気候変動問題に関しての日中協力を考える上でのポイント
2008年6月20日 渡辺 格(JST北京事務所長)
気候変動問題は、地球規模の問題であるが、各国の事情により、この問題に対する取り組み方は異なる。気候変動問題に対する中国の立場は、2007年 6月に 取りまとめられた「中国の気候変動に対応するための国家方案」の中で示されているが、特に日本がこの問題について中国と協力する場合のポイントを掲げてお きたい。
1.気候変動が中国に及ぼしている影響
中国では「北部・西部の乾燥化と揚子江流域以南での降水量の増加」が問題となっている。これらは農業生産に直接影響を及ぼすので、中国にとっては国家的問 題である。一方、揚子江中流・下流域での降水量が増加する一方、チベット高原を含む上流域での降水量の減少など、揚子江自体の水量は減少傾向にある、という報告もある。また、これらの干ばつや大雨などの気象災害については、被害程度がよりシビアになり、被災範囲もより広域になりつつあると言われている。
例えば、歴史的に言えば、シルクロード上にあった楼蘭王国の消滅など、西北地域における砂漠化現象は、産業革命以前から起きており、これらの気候の変化が産業革命後の人為的行為による二酸化炭素などの温室効果ガスの大量放出が原因であるのかどうかはわからない。中国における気候変動は、(1) サハラ地域が草原から砂漠に変化したことに見られるような全地球規模で起きている氷河期終結後の長期的な(数千年オーダーの)地球環境全体の気候変 化、(2) かんがい農業の開始や森林の伐採など人間活動が自然界に行った働きかけによるリアクションとしての数百年オーダーの変化、(3) 産業革命以降の二酸化炭素等の温室効果ガスの大量放出による気候変動(数十年オーダー)、の3つが関係していると考えられるが、どれがどの程度の比重で関 係しているかについては、科学的な観測により、詳細に分析していく必要がある。原因が人為的なものである場合には、気候変動を抑制するためにできる対策を 考えていく必要がある。
いずれにしても、大量の人口を抱え、北部・西部の乾燥化と南部地域での降水量の増加、そして2008年1月・2月に中国中南部地方を襲った大寒波・雪氷 害被害のような極端気象災害の増加は、中国自身にとって大問題であり、気候変動問題に対して何とか対処しなければならないことは、中国自身、自国の問題と してよく理解している。
2.中国の社会的現状と世界の中における立場
中国は、二酸化炭素等温室効果ガスの大量放出により地球規模での気候変動が起こり、現在では中国自身が世界の中で温室効果ガスの大量放出国になっていることは十分に自覚している。しかし、産業革命以来現在まで大量の温室効果ガスを放出して大気中に蓄積し続けてきたのは先進国の側であって、過去における中国に よる温室効果ガスの放出は極めて少なかった、と中国は考えている。一方、大量の貧困層を抱える中国社会にとって経済発展は必要不可欠な問題であることから、温室効果ガス削減のための努力は、まず現在の大気中における温室効果ガスの蓄積に責任を有する先進国が率先して行うべきであり、中国において改善すべ き点があれば、それに必要な技術を先進国が持っているならば、先進国は中国にその技術を提供すべきである、というのが中国の基本的なスタンスである
3.気候変動に対応する3つのアプローチと国際協力
地球規模での気候変動問題に対しては、一般に次の3つのアプローチがある。
- 観測と予測:気候変動の実情を観測し、将来を予測して気候変動に対応した措置を取るための基礎データを提供するとともに、気候変動の原因となる機構を究明し、気候変動を抑制する対策(温室効果ガスの放出削減等)を検討するための科学的データを提供すること。
- 温室効果ガスの放出抑制と吸収の増加:気候変動の原因となっていると考えられている温室効果ガスの放出抑制と吸収促進を進め政策を採るとともに、温室効果ガスの放出抑制と吸収促進を図りつつ人間の活動を行っていけるようにするための技術開発を行うこと。
- 気候変動への対応:極端気象災害に対する防災対策の強化、農地の乾燥化対策のためのかんがい設備の整備や乾燥に強い農作物の開発等、気候変動が起きていく中 で人類の活動を維持していくための対策を講じること、またそのための技術を開発すること(いわゆる「対症療法的対処」)。これには、気候温暖化に伴う健康 リスク対策(感染症予防や感染症を媒介する蚊などの発生防止対策等)も含まれうる。
上記のうち(1)については、国別に観測・予測を行っても意味がないのであって、地球規模で全ての科学者・研究者が協力して観測と予測を行う必要があることから、最も国際協力が求められている部分である。
(2)については、具体的に誰が責任を持ってどのような措置を取るかについては、各国それぞれに立場と意見があり、なかなか意見がまとまらない。ここの部分は、まさに「政治」の問題であるが、各国が自国の立場を離れて、気候変動問題は地球規模の共通の問題点であるとの認識に立って解決を図る必要がある。「温室効果ガス放出量枠取引」のような形での国際的な協力も模索する必要がある。ただ、温室効果ガスの抑制対策と吸収促進のための技術開発は、世界各国共 通に有益なものであり、こういった技術の開発に関しては、各国の政治的な立場を離れて、国際協力が可能であると考えられる。
