーに等しいエネルギーを赤外線で宇宙空間に放 出し(地球放射と呼ばれる)、入出力のエネルギーバランスが厳密に成り立っているからである。
それでは地球の平均気温(地表面温度)はどのようにして決まるのであろうか。図2に示すように、地球大気圏上端に流入した太陽放射エネルギー (342 W/m2)の107 W/m2が反射され(77 W/m2は雲で、30 W/m2は地表面で)、地球を暖めるエネルギーには使われず、残りの235 W/m2が地表面の加熱(168 W/m2)と大気の加熱(67 W/m2)に使われる。この雲と地表面による地球の反射率(0.31)はアルベドと呼ばれる。一方、地表面および大気から放射されるエネルギーの一部は大 気中にある二酸化炭素などの温室効果ガスに吸収され、再放射され、地表面に戻される。この戻される量(324 W/m2)は温室効果ガスの濃度に比例する。したがってこのメカニズムから明らかなように、地表面温度を変化させる要因は、1)大気圏上端に流入する太陽 放射エネルギー強度の変化、2)地球の反射率(アルベド)の変化、3)大気圏の温室効果ガス濃度の変化、の3つである。
これらの3種類の変化は人間活動がなくとも起りうる。例えば過去の氷河期の出現は、太陽・地球間距離の変化や地球の自転軸の傾きの変化による太陽放射エネ ルギー強度変化に起因するとするミランコビッチ説が注目されている。また地表面温度が低下すると海面や陸面を覆う氷や雪の量が増え、反射率(アルベド)が 上がり、太陽から受け取るエネルギーが減るので、ますます気温が低下するという正のフィードバックがかかることになる。アルベドの変化の原因の一つとし て、太陽黒点11年周期変動に伴う太陽磁場構造の変化の効果なども最近は注目されている。このモデルでは、太陽磁場構造変化によって大気圏に流入する銀河 宇宙線の強度が変化し、その結果雲の形成に重要なエアロゾル粒子数が変化し、雲量を変化させると考える。
そこで現在進行している温暖化の原因を解明するためには、自然要因と人為的要因の両者を究明することが必要となる。しかし地球システムがあまりにも複雑 なことから両者の分離は容易ではなく、自然要因と人為的要因の評価に関しては現在も激しい論争がつづいている。しかし最近の世界各国の研究グループが行っ ている大型計算機を用いた数値シミュレーションの結果にもとづき、2007年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書 は、「20世紀中ごろからの地球平均気温の上昇の大部分は、人為起源の温室効果ガス濃度の上昇による可能性がきわめて高い」と述べている。そして21世紀 末の人為起源の平均気温の上昇は社会モデルに依存して1.1℃から6.4℃の範囲になると予想している。
2.地球温暖化問題解決に必要な日中の連携
人為起源の温暖化を抑制するために、「持続可能な発展(サステイナブル・ディベロップメント)」という道が模索され始めている。持続可能な発展ためには、図3に示すように、サステイナビリティ(持続可能性)の3要素である「環境のサステイナビリティ」、「経済のサステイナビリティ」、「社会のサステイ ナビリティ」を同時に実現していかなくてはならない。しかし現実にはサステイナビリティを妨げるさまざまな困難な問題が起こっている。これらの問題の多く は国内問題として解決することは不可能であり、国際的な連携が強く求められる。
日本が地球温暖化問題を解決し、持続可能な発展の道を進んで行くためには、中国と連携して問題の解決に取り組んでいくことが決定的に重要である。 その第 1の理由は、中国の二酸化炭素排出量は2007年度にアメリカを抜いて世界一となり、また中国の人口と国土面積はEU全体よりも大きく、さらに年率10% の経済成長が続いていることから今後も二酸化炭素排出量の急増が予想され、地球温暖化問題の解決は中国の参加なしではありえないからである。第2の理由 は、最近の日中間の貿易量の急拡大からも明らかのように、日本と中国の経済は相互に強く依存しており、環境と経済と社会のサステイナビリティを実現するこ とは日本と中国の共通の目標となっていることである。第3に、日本と中国は隣国同士であるために、日本の環境と中国の環境が密接に関係していることであ る。例えば、日本の気象は中国大陸の気象から大きな影響を受けており、冬季の大陸からの寒気団による大雪の発生だけでなく、梅雨の発生にはヒマラヤ山脈の 存在とチベット高原上空を流れる偏西風が支配的な役割を果たしている。また中国での黄砂、大気汚染、海洋汚染は直接日本にも波及するので、それらの汚染問 題の解決は日中両国の共通の目標になる。
3.日中が連携して取り組むべき研究課題