(3)については、各国が各国の事情に合わせて気候変動に対応しようとするものであり、具体的対策については、基本的には各国の責任において行われる部分が多い。例えば、気候変動による降水量の減少に対応できる水が少なくても多くの収穫量が得られる小麦の品種改良、などは、中国にとっては大きな課題だが、日本においては社会的に関心の高い研究テーマとは成り得ない。しかしながら、例えば、中国における小麦生産量の問題は、世界的な食糧不足の問題として 間接的に日本にも大きな影響を与える可能性がある。また、温暖化対応対策の中に感染症の拡大防止のようなものも含めるのであれば、それはもはや一国の問題 ではなく地球規模で取り組むべき課題である。具体的な対応は各国が自国の問題として対処することになるとしても、その基礎となる科学的研究や技術の開発に ついては各国が協力することが重要である。こういった問題については「各国の自国内の問題」と片付けずに、直接的には自国に影響しないものについても、食 糧供給などグローバルな問題を通して間接的に自国にも影響がある、という世界的視野を持って対処することが重要であると考える。
4.日本と中国との関係において特に留意すべき点
食糧問 題などは、全地球的な問題であるが、気候変動に関しては、中国は、日本にとってその地理的な位置関係から、特に協力すべき重要な相手国である。言うまでも なく日本の西側の大陸に位置する中国の気象の状況は、日本の気象現象に大きな影響を与えるからである。日々の気象現象に影響を与えるだけではなく、例えば 大型台風の発達などは、インド洋からチベット高原へ掛けての水の移動や水循環が大きな影響を与えていると考えられており、特に気象現象の観測と予測に関し ては、日本は中国と密接に協力することが不可欠である。 また、例えば二酸化炭素に係わる炭素循環の問題なども、アジア地域における温暖化現象の解明のためには中国との協力が欠かせない。
5.中国の政治的特殊性に対する理解
中国では、現在、気象観測データや地形データなどは「国家秘密」扱いで、関係当局の許可がないと、勝手に気象観測、地 形測定などはできないし、そのデータを国外に持ち出すことができない。これは中国の歴史的背景に基づく中国側の政治的な判断であるが、中国と協力するに当 たっては、このような政治的背景をよく理解しておく必要がある。基本的に、中国側研究機関と共同で行う科学的な観測については、法律に従った手続きを踏め ば観測の実施やデータの持ち出しの許可が下りるのが普通であり、要するに必要な手続きはきちんとやることが重要なのである。事務的な手続きをすれば済む案 件について、手続きをせずに不要の摩擦を生じるようなことは避けなければならない。
なお、自然観測データ等を「国家秘密」扱いにするのは行き過ぎではないか、という議論は中国国内にもある。特に、2008年5月12日に発生した四川大 地震においては、災害情報を迅速にかつ幅広く内外に報道することを通じて、デマによる社会不安を防止し、中国内外からの迅速な支援を可能にしたことから、 自然界のデータはむしろオープンにした方が結果的には中国自身のためになる、という意識が中国国内でも高まっており、気象観測部門においても、観測やデー タの取り扱いに対する規制は今後緩和される方向で変化する可能性が高い。
(参考1)雑誌「瞭望」週刊ニュース2008年第21期号
「政府情報公開条例により、国家秘密保護法の改善が求められている」
http://news.xinhuanet.com/legal/2008-05/26/content_8255601.htm
※ 上記のURLは新華社のホームページで雑誌「瞭望」の記事を転載している部分である。この論評記事自体は、2008年5月1日から施行された「政府情報公 開条例」に関して、この「政府情報公開条例」を実効的に運用するためには、「国家秘密保護法」の規定は秘密の定義が漠然としすぎているので、「国家秘密保 護法」を改正する必要がある、という趣旨のものであって、四川大地震とは関係はない。しかし、新華社はこの記事をそのホームページで「四川大地震報道特 集」の中の関連記事のひとつとして転載しており、新華社自身がこの四川大地震をきっかけとして、「国家秘密保護法」の規定を見直す必要があると認識してい ることを示している。
6.日本の気候変動問題に対する中国との協力のあり方
上に述べたように、政治的な意味で、気候変動問題に対する日本と中国との立場は完全に一致するものではないが、「観 測・予測」「温室効果ガスの放出抑制・吸収促進」「気候変動への対応策」のそれぞれの部分での研究協力、技術開発協力は日中双方にとって同様に有益なもの であると考える。だからこそ、2007年12月に中国を訪問した福田総理に同行した渡海文部科学大臣が万鋼科学技術部長との間で「気候変動問題を対象とし た科学技術協力の一層の強化に関する共同声明」が署名されたのだと思う。
(参考2)日本の外務省のホームページ
「日本国政府と中華人民共和国政府による気候変動問題を対象とした科学技術協力の一層の強化に関する共同声明」2007年12月28日・北京にて
気候変動問題は、極めて長期に渡る地球全体に関する問題である。日中両国は、アジアにおける責任ある国同士として、全地球的視野に立ってこの問題に対して協力して取り組んでいくことが必要であると考える。