地球温暖化問題の解決のために環境と経済と社会のサステイナビリティを実現するには、文系・理系の多彩な研究を推進することが必要となる。こうした研究を 推進するために日本と中国が連携すれば、飛躍的な進歩が期待できる。例えば日本では、モデリング、数値シミュレーション、地上観測、フィールド実験、衛星 リモートセンシングにより、さまざまなスケールの気候変動のメカニズムの解明と気候変動予測の研究が進んでいる。そこで日中が連携してこれらの研究を共同 で推進すれば、現在中国で深刻になりつつある砂漠化・乾燥化・水不足問題の解決に役立つメカニズムの解明とその対策が大きく前進すると考えられる。また石 油に替わる新しいエネルギーの開発では、自然エネルギーやバイオエネルギーが注目されているが、中国という日本とは全く自然環境の異なる広大な地域で フィールド実験を共同で実施できれば大きな進歩が期待できる。さらに2008年5月12日に発生した四川大地震で明らかなように、地震予知や地震後の環境 修復の研究で豊富な経験をもつ日本が中国の地震研究者と共同研究を始めることは緊急に必要である。
そこで環境と経済と社会のサステイナビリティを実現し、地球温暖化問題を解決するために推進すべき共同研究の課題を以下に列挙する。
- 気候変動と水循環・砂漠化の研究
- 環境破壊の実態と対策の研究
- 土地改良と食の安全・農業生産性向上の研究
- 海洋汚染と水産資源の研究
- 森林再生と森林火災の研究
- 地震・津波の予知と環境修復・危機管理の研究
- 太陽光発電・風力発電・バイオマス・バイオエネルギー等のクリーンエネルギーの研究
- エコハウス、新交通システム等の省エネルギー技術の研究
- 新材料・情報通信・ロボットの研究
- 医療・薬品・感染症の研究
- 持続可能な発展を実現するための経済・社会システムの研究
- 環境にやさしい文化・ライフスタイルの研究
4.地球温暖化問題と持続可能な発展に関する日中連携の最近の動き
地球温暖化問題を解決し持続可能な発展の道を明らかにするための日中の連携が始まっている。ここでは日本学術振興会(JSPS)の取り組みに関して紹介する。まず2006年度から開始した「アジア科学技術コミュニティ形成戦略」の一環として、「東アジアにおける持続可能な発展に関する国際シンポジウム」を 2007年3月に北京で開催した。シンポジウムは、1)東アジアの持続的経済発展--ガバナンスと地域協力、2)地球温暖化・環境汚染・自然災害などの地球 環境問題、3)食糧・生物資源・エネルギーの持続的システム開発ーアジアにおける循環型社会の確立を目指して、4)アジアの経済発展と新興感染症、5)ナ ノテクノロジーと新材料、6)持続可能な開発・発展と情報技術、の6つのセッションで日中の研究者が最新の研究成果を発表し、今後の共同研究の推進に関し て議論した。さらに2008年3月に北京で、「環境変動・生物資源・地球温暖化に関する第1回日中科学フォーラム」を開催した。シンポジウムは、1)東ア ジア陸域システムの回復性と脆弱性、2)水産資源の持続的利用、3)水資源の持続的管理、4)温暖化ガバナンス、5)持続性のためのリスクガバナンス、6)バイオマス・バイオエネルギーの有効利用、の6つのセッションで日中の研究者が最新の研究成果を発表し、活発な議論を展開した。またこのセミナーのま とめのセッションを兼ねて開催された「東アジア研究ネットワーク構築の戦略に関するアカデミアサミット」では、議長サマリーとして、環境変動、水産資源、 水資源、バイオマス、バイオエネルギー、地球温暖化、持続可能な発展という問題への日中両国の取り組みの現状と将来の連携の方向が報告された。
日本学術振興会はさらに拠点大学事業、日中韓フォーサイト事業、共同研究、アジア学術セミナーなど日中共同研究事業に力を入れている。現在実施されている地球環境関連の共同事業の主なものを以下に列挙する。
- 中国内陸部の砂漠化防止および開発利用に関する研究(鳥取大学、中国科学院、他12協力大学・研究機関)
- 都市環境の管理と制御(京都大学、清華大学、他40協力大学・研究機関)
- 地域資源の利・活用による持続的発展のためのバイオシステムの確立と評価(筑波大学、北京大学、他18協力大学・研究機関)
- 東アジア陸上生態系炭素動態--気候変動の相互作用解明を目指した研究拠点の構築(岐阜大学、北京大学、高麗大学)
- 東アジア陸域生態系における炭素動態の定量化のための日中韓研究ネットワークの構築(北海道大学、中国科学院、延世大学)
- 黄河デルタにおけるアサリの高漁業生産力の維持機構に関する研究(愛媛大学、中国海洋大学)
- バイオマスの高度利用に立脚した石油代替燃料の最新工業化技術開発(富山大学、中国科学院)
- チベットヒマラヤのヤムドック湖流域における水循環と気候変動(海洋研究開発機構、中国科学院)
5.おわりに
日本学術振興会の他に、科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)でも地球温暖化 問題に関係した日中共同研究を活発化させている。今後これらの学術振興機関と大学・研究所が環境と経済と社会のサステイナビリティの実現と地球温暖化問題 の解決のために日中共同研究を飛躍的に拡大することが強く求められる